巨人と家族の儀礼を
「玲」
「ん」
「私が言ってもどの口がって思うでしょうけど。アナタこそ実家に帰ってる?」
「……帰ってない」
「帰りましょう」
「…………はい」
──そんな経緯から始まった。
玲と咲の実家、隣同士の東郷家と朝田家の前に立った彼らは、知らない人の家に入る前の緊張に似たものを感じていた。
何よりも知っている家であるはずなのに、緊張感が拭えない。
きっと、自分たちの関係性が明確に変わったからこそ、玄関の戸を開くことを躊躇っている。
従兄妹で幼馴染から、夫婦へ。体も重ねて愛し合った間柄へと変化したことに、家族が耐えきれるかどうかが不安だった。
「行こう」
「ええ」
東郷の家のインターフォンを鳴らして、待つ。
鍵が開けられて出てきたのは──玲の母。
「母さん、ただいま」
「おばさん、ただいま」
「まあまあ、玲、咲ちゃん。もう、帰ってくるなら連絡くらい」
「ちょっと連絡したいことがあったから来ただけだから」
「結婚のこと?」
「……はい」
「知った仲だけど、こういうのはちゃんと言うのが大事だと思ったから」
親しき仲にも、という言葉があるように。失いたくない関係である家族にこそ通すべき筋は通したい。
連日のワイドショーで好き勝手に色々言われている身としては、家族相手には真摯でいたいというのが玲と咲の心情である。
「お上がんなさい、何もないけどね」
「ああ、ただいま」
「お邪魔……いえ、ただいま、お義母さん」
「ええ、おかえりなさい」
「あら、玲ちゃんおかえりなさい!もう、テレビで見るよりずっと男前になって!」
「おばさんも相変わらずで」
「けどいいの?ウチの咲で。誰に似たのか性格キツいし」
「お母さん!」
朝田の家から咲の母が合流し、甥の玲に絡んでいく。
母の前では咲も娘で、母には勝てない。いつも咲に負かされている玲にはとてもできない。
……けれども、玲にはそれがいい。
「咲がいいです。咲じゃないと嫌です」
「あらやだ、お熱いこと。良かったわねー咲、夢叶ったじゃない」
「……もうっ!」
──咲と一緒にいる今が、心地いいのだ。
野球選手であった時の、傲慢で誰かを下に見ずにはいられない時よりも。
テレビやUtubeで身を晒している時の、煌びやかに自己顕示欲を満たしている時よりも。
今この時の、ただの東郷玲でいる時が、一番身軽で心穏やかになれる。
「お父さん達は夕方には帰ってくるって」
「……あの二人が定時退社なんて珍しい」
「子供の結婚報告くらい、ちゃんと聞き届けたいんだって」
「……わかった。おじいちゃんとおばあちゃんに押し付けたんでしょあの二人」
「正解」
玲の父と咲の父は共に医師で、咲の祖父が院長をしている病院に勤めている。
あの二人の仲が良かったから、玲の父の妹である咲の母が、咲の父と結ばれて、家族付き合いも密接になったという経緯もある。
玲と咲の、従兄妹で幼馴染という関係はそれが始まりであった。
「お姉ちゃんはやっぱ無理そう?」
「研修だからどうしてもね。連絡したらお幸せに、だって」
咲の姉は医者の卵で現在研修中の身で、地方の病院にいる。
今では現役の医師の父二人と同じくらいに多忙に追われている。
「ただいま」
誰かが帰ってきた声。時計を見れば、まだ定時には程遠い。
玲の母が迎えに行けば、玲の父と咲の父が揃って帰ってきた。
「おかえり、父さん、おじさん」
「玲、ただいま」
「おう、玲、おかえり」
立って歓迎しようとした玲を抑えて頭を撫でる。
今では身長2メートルになった玲に立ち上がられては撫でることもできない。立派に大きくなり過ぎた
「定時になってないよね、お父さん」
「サボっておじいちゃんに押し付けてきた」
「後で知らないよ」
「爺さんがいつも押し付けてくるんだからたまにはいいんだよ、咲ちゃん」
……これで、それぞれの父母が揃った。
返ってくる言葉はわかっていても、これはある種の儀礼だ。通さなければならない礼儀があるのを、玲は知っている。
夫となる男は姿勢を正し、90度に頭を下げた。
「おじさん、おばさん。咲との結婚を認めてください」
「はい」
「おう」
「……ありがとう、ございます」
「ありがとう、お父さん、お母さん」
儀礼は果たし、結婚は認められた。
緊張していた空気は弛緩し、いつもの東郷家と朝田家の賑わいを取り戻す。
「よし、今日は祝いだ!母さん、寿司の特上を20、いや50人前!」
「父さん、流石にそりゃ頼みすぎ……」
「いいんだよ、前みたいに倒れるよりゃマシだ」
「そうだ、玲。栄養失調で倒れたなんて聞いた時は度肝抜かれたんだぞ。一人暮らしでまともな飯食ってないんじゃないかってな。運ばれた病院がウチで良かった、口止めができなかったらマスコミが大挙してきたって」
「あー……」
プロを引退し、好きな海鮮巡りをして餓死しかけた時に、運ばれた病院が朝田家の病院だった。
一般に言う超人体質。超高密度な筋骨と強靭な内臓は運動において大きな恩恵を与えるが、代償としてなにもしていなくても多大なエネルギーを消費する。特に玲のそれは極まったそれだ。
玲が普通の食事をしようとしたら、あっという間に栄養失調で餓死をする。そういう危うい体でもある。
身内だからこそ情報統制がしやすく、倒れたことが知られることはなかった。結果、Utuberデビューをする前までは行方不明説死亡説が回っていた。
「知ってる医大のヤツが玲を研究したいなんて言うくらいだしな。そんくらい玲の体は特別製ってことだ」
「頼むから病気になってくれるなよ玲。下手しなくてもメスが入らないなんてことになりかねかいからな」
「健康第一で気を付けます」
事、食事は玲にとって死活問題だ。
多くの量を食べなければならないが、玲が迂闊に外食に出てしまえばそれだけで大騒ぎになる。
その点、咲は栄養学も網羅した美味なる食事を用意できる力量がある。外食に行くなら咲の飯がいい、と即答するくらいには胃袋を掴まれている。
事実、中学と高校時代の食事を担当していたのは咲であり、成長期に玲をここまで成長させたのは彼女の実績であると言っても過言ではないのだ。
「咲、玲くんはもう逆らえないわよ」
「食を握れば手綱を握ったも同然だからね!」
「はい!」
そして恐ろしいことを言っている女性陣に、背筋が凍る玲と、同情する父二人。
こうなることは、薄々わかってた。玲にははじめから選択肢などなかったのだった。
「……がんばれよ」
「……うん」
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