其は手負いの巨人の王なり

「大丈夫だって、撃たれたっつっても別に大した怪我じゃないし。ちょっと耳とか脇腹掠っただけで、……口径も大きかった訳じゃないし」


 ラスベガス市内の病院の一室に運ばれた俺は、ぎゅっと抱きしめてくる咲に心配いらないと慰める。

 ずっと胸に顔を埋めて動かない彼女を引きはがすことも離れてと言うこともできず、病衣から伝わる湿り気で泣いていることがわかる。

 撃たれたと知らされた瞬間に、咲は抱えていた仕事全てを放り出してここへと来たという。


『……ニック、お前もだぞ。交流会はどうした』

『中止に決まってるじゃないですか。アンタ撃たれたんだぞ』


 そりゃ残念だとニックに零す。あんまりない、直接ファンと関わる機会だっていうのに。

 ……今年のシーズンが終わってからの、球団主催のファンとの交流会の中で、銃撃事件は起きた。

 下手人である銃撃犯はファンに紛れて俺を狙った。幸運にも流れ弾が他のファンに当たることもなく、犯人も即座に取り押さえられ、警察に逮捕された。

 大した怪我ではなく、シーズンが終わっていたことも幸運だった。

 本来なら入院する必要もない軽傷なんだけど……病院の出入り口に俺を心配したファンが出待ちしている上に街の混乱もヤバいとのこと。居場所がわかって警備もしやすい病院で大人しくしていてほしいとラスベガス市警の直々のお願いだった。

 一応?これでもラスベガスの顔みたいなところがあるからな俺。そんな俺が撃たれたとなれば、街規模で大騒ぎになるんだろう。実感ないけど。


『どいつもこいつも大げさだぞ。アメリカじゃよくあることだろ』

『俺はアメリカ人ですけどね。初めて銃規制に関心を持ちましたよ』

『……ネバタ州って割と規制緩いよな』

『アンタが一声挙げれば明日にでも日本張りに銃所持が厳罰化されるでしょうよ』

『勘弁しろよ』


 俺は政治家の真似事をする気はないっての。いや、永住権グリーンカードは持ってるけど国籍は日本のままだから参政権ないからな。引退したら市議やら市長やら州知事にならないかなんて誘いあったけど、絶対にならないからな。

 この話やめやめ、好きじゃないんだよ政治の話は。


『……俺が辞めさせたヤツだろ、撃ったヤツ。顔憶えてねえけど』


 銃撃犯はウチにいた、投手の一人だった。名前だけかろうじて憶えてたけど、多分、顔つきは当時と全然違ってたから連想できなかった。

 マイナーに落としてから上げずに辞めていってどうなったかは知らないが……碌なことになってなかったっていうのは想像がつく。

 俺を撃った時の眼、死んだ眼っていうのはああいうことをいうんだろうな。

 麻薬か、薬物か何かかに手を出した末の姿か。ああはなりたくないよ。


『憶える価値もないです』

『そいつにい〇められてなかったっけか泣き虫ニック君』

『殺してきますよ、今から』

『待てって、悪かったごめんって』


 今にも銃持って留置所向かうみたいな顔すんなよ冗談の通じねえ。

 なんだよ全く、どいつもこいつも。みんな辛気臭い顔して。一番元気なのは撃たれた俺だけか。

 もっとこう……あるだろ。例えばこの病室。VIP用なのかわからんけど設備が妙に豪華とか。テレビどころかパソコンもあるとか、風呂もキッチンも完備でもう人が住めるとか、そういう話題があるだろうが。

