其は断罪する巨人の王なり
東郷玲暗殺未遂事件、その裏には麻薬カルテルが。そしてさらに奥には複数の球団のオーナーが関わっていると公にされて、世間は大いに揺れた。
一人のメジャーリーガーを引退に追い込もうとしてオーナーが結託し、闇の住人の手も借りて命を奪いかねない脅迫をしたという事実は、特大スキャンダルとして報じられた。
関係者は繋がっている証拠を処分しようとしたが迅速な捜査と玲の神懸った予言を配信に乗せることによって余罪も明らかにされて一網打尽にされていった。
『玲。あの予言は一体なんですか』
『勘』
『いや勘で説明できるわけないでしょう』
広い病室でマスコットバットを素振りしながら玲は、ニクソンからの質問に端的に答えた。
怪我もすっかり完治しているが、未だに病室から出られていないのは病院の外に記者や野次馬が大挙して押し寄せているからである。
今ではこの病室はホテル代わりになっていて、身内や医師、警察といった関係者以外の立入りは禁じている。
『説明できないわよ、本当に勘でしかないから』
『夫人』
『ただ、異常な程に頭を回転させてるのよ。思い当たる言葉や情報を片っ端から繋ぎ合わせて、これだっって決めたことが実際に当たっているの。昔実家の病院で脳波を調べたことがあるけど、バレたら研究所送りになるんじゃないかって結果になっちゃって』
『それはもう超能力っていうんじゃ』
『この人が人間離れしているなんて今更よ』
『それもそうでした』
玲が持つ勘の正体を、長い付き合いの咲がどういったものかを説明する。
超能力と称しても不思議じゃないが、表立って使わなければ勘が良いで済まされてしまう。今回が非常事態だったというわけであった。
『程度は違えど、いつも使っているのよ』
『そうなんですか?』
『野球で』
『…………ああー、そういえばそうだ』
いつも三振を取る時にも、いつもホームランを打つ時にも、この極まった勘は使われている。
打者の立つ位置、筋肉の強張り、視線などなど、盲点を突いて三振に取り続け。
投球の回転、軌道、速度を計算して予測位置にバットを振り抜く。
未来を見ながら野球をしているに等しいほどのアドバンテージを、玲は獲得しているのだ。
『マスター引佐も言ってたな。玲の球を受け続けていれば大体抑えられるコースがわかってくるって。アレか』
ニクソンは自身も経験している感覚を引き合いに出して納得した。玲の自由自在かつ精密無比の投球をサインもなしに捕球することができる理屈として、勘以外に説明ができないのだ。
そして受けていく内に、抑えられるコースがなんとなくでわかってしまう。意識無意識の差はあれど、打撃にも応用している。そういった感覚がニクソンの内に確かにある。
……そして、ふと気づく。この勘は前提として、多大な集中力を前提としている。
『……だからあの子、ってことですか玲』
『ようやくわかったか、ニック』
『どういうこと?』
『あの子……篤も同じ才能を持っているってことですよね』
『勘だがな』
催馬楽篤。今日本で最も名前の知られた高校生であり、来年のMLBドラフトの有力候補の一人に数えられている。
かつて何の変哲もない中学生だったはずが、今や東郷玲に最も近いだろうと目された怪物に成長した。そして二年後には、このメジャーリーグにやってくる。
……そして篤は、玲に見込まれている。同じ才能があることを玲がわかっていたからこそ、接触したとニクソンは納得した。
『一応、聞いてみますが。あの子が来るまでにメジャーリーグってあります?』
今回の騒動はメジャー史においても類を見ない大スキャンダル。メジャーリーグという機構そのものの存続も危ぶまれる可能性がある。
『さぁ?未来予知ができる訳じゃないからなんとも』
『不安になるようなことを言わないで下さいよ』
玲の退院と同時に、記者会見が執り行われる。内容は、自身の暗殺未遂の顛末と退院の報告が主なものであった。
会見の場は狙撃が不可能なように地下に。警備も徹底し、出入りする記者団には事前調査をパスした者のみで、その上でボディチェックを行うほど。
玲の傍にはボディガードも控えさせ、警備体制は執拗な程に万全。
ここまでのものになった経緯は、玲の暗殺未遂がトラウマと化した咲が用意したものであり、玲本人としてはここまでしなくてもと零した程だ。
『あー、なんだ。皆さんお久しぶりで。無事退院したことをここに報告します』
人前に姿を現した玲はいつもと変わらない様子であった。物怖じしない、ゆるくフランクで公けの場にはそぐわない言葉遣い。私服で楽な服装で、手に硬球を持って握ったり指の上で回したりして弄んでいる。
しかし事件は確かにあった証拠が、玲の左耳が裂けた跡として残っている。数センチずれていれば脳に弾丸が突き刺さっていた事実に、記者たちは息を呑んだ。
『まあね、撃たれて殺されかけました。幸い軽傷で済みましたけどね。撃ったヤツは元ウチの選手で私怨かなーって思ったんすけど、なんか違うなあって。んでまあ案の定、しょうもない脅迫が来てちょっと探ったら他球団のオーナー絡みになるほどの大事だったと。今はもう警察やらFBIやらが迅速な対応をして頂いて、関係者は軒並み逮捕されているんでしたっけ。ご苦労様です。さて……』
話したいことは終わったとばかりに、席を立って去ろうとする玲。質問したいことがある記者たちは待ってくれと立ち上がって殺到し、護衛のボディガードが阻む。
帰ろうとした玲が突如振り向き──手に持っていた硬式ボールを記者の集団へと投げ込み……記者の一人の頭に直撃した。
『はいはい、ちょっとどいてー』
硬式ボールが直撃して痛みで悶絶する記者に玲が近づき、フラッシュの嵐に晒されながらハンカチを持ちながらその記者の持っていたペンを取り上げた。
「……おい、ジェーム〇ボンドごっこは余所でやれよ」
──そのペンを少し弄ると、中には弾丸が。
ペン型の拳銃なんていう、映画の中でしか出てこないような秘匿性と暗殺を目的とした凶器。
ボディチェックが行われ、誰も凶器を持たないという前提で行われた会見の場で、凶器を持った人間がいるというあってはならない事実。この場で人を殺傷する道具を持つ人間がいたという事実に、周りは騒然となる。
そしてそれを使用するための対象となれば、この場で一人しかいない。
『この事件は終わっていない。さらなる捜査を願いたいね』
ボールを拾い上げると同時に、暗殺しようとした記者を蹴り飛ばして意識を落とす。
すぐさまボディガードの一人が記者を取り押さえて外へと運び、玲は用が済んだと家へと帰った。
一選手、一オーナーへの暗殺未遂が立て続けに起き、それに他球団のオーナーも絡んでいるという異常事態にMLBも本腰を入れ……結果、来シーズンの開催を見送られる結果となった。
──後に野球史に、失われた一年と残ることとなったのだった。
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