第21話
場所は家の裏庭……ではなく、いつもの不惑の森に作った特設ステージ。
土魔法を使って段差やそれっぽい質感を再現して作り出した壇上で、俺とアリサは杖と剣を構えながら戦っていた。
「よしっ、今日は俺の勝ち!」
「はあっ、はあっ……あとちょっとだったのに……」
地面に倒れ込んでいる彼女の隣には、俺が打ち込んでいる土槍が突き立っている。
『おおっとクーン選手強い、強すぎるぅ!』
脳内実況の増田さんも俺の勝利を喜んでくれていた。
息も絶え絶えな状態で泥に塗れているアリサの手を握り、引き上げてやる。
アリサとの戦いは、俺が上級魔法を使いこなすことができるようになった時点で大分有利に戦えるようになっていた。
……そう、俺は既に上級魔法を全属性で使うことができるようになっている。
当然ながら中級魔法を弄って使っていたなんちゃって上級魔法ではなく、純正のやつだ。
もちろんこれらもチューンナップしているため、実際の威力は帝級に近いとカムイとメルからお墨付きをもらうこともできている。
ただ少々威力が高くなりすぎたせいで、俺の改良上級魔法は対人戦闘で使えないレベルの極悪仕様に仕上がってしまっている。
盗賊討伐や魔物狩りなんかの冒険者の活動の時には使うこともそこそこあるが、危険すぎるので模擬戦での使用は基本的には厳禁だ。
この頃、俺はアリサ相手に白星の数が増えてきている。
結局身体強化は使えなかったが、毎日鍛えているおかげで身体ができあがっているのも大きいんだと思う。
そのせいで最近、アリサは俺と戦うと露骨に機嫌が悪くなる。
お互い成長しているのでちょっとわかりづらいが、彼女も以前と比べるとかなり強くなっているはずだ。
明らかに俺を意識している彼女は、ここ最近はかなり修行に身を入れている。
よく裏庭でカムイと戦っているのを見るようになったし、夜に目を覚ますとアリサの部屋から明かりが漏れていることなんかも何度もあった。
根を詰めすぎているようなので、可能な限りガス抜きをしてあげようと、俺は基本的に生活スタイルをアリサに合わせるよう配慮していたりもする。
流石に精神年齢で一回り以上離れている女の子相手にムキになるほど、俺は子供じゃない。
もちろん手加減して勝ちを譲ってあげるほど大人でもないんだけど。第一そんなことをしても、彼女も嬉しくないだろうしね。
「もう一回やるわよ!」
「はいはい」
父から譲り受けた剣を構えるアリサに対し、俺はメルからもらった杖を構えて相対する。
そして俺の魔法とアリサの剣技が、再び激突した。
俺がカムイ家にお世話になってから、早いもので二年の月日が流れていた。
「ふんふーん、ふふっふーん」
鼻歌交じりに街を歩いているのは、我らが姫ことアリサだ。
彼女は陽気に腕をぶんぶんと振り回しながら街中を歩いている。
鍛えているせいで腕の速度が尋常ではないため、腕がブレて消えるような錯覚を覚えてしまうほどだ。
恐ろしく早い腕振り、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね……。
この世界の基本的な暦は、一年三百六十日だ。
光・火・水・風・闇・土・安息日の週七日制で、日曜日に当たるのが安息日だ。
聖書と似たような感じで、この世界の神様も六日で世界を作り、ラスト一日はゆっくり休んだ。
神様が休んでんだから、人間も休もうぜってな具合に。
俺もその例に漏れず、週に一度は休憩を取るようにしていた。
毎日根を詰めすぎていても良くないし、適度な休息は大切だ。
まあ、基礎トレは毎日するし、遊ぶのもアリサと一緒に模擬戦をしてからになるから、純粋に丸々一日オフってわけでもないんだけど。
「あら、これすっごいかわいいわ!」
「えー、そうかなぁ……?」
「クーンには聞いてない!」
アリサの趣味は露店巡りだ。
彼女は休みの時間ができると、良く冷やかしがてらに露店を回り、そして財布の紐を緩めて色々なものを買う。
ただ下手の横好きというやつか、彼女にまったく選球眼はない。
俺からするとガラクタにしか見えないようなものを買うことがほとんどだったり。
彼女が自分で稼いだ金を使ってるだけだから基本的に文句を言うつもりはないけれど、なるべく俺も同行するようにしている。
アリサはつっけんどんだけど根は素直な子だから、言葉巧みにだまくらかされてガラクタを押しつけられることなんかも多い。
一つ上のお兄ちゃんとしては、そんな事態を見過ごすわけにはいかないからね。
「これ一つ!」
「銀貨二枚だよ」
「わかっ……」
「ちょっと待っておじさん、いくらなんでもそれは高すぎるんじゃない?」
俺は二人の交渉に割って入り、なんとかその空き缶みたいなガラクタを、銅貨五枚まで値引くことに成功したのだった。
アリサが買ったのは、俺からすると奇妙にしか見えない木製の人形だった。
寸胴体型の上に、トーテムみたいな感じの奇抜な顔がついている。
「……(にまにま)」
アリサはその人形をぎゅっと抱きしめながら、上機嫌で街を歩いていた。
俺も鍛えている方だけど、身体強化が使える人間はその分だけ元の肉体も強靱になりやすい。
途中からはついていくのに必死で、彼女が止まった時には軽く息が上がってしまっていた。
「ふうっ、ふうっ……疲れたぁ」
「鍛錬が足りないわよ」
「はいはい、そうだね」
公園に入り、ベンチに腰掛ける。
距離は拳五つ分くらい空いているが、これでも最初と比べればずいぶんマシになった方だ。 最初の頃なんか、同じベンチに腰掛けるのすら許されなかったからね。
「はあ……なんでこんなのにも勝てないのかしら、納得いかないわ」
「そんなこと言われても」
「でも今日はこのウェンディーちゃんに免じて許してあげるわ!」
どうやらアリサは既に人形に名前をつけているようだ。
呪いの人形と言われた方が納得できる見た目だけど、ずいぶんとかわいらしい名前だ。
なんだか今日、アリサはいつにも増して機嫌がいい気がする。
何かいいことでもあったんだろうか?