 沈痛な雰囲気に耐えられずいつも以上におどけて見せるも、空気は変わらず。空回りしているのは俺だけであった。

 …………わかった、わかりました。俺の負けだよ、まったく。


「……咲、心配かけてごめんな」

「…………うん」

『ニック、心配かけた』

『大事にして下さい、玲』


 ホント、ごめんな。






「『────はい、もしもし。──どちら様で?この番号はウチの球団の業務用のヤツですよね。……とぼけんなよ、誰だっつってんだ』


『お判りになりませんか。あなたに素敵なプレゼントを贈ったというのに』


『センス最悪だな。能無しが透けて見える』


『これは手厳しい。以後はもっと精進しますよ』


『残念ながらお断りだよ。で、お前は誰で、何の用だよ』


『申し遅れました。私、フォギアカンパニーの代表を務めますカシムロと申します。用件と致しましては……選手を引退していただければと』


『はぁ?』


『あなたのご活躍はかねがね、それはもうこれ以上ないほどに。……だからもう、十分でしょう。惜しまれて退くのが美しいでしょう』


『悪いが、生涯現役を決めてるもんでね。80超えてもマウンドに立ち続ける気でいるぜ』


『草野球の場で存分になさってください』


『大勢の観客の前でやるのが一番テンション上がるんだよ。だからプロやってんだろうが。やっぱ能無しだな』


『しかし、アナタがプロのままでいられると困る方々が多くいらっしゃるのでしてね』


『お前、自分にはバックがいるってことを仄めかしたぞ。能無し極まってんな』


『構いませんとも。あなたに辿り着けるはずがありませんから』


『俺の仕事じゃないからな。わかってねえな無能』


『まるで他人事のように、アナタのことですよ』


『いいや、他人事だ。俺は引退しない。お前はウチの携帯を返して警察に出頭する。それで終わりだ』


『残念です。では、より良いをしなくては』


『要らねえって言ってんだろうが』


『そうはいきません。ああそうだ、アナタだけでなく、奥方にも──』


『フォギアのカシムロ、嘘だな。フォギアカンパニーはペーパーカンパニーで実体がない。カシムロも偽名。……麻薬カルテルバルボッサのラスベガス支部長、アンドリュー・メイソンで合ってるかな』


『……は?』


『合ってるよな、なあメイソン。今いる場所はフーバーダムの駐車場で車から電話を掛けている』


『いや、ま……』


『バックにいるのは、ロサンゼルスヘイヴンとサンフランシスコギガースのオーナー?リーグ違うってのに客足取られたからって逆恨みもいいところだ。……いや、特別殿堂の年金を払いたくないってところか。コミッショナーはちょっと乗せられただけか』


『で、出まかせを』


『出まかせか試すか無能メイソン。ラリった鉄砲玉使って脅しだけで済ませる気だったか?甘いんだよ。殺すならちゃんと殺しとけ。俺の嫁に手を出す?やってみろよ、その前に叩き潰す。エンジン音、今更どこへ行く気だ?ネバタを出てロサンゼルスに?ヘイヴンのオーナーに泣きつく気か?あのオーナーケチだぞ。俺に金払いたくないからお前雇うくらいだぞ。抱えられる訳ねえだろうが。ベガスには帰れねえよな、俺がいるし今や誰もがお前を追っている。おいおい、大の大人がなんて面してんだ。たかだか事実を言っているだけだろうが。荒っぽい運転だな、対向車線にはみ出してる。それとも動揺してるのか。ああ、そうそう。電話を切っても構わないんだがな──前見て運転しろよ。────あーあ、事故った。死んで……ないな。ダンプと正面衝突した割には軽傷か。気を失う前に最後に言っておくが、現在配信中でな。視聴者層は日本人がメインなんだが、アメリカ人も最近多くなってきてるんだ。立会人は二万人だ。お前の無様な様子はライブ中継されてたって訳だ。じゃあな』

 みんなごめん、いきなり英語で喋って。俺撃ったヤツの裏っぽいのが電話掛けてきた。スピーカーホンで聞いてたと思うけど、色々大事になりそうだから今日はこれで配信止めるわ。アーカイブは残すから、切り抜きや翻訳で拡散してくれ。

 See ya.」



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