巨人は海を越える
八月。ある一報がマスコミ各社に巡る。
──東郷玲、渡米。
それは玲の配信で言った言葉が発端だった。
『ちょっとアメリカ行ってくる』
それがSNSでトレンドに載って話題となり、同じように『メジャー挑戦』や『東郷現役復帰』といった関連ワードがランキングに昇り世を踊らせた。
東郷玲のメジャー挑戦という夢のある言葉は世間の注目を浴び、真偽のほどを問う質問が配信内で殺到したが玲本人は一切無視。
渡米すると目される日に記者やテレビ関係者が空港に押し寄せ、玲が来るのを待っていた。
「来たぞ!」
その一声で、一斉に注目を浴びた。
殺到する先は東郷玲と、隣に立つ妻である東郷咲。その二人がキャリーバッグを引いて羽田に現れたのだ。
玲はともかくとして、咲も配信で度々出ていたが故に顔が割れている。身長2メートルオーバーの長身と目を引く美人の組み合わせは多くの人が流動する空港内でも特に目立った。
「東郷さん!この度の渡米はメジャー挑戦でしょうか!」
「奥さんを連れてということは移住も含めてということでしょうか!」
「答えてください東郷さん!」
「東郷さん!」
一気に囲まれて立往生をせざるを得なくなった玲と咲は、共に頭を抱えた。
この日程がベストである以上今日出港するのは外せなかったが、それでもこうはなりたくなかった。
「あのさあ、通して」
「質問に──!」
「通せ」
ほんの少しの怒気が声に混じると、一斉に記者たちは道を開ける。
東郷玲という男のカリスマ、色香、魔性──そういったものが一気に場を支配した。
開いた道を通りながら、玲は記者たちに問う。
「この時期に俺がアメリカに行く理由なんてわかるだろ」
「め、メジャー挑戦ですか」
「それしか言えねえのか馬鹿」
失望して馬鹿を見るように、わざとらしく溜息を吐く。
「RevoだよRevo。前から行ってみてえって言っただろうが」
格闘ゲームの世界で一番の大会といえば、事情通であれば揃えて言う。『Revolution』──通称Revoだと。
アメリカ、ネバタ州ラスベガスで行われる世界最大最高のオープントーナメント。参加資格は事前の参加申請と参加費のみで他資格は一切なし。世界中の格闘ゲーマーたちが集まって頂点を競う夢の祭典と言える。
一般、プロ、関係なく競うそれは様々なドラマを生む。古豪が日の目を見ることなく敗退するか、新星の誕生に立ち会うのか、新たな時代が創られるのか、どういう結果になるのかは誰もわからない。
そんな会場に、玲と咲の二人は立っていた。
「玲」
「はい」
「これ何?」
咲は自分の首に掛けられた大会参加者を示すネームタグを示して、玲に質問する。
同じ物が玲にも掛けられているが、自分が掛けられることは全くの想定外であった。
「一緒に出ようぜ!」
「……本気?」
「認めたくねえけど、俺より強いじゃん。じゃあどこまで行くんだって俺が見たいし」
ある出来事から配信中に咲がゲームをしたところあっという間に上達し、最上位段位に昇りつめている玲の腕を上回る実力になった。
それを認められない玲は夫婦配信として対戦配信をしたが、結果は完敗。さめざめと涙を呑むこととなった。
咲の多才さは幼馴染であるが故に玲もよく知っていたがゲームにも適用されることには驚かされた。
このRevo参戦は無論、出るからには勝ち上がることを目標にしているが大前提として楽しむことを最優先にしている。
ならば自分の趣味を理解して同行してくれている咲にも楽しんで欲しいし、自慢の妻がどこまで勝ち上がるのかも見てみたい。
「お願い」
「……仕方ない。付き合ってあげます」
「やった」
妻からの了承に小躍りする。いつもは尻に敷いている咲だが、なんだかんだで玲には弱い。
喜ぶ夫を見て咲も、たまにはいいかと微笑むのだった。
格闘ゲームの祭典とされる『Revolution』だが、大会だけを開いているわけではない。ゲームメーカーの出すグッズや新作の販促PVの公開、会場限定のアーケードコントローラー販売や新作コントローラーの先行体験、レトロゲームの試遊などなど多くの催し物が開かれている。
中でもプロチームが主催するプロゲーマーのサイン会も人気のコンテンツだ。プロたちとファンが交流する場は会場を盛り上げる一端になっている。
故に日本勢の優勝候補の筆頭と呼ばれる古豪、『OBI』のサイン会に並ぶファンの一人に、彼がいるのも不思議ではない。
「OBI選手、ファンです。サインお願いします!」
「…………なんで?」
OBIが高く見上げる、日本人離れした高身長の日本人が色紙とサインペンを差し出してくる。その顔はSNSやネットで多く見たことがある。
東郷玲。元プロ野球選手で、連日日本を騒がせてきた伝説の選手。彼の顔と名前を知らない日本人はそうはいない。特にOBIはそうだ。
その知名度のまま配信者として活動し、OBIが戦場とするゲームを熱心にするものだから競技人口が激増し、格闘ゲーム業界の振興に大きく貢献する結果になっている。
勝つだけがプロの仕事ではなく、業界の振興もまたプロの仕事。新規の入らないコンテンツは先細りしていくばかりだ。格闘ゲームは特にその歴史を歩んできてトラウマになっていた。新規ユーザーを大きく呼び込んでいる玲は、業界人の一人としても頭の上がらない恩人と言えるだろう。
そんな人物にサインを求められている今に、OBIは
「……あの、一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」
ようやく正気を取り戻したOBIが発した第一声がこれである。──むしろ、こちらがファンボーイである。
「勿論!」
──サインとツーショット写真が撮られ、その写真がSNSでアップロードされるとすぐさま『東郷Revo入り』がトレンド入りする事態となり、大会そのものの注目度は跳ね上がるのであった。
Revoの日程は四日間。五千人規模のダブルイリミネーション方式が採用され、勝ち続ければウィナーズトーナメントへ、一度負ければルーザーズトーナメントへと進み二度負ければ敗退となる。そして勝ち上がれば次の日へとコマを進めることができる。
……その選ばれし六人の中に、東郷咲の姿があった。
「えぇ……?」
東郷咲、ウィナーズトーナメントにてファイナルズ進出。その事実に本人も困惑していた。
この旅行の主役であるはずの夫は三日目で敗退。アマチュアかつ初出場なら大健闘といっても過言ではない結果だが、どういうわけか妻がこの場所に立っている。
最終日に残った唯一の日本人勢、かつ超が付く美人な女性ということで、大会は紛れもなく咲が中心となって回っていた。
『見てみて、アレ俺の奥さん』
『マジで!?』
『すげえなレイの奥さん!』
『俺ぼっこぼこにされたぜ!プロじゃねえの!?』
『玲、玲、もう一度聞きたいんだけど、本当に奥さん素人同然なの?』
『マジですOBIさん。使ってるキャラからして環境キャラじゃないっしょ?』
『マジかぁ……これTier変わるかも』
夫は大会の中で知り合って仲良くなった日本や海外のプロゲーマーたちを相手に嫁自慢をしている。何をやっているんだと頭を抱えたが、旦那が嬉しそうだからまあいいかと流した。
咲自身、負けるのが嫌なので勝つ気でいる。ここまで勝ち上がってきた以上、全力を尽くすのが礼儀と思っている。
「よしっ」
出番となり、キーパッド設定を入力。試合を重ねる毎にこの動作も慣れてしまった。
キャラ選択はこれまで使っていたのと同じ可愛い動物キャラ。ネタキャラ扱いされている、決して強いと言えないキャラクターだ。
それで今まで使って、勝ち上がってきて──。
『強い!強すぎる!韓国トップランカーを一蹴──!!』
これからも、勝ち続ける。
そしてそのままウィナーズファイナル、
「……ふぅ」
「すげえ!!すげえぞ咲!!やべえ!!」
「もう、私以上に喜んでどうするの」
「そりゃ喜ぶだろ、世界一だぞ!!」
優勝が決まった瞬間に玲が壇上に駆け寄り、咲を抱きしめた。
勝利者を讃えるようにお姫様抱っこをするなど、咲としては恥ずかしい気持ちになったが悪くない気分でもあった。
「玲」
「ん?」
「今回だけだからね」
「えー、また来年出ようぜ」
「今度は、自分の手でここに立ちなさい」
「チャンピオンに言われちゃ敵わねえぜ」
最愛の人が喜んでくれる幸せを噛みしめて、咲は栄光を手にする。
──表彰後に手にしたトロフィーを持ち、玲に抱き上げられた咲の写真はネットニュースの一面に載り、新聞やテレビにも取り上げられる結果となる。
それを咲が知って悶絶するのは、帰国後に家に溜まったスポーツ紙を見てからのことであった……。
「咲」
「……なに」
「プロチームの誘いがいっぱい来てるけどどうする?」
「丁重に全部お断りして!」
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