巨人の舞踏の足跡~或いは史上最強プロ野球選手東郷玲の華麗なる人生

Soul Pride

巨人の絢爛舞踏

その足は誰よりも大きく

 初めて野球というものを認識したのは物心がついた四歳頃。テレビの中の、野球ゲームが最初だった。

 ずんぐりむっくりのデフォルメされたキャラクター達がフィールドで野球をする、そんなゲーム。

 ボールが投げられて、それを打つ。そんな単純明快なルールに、俺はこう思った。

 

 理屈もなく、意味もなく、根拠もなく。俺は、それが容易いことだと確信した。

 新聞紙を丸めて棒にして、バットに見立てて振る。新聞紙を丸めてボールにして、投げる。

 まずは、そこから始まった。

 ──それが俺の、野球人生の第一歩。






 ボールをバットで打つのが好きだ。捉えた感触、直後耳に届く音、描く白い放物線。

 ボールを投げるのが好きだ。指先に残るボールの感触の残滓、投擲運動の筋肉の緊張と収縮、ミットに収まる音。

 

 それ以外の野球の行動は、俺は嫌いだ。

 野球は三振かホームラン。それが絶対の原理で。

 それが俺、東郷玲とうごう れいの野球哲学だ。


「つーわけで、今日から俺が絶対な」


 だから俺を討ち取れねえピッチャーは俺より格下だし、俺を打ち負かせねえバッターは俺より格下だ。

 ……たとえ、それが日本プロ野球の一軍レギュラー全員であっても。


「わかっちゃいたが、プロもこんなもんか。なっさけな」


 俺が三振に討ち取り、ホームランで叩きのめした一軍選手全員を睥睨する。

 誰も彼もが俺の球を掠らせもできず、俺に空振りをさせることもできなかった。

 失望はしていない。元よりこうなるのはわかってた。ただ実際に現実に直面すると、どうしても呆れからの溜息が出てしまう。


「俺に口出ししたきゃ俺に勝ってからな。いつだってやってやるよ」


 格付けは済んだ。俺は勝手に練習する。

 高卒ドラフト後に入団、一軍キャンプ帯同した今。

 俺に指図することは誰であろうと許さない。






「なんなんだよ、アレは……」


 プロ野球球団、東京ウォーリアーズ。その一軍レギュラーの面々が、去っていく背番号89の背中を呆然と見ていた。

 東郷玲。生年月日八月九日の十八歳。高卒ドラフトで指名されて契約したばかりの新人プロ野球選手。

 高校でのポジションはピッチャー、そして打順は四番に位置していた、二刀流を期待されている超高校級選手。

 変幻自在の変化球と精密無比のコントロールを併せ持った軟投派の投手で、得点を許したことは一点たりともない。

 バッターボックスに立てば、勝負された打席は例外なく全てホームランにしている。

 その末に打ち立てられた高校通算記録の自責点0無四球、打率十割は不可能記録とすら言われている。

 そんな記録を叩き出した玲に、日本中は大いに沸いた。野球界のニューヒーローの 登場とマスコミが祭り上げて囃し立てた。当然、各テレビ局や新聞社の記者が玲に殺到し──。


『うるせえゴミ共。邪魔だ』

 

 にべもなく、そう切って捨てた。

 天に二物も三物も与えられた玲だが、性格は傲慢そのもの。野球の実力だけが玲の評価基準であり、そして自分以上の実力者に出会ったことがないためにことごとくを見下している。

 この世で最も偉いのは自分だと本気で信じていて、この世界は自分が主人公だと思い込んでいる。

 傲岸不遜を征く玲の罵詈雑言の数々は多くの非難を浴びることになったが、本人は馬耳東風。その上で結果で黙らせ続けてきた。

 高校時代の成績と言動は良くも悪くも世間を振り回し続けて、今では日本で一番有名な高校生だ。この場で知らない者は誰一人としていなかった。

 一軍キャンプに合流した彼は早々に、こう言い放つ。


『俺からホームラン打たれて、三振取られたら俺より格下な』


 一軍選手全員を相手に打席勝負を挑む。

 投手として、そして打者として。どちらの面でも超一流が集うプロを相手に勝つと宣言した。

 子供らしい生意気さと前評判通りの玲の性格キャラに、先輩のプロたちは笑って迎え入れた。それくらいの元気があってしかるべしと、勝ち気であることはいいことだと。

 ──この勝負は、契約の際の入団条件に織り込まれていたことであった。年功序列とか知らない、俺より野球が下手な奴に偉い顔されたくない、という玲の希望のもと、格付けを決めたいというものだった。

 故、先輩選手たちもその勝負に乗った。キャンプに参加している現一軍登録選手27人対東郷玲の打席勝負が成立した。

 不遜な後輩の性根を叩き直してやろう、と体育会系の極みである野球選手たちは息巻いていた。 お望み通りに格の違いを教えつけて、ここがどういう世界かを叩き込んでやろうとした。

 話題の超高校級選手であろうと、所詮はアマチュア。自分たちは選ばれて鍛え抜かれたプロである自負があり、実力も裏打ちされている。伸びきった鼻っ柱をへし折るのは容易いだろうと踏んでいた。

 ──だが。


『……うーっわ、雑ッッ魚』


 ……マウンドに立てば打者27人全員が三振で討ち取られ、打席に立てば先発中継ぎ抑えの投手全員がホームランを打たれる結果に終わった。

 東京ウォーリアーズは決して弱いチームではない。昨年成績もAクラス入りしており、今のプロ野球球団の中でも上位に位置づけられる力を持っている。

 そんな球団の名だたる名打者たちが三振で切って捨てられ、球界屈指のエースたちがホームランに打ち負かされた。

 桁が違う、才能が違う、次元が違う……そんな言葉で形容できない力の差をまざまざと見せつけられた。

 それは、勝負を見届けた監督やコーチ陣も同じことが言えた。

 こんな選手、知らない。見たことがない。現役から指導に至る今までで、長く野球に携わってきた中でもあり得なかった前代未聞。

 。投手としても打者としても極まり過ぎて、何も教えようがない。

 定説セオリーを言うのは簡単だ。だけれども現時点で現役のプロを相手に力を証明しており、玲本人がそれに従うとはとてもじゃないが思えない。


『つーわけで、今日から俺が絶対な』


 エースも、スラッガーも。監督やコーチ達も、誰も何も玲に口出しができない。

 事実上、若干十八歳にして東郷玲は東京ウォーリアーズの頂点に立ったのであった。

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