「ねぇ」
「なにさ」
「最近……どう?」
『質問抽象的すぎない?』という言葉をグッと喉の奥のあたりでこらえる。
アリサは色々と言葉足らずなところも多い。
そのくせ上手いこと意を汲まないと機嫌を悪くしたりもすることも多いので、頭をフル回転させて正解を選び取る必要がある。
最近というのは、どのくらい最近のことなのだろうか。
俺の灰色の脳細胞から導き出された結論は――。
「前の家にいた時より、ずっと楽しいよ」
「……そうっ」
アリサは笑顔だった。
どうやらそう的外れなことは言わずに済んだみたいだ。
「アリサの方は、最近どう?」
「私? 私は――」
アリサの言葉が止まる。
遠くから聞こえてくるのは、女の子の悲鳴だった。
「アリサ、今の――」
「行くわよ、クーン!」
アリサは俺の答えなんか聞かず、ずんずんと声のした方へと進んでいく。
必死になって後を追いかけながら路地裏を進んでいくと、下卑た笑みを浮かべている男達の姿があった。
その先には路地の行き止まりに押し込められた女の子の姿があり、衣類に手をかけられている。
領都の治安はいいが、それでも現代日本と比べれば雲泥の差だ。
裏路地へと入り込めば、人攫いの被害に遭うことだって少なくない。
「シッ!」
無詠唱で水魔法を発動させ、地面ごと男達の足を凍らせる。
咄嗟だったので威力調節がちょっと甘いが、くるぶしの辺りまでを氷で覆うことができた。
アリサの進路だけは凍らせなかったので、彼女はずんずんと進んでいき、あっという間に男達をたたき伏せてみせた。
恐ろしく早い峰打ち、俺じゃなきゃ……ってこれはもういいか。
これくらいの連携ならお手の物だ。
何せ定期的に戦い合っている仲である。
お互いにできることはよくわかっているのだ。
「大丈夫、歩ける?」
「は、はい……」
どうやら男達は昏倒させただけで、殺してはいないようだ。
たしかにいきなり人の首が吹っ飛ぶスプラッターな様子を見たら、女の子の一生のトラウマになるかもしれないものね。
「衛兵に突き出す?」
「……いや、やめときましょ。このまま路地裏に放置しとけば、しかるべき人達がしかるべき処置をしてくれるはずよ」
「了解」
肩をいからせながら女の子を引き連れて歩いていくアリサ。
彼女の後ろ姿は、女騎士だてらに凜々しい。
ただアリサを見る今の俺は、間違いなくしかめっ面をしているだろう。
(どうしてアリサは、いつも官憲を頼ろうとしないんだろう?)
アリサはあまり人前に出ていくことを良しとしない。
カムイやメル達もそうだ。
彼らはあれほど実力があるにもかかわらず、なるべく俗世と関わりを持たずに、屋敷にこもって悠々自適な暮らしをしようとしている節がある。
流石に二年も一緒に暮らしていれば、鈍感な俺でもカムイ家に何か事情があることはわかる。
カムイ家には色々と隠し事が多い。
たとえばメルとアリサは時折、二人きりで魔法の特訓をすることがある。
何の魔法の練習をしているのかは、秘密ということだ。
戦いぶりが変わるわけじゃないので戦闘用ではない何かなんだろうけど……。
カムイやメルほど実力のある人間が無位無冠のままいるなんて、力こそパワーなこの世界じゃありえないことだ。
アリサだってあれだけ負けん気の強い性格なのに、目立つことだけは異常に嫌ったりと大人びているところも多い。
実際の戦闘能力で言えば俺の方が高いかもしれないけれど、彼女の背中は俺よりも大きく、そして頼もしく見える。
十歩も歩けば追いつけるはずの背中が、妙に遠く感じられた。
(はぁ……頼りにされてないのかな、俺)
胸に去来するのは、一人だけ疎外されていることへの寂しさだ。
なんだか自分一人だけが、カムイ家に混じれていない気がして……。
そりゃあカムイ達から見れば俺なんてまだまだひよっこなんだろうとは思うけどさ。
それにしたってもうちょっと……。
「カムイ、遅いわよ!」
ちょっとだけおセンチな気分に浸っていると、こちらを振り返ったアリサにドヤされてしまった。
慌てて早足になりながら後へついていく。
女の子を家まで送り届けた時には、既に夕暮れになっていた。
俺達も家に帰る時間だ。
「でね、さっきの続きだけど……私も今が、楽しいわ。こんな日がずっと続けばいいのにね……」
「……うん」
アリサの横顔は、美しかった。
そして彼女が口にした言葉は、今の俺の心境とぴったりと一致していて。
俺の足取りは、家に着く頃にはずいぶんと軽くなっていた。
――この世界には変わらないものなんて何一つないって、知っているはずなのに。
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