その一歩は誰よりも広く
俺のデビュー戦はオープン戦ではなく、開幕戦となった。
これは俺が指定して決まったことだ。戦績に影響しないオープン戦なんざに出てやるものか。
俺の属する東京ウォーリアーズの対戦相手は大阪の大企業を母体とするオリオンパンサーズ。世間一般じゃ東京ウォーリアーズに並ぶ歴史と実力を持った名門球団というやつらしい。どうでもいいが。
俺のポジションは無論、投手。打順は一番。一度でも多く、打順を回すためだ。
今日の目的は、俺のお披露目。東郷玲という野球選手が、どんな存在であるかを脳裏に焼き付くまでに焦がすのが俺の役目だ。
──今日この日から、野球は変わる。あるいは、終わる。それを証明するために。
初回の表は後攻のため、マウンドに上がる。
パンサーズの一番でバッターボックスに立つのは、ライトを守る嘉村啓二24歳。俊足巧打を売りとする選手だが……俺の目から見れば、まあ雑魚だ。
「おい、嘉村」
「あ?」
「全球、ストレートだ。プロなら打てよ」
プレイ宣言がされて、プレートに足を乗せる。
フォームは右投げのオーバースロー。面白味のないオードソックス。
そこから放たれたボールは、呆気なくど真ん中に構えられたミットへと収まった。
スピードガン表示は──155km/hを記録。
一瞬の静寂の後──沸く、観客ども。
高校の時は、球速はMAX145km/hまで手加減していた。変化球主体の軟投派なんて言われもした。
パンサーズの面々はベンチで唖然としたり、驚きで立ち上がったりもしている。俺のことを事前に調べ上げたりしたんだろうが…………馬鹿が。たかが高校生相手に俺がマジになるわけねえだろ頭使えよ。
そのまま一番の嘉村を三球三振で切って捨て、続く二番三番も全球ストレートで三球三振で終わらせた。
スリーアウト、チェンジ。
ベンチに戻ってグラブと帽子を外し、プロテクターを装着しメットを被って、バッティンググローブを填めてバットを持って、バッターボックスへと向かう。
「さて、と」
バッターボックスに入る直前に、バットの先を球場のスコアボードの……時計へと向けた。
いわゆる、予告ホームラン。絶対にホームランを打ってやるという宣誓だ。
俺はこれの常習犯だ。公式戦は基本これをやってたし、ほぼほぼルーティーンになっている。
目的は挑発。勝負をすれば確実にホームランにしてきた俺は、敬遠ばかりくらってきた。
だが、予告ホームランは投手の神経を逆撫でさせるにはもってこいだ。お前の球なんて余裕でスタンドまで運べると言っているようなものだし。
それでも構わず敬遠をすれば観客からのブーイングは避けられない。そうなれば敬遠がリスクになる。人気商売のプロ野球では特にだ。
甲子園じゃ、構わず敬遠を続けた高校があったが……ひっどいブーイングに晒されてピッチャーのメンタルはボロボロ、容易に俺以外の奴らに打ち崩されていったよ。
そして今、このプロ野球の舞台じゃあ俺は高卒一年目のルーキーだ。
そんな相手にホームラン予告をされて、黙ってられるほどプロってやつは安いものかね。
放たれた初球は……俺の顔を目掛けて放たれた。
(ほうら、内角高め。俺をビビらすためのボール球)
軌道、回転、球速……直撃コースでもない限り、俺は微動だにしない。
頬を数ミリで掠めたが、当たらないとわかっていれば動く理由がない。
「しょーもな。ビビらせてえなら当てろよ」
わざとらしくキャッチャーにも聞こえるように漏らす。
まあ、ここで当てにきたら逆にすげえや。初打席のルーキー相手にそんなんしたら大笑いしてやる。
……で、案の定二球目はアウトローいっぱい。腰が引けたとでも思ってんのか。
フルスイング、一閃。
打球はまっすぐ、狙い通りに……スコアボードの時計盤に直撃した。
「楽勝」
マウンドを見れば、ピッチャーが膝を着いて打球が飛んで行った方を呆然と眺めている。
なっさけな。高卒ルーキーにあそこまで飛ばされるとか。プロ辞めたら?
ベースをゆっくり一周し、ホームへ帰還。そしてベンチに戻って悠々と座る。
俺がホームランを打った他の奴らの反応は、俺を化物を見るかのようなもの。喜ぶのではなく、歓迎するものではなく、ただただ畏れるだけ。
それでいい。それがいい。試合も終わってもいないのに喜ぶのは間違っている。シーズンが終わってもいないのに浮かれるのは間違っている。
所詮、初回に一点入っただけなのだから。
「おい、クズ共」
一言、ベンチ内のメンバーに呼びかければ、選手コーチ監督例外なく肩をビクつかせる。
「打席を回せ。少なくともあと四回だ」
「いや、あの……」
「うるせえやれ」
「……はい」
俺がマウンドに立ちゃ、負けることはあり得ねえ。点が入らなけりゃ、負けようがないからな。
そして少なくともこの試合に関しては、俺が敬遠されることはない。高卒ルーキー相手に予告ホームランかまされて敬遠なんてしたら、プロの面目丸潰れだ。
そこを叩く。五打席回って全部ホームラン。最低でも五点は俺が取る。叩いて叩いて叩き潰して苦手意識を植え付けて、オリオンパンサーズはここで終わらせる。
それがペナントレースの勝ち方ってやつだ。
結果、試合は圧勝。俺は五打席五本塁打八打点。そして投手としては全て三振で終わらせてキッチリ81球でパーフェクト。予定通りの結果になった。
……で、まあ俺がヒーローインタビューに選ばれた訳だが。
「先に言っとく。この試合、手加減してたから」
お立ち台で、そう言ったことに嘘はない。事実、力を抜いてやった。
「少なからずね、失望してる。こうなるんじゃないかって予感はあったが、まさかここまでとはってね」
落胆と悲嘆と失望を乗せて、訴える。
ちゃんと俺と戦うように。誰も彼も、そして俺自身も、逃げ道を塞ぐように。
「この舞台をね、夢見てた時期があったんだよ俺にも。……返せよ、俺の夢を。期待を」
これは全ての野球人へと向ける、宣戦布告だ。
「全プロ野球選手に告げる。こんな糞ガキに言われっぱなしにされたくないなら、俺の鼻っ柱をへし折って、俺の夢を拾って集めてこい。以上!!」
──この宣言は、野球を、日本を、世界を振り回す最初の巨人の一歩だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます