第5話
「キシャアアアアアッッッッ!!」
目の前にいるのは、人型をした異形の化け物だった。
優に二メートル以上ある身長に、プロレスラーのように大きい横幅。
そんな筋骨隆々とした肉体は青い鱗に覆われ、頭部にはトカゲのような顔がついている。
リザードマンと呼ばれる魔物だ。
ここらで出てくる魔物の中では、強くもないし弱くもないやつだ。
肉が食えないので、俺としてはあまり美味しくない魔物である。
「邪魔!」
俺の頭上に三本の水の槍を生成、同時に射出。
狙い過たずリザードマンの腹に二本が刺さり、足を止めたリザードマンの頭を三本目の槍が射貫く。
どさりと倒れたリザードマンの肉体を持ち上げる。
どうせこのまま放置しても他の魔物の餌になるだけだし、将来のことを考えると素材は回収しておいた方がいい。
「結構埋まってきたな……」
手元でぐにゃりと空間が歪み、半月状に開いた。
リザードマンの肉体をその中に投げ入れる。
時空魔法の一つ、インベントリアという魔法だ。
魔法に重要なのはイメージだ。
そのためこの世界における時空魔法は習得が極めて難しい魔法として知られている。
そもそも時間と空間がなんなのかの知識の乏しいこの世界の人からするとって話で、前世で色々な物語に触れてきた俺からすれば余裕のよっちゃん(死語)だ。
色々と試行錯誤した結果、ドラ○もんの四次元ポケットや拾ったものは全て収納が可能なRPGで良くあるリュックサックをイメージすれば、内容量を気にしなくていいほど大量に保存することができるようになった。
インベントリアに入れておけば時間経過も怒らないため、とりあえず素材は全部この中にぶち込むようにしている。
まあ、そのせいで素材の量がとてつもないことになってるんだけどね。
ちなみに、今では全属性の上級魔法を使うことができるようになっている。
といっても、本からの知識で推察してるだけで、誰かからお墨付きをもらえたりしたわけじゃないんだけどさ。
これで実際魔法使いとして未熟だったりすると、ちょっと恥ずかしいよね。
戦い自体は問題なくできてるから、ある程度強いとは思ってるんだけど……比較対象がないからなぁ。
「お、血の匂いに引かれてきたな」
リザードマンの血の匂いに引き寄せられてやってきた猪の魔物であるグレイトボアーを見て、俺は思わず舌なめずりをしてしまう。
森にいる魔物の中だと、グレイトボアーは大当たりだ。
何せこいつは一匹から肉を大量に取れるし、前世で言うところのブランド豚なんか目じゃないほどに美味い。
スペアリブ一本として逃せない、欠食児童の俺からするとありがたい魔物だ。
――森に入るようになってから一年。
十歳になった俺は魔の森以外の三方での環境に適応しながら、以前より充実した毎日を送るようになっていた。
「ほう……グロックバードか。こいつの肉はなかなか美味いからな、よくやった」
「はい、ありがとうございます」
この一年で、俺の屋敷の中での立ち位置が変わった。
今までは何もできない穀潰しとして扱われていたけれど、肉を獲るようになってきたことで使える穀潰しへとわずかにグレードアップしたのだ。
しっかりと肉を献上しているにもかかわらず、相変わらず穀潰し扱いだからな。
こいつらは俺のことを、召使いか何かだと勘違いしてるんじゃないだろうか。
下手に暴力を振るって俺が使い物にならなくなると困ると思ったのか、それとも魔物を狩れる俺の実力を警戒してか、ラッツや兄達から教育的指導(物理)が行われることはなくなった。
それでも当然のように渡した獲物は全部取られ、俺に出される料理には肉の一欠片も入っていないんだけどさ。
俺がすねて肉を取ってこなくなったらどうしようとか、こいつらは考えないんだろうか?
あまりに考えなしな行動には、怒りを通り越して呆れを覚える。
もう慣れたので、そういう対応をされてもなにも感じないけどね。
当たり前だけど、俺は取ったものを全てラッツに渡したりはしていない。
なので、ここに来るまでに既に本当の夕食は済ませている。
今日はグレイトボアーが取れたから一人イノシシ肉フェスティバルを開催させてもらった。
あまり怪しまれたりしないように、定期的に肉を食卓に並べることができるくらいに……具体的には三日に一回くらい肉を提供している。
煮込み料理にすれば全員に行き渡らせることもできるくらいの量を渡しているんだけど、ラッツはそれをステーキにしてがっつり食べてしまう。
残る何割かを皆(俺を除く)で分ける形だ。
「ううむ、やはり魔物の肉は美味いな! なんだかここ最近は活力が溢れてくるぞ」
今日もラッツはグロックバードのチキンステーキを食べながらワインを飲み、なかなかご機嫌だった。
サラや兄達も肉を食えるようになったおかげで、わずかに血色が良くなったような気がする。
まああの食生活じゃタンパク質なんかは圧倒的に不足してただろうからね。
ちなみにいい肉は自分で消費するようにしているので、俺の栄養状態は今では完全に改善されている。
以前はガリガリで骨が浮くほどだったけど、今はふくよかにならない程度にしっかりと肉をつけることもできている。なんなら太らないようにカロリー消費をしておかなくちゃいけないくらいだ。
魔物の肉というのは基本的に、強くなればなるだけ美味しくなることが多い。
なんでも強力な魔物はそれだけ肉体に多くの魔力を宿しているため、美味しく感じられるんだとか。
ちなみにグロックバードよりもグレートボアーの方が肉は美味い。
まあもちろん、この肉を分けてやるつもりは欠片もないんだけど。
「私もなんだか少し若返った気がするわ」
「うむうむ、これでは六男ができるのもそう遠くはないかもしれないな。がーはっはっは!」
「もう、あなたったら……」
ラッツの辞書にはデリカシーなんて言葉は存在しないため、こういうことも平気で言う。
ちなみに俺はそれを冷めた目で見つめながら、スープに浸して柔らかくした黒パンをもそもそと食べていた。
別に食事の場に出ないと面倒が起きるためにこの場にいるだけで、食事は残してもいいんだが、自分の分を取っておいていると疑われたりするのもやだし、なるべく出されたものは完食するようにしている。
しっかし、肉は美味いんだけど、一人で食うと塩がないのが難点だよなぁ。
森の中で見つけた香草で味付けしてるから結構美味いんだけど、ジャンクフードに慣れてしまっている俺からするとどうにも物足りなさを感じてしまう。
行商人が来た時に狩った魔物の素材で塩を買う案も考えたんだけど、それがラッツにバレれば間違いなく折檻を受けるため今は我慢するしかない。
ただ長いこと味の薄い食事で舌が慣れてきたからか、素材の味を活かした食事にもさほど不満は感じていない。
下手に贅沢を覚えると堕落しちゃいそうだし、成人するまではこのままの生活を続けるつもりだ。
現在俺は、普通の森の中であればしっかりと狩りを行うことができるようになっている。
個人的には、魔の森に挑むのはまだ早いと思っている。
何せ以前チラ見したところ、今の俺が戦っても明らかに勝てなそうな魔物がうようよいたからな。
いずれ帰ってくることがあったら、その時は魔の森を悠々と探検できるくらいの実力を手に入れたいものだ。
家に帰ってきてから、俺は自室で日課になった魔力循環を行ってから、魔法を連発させながら魔力を消費させる。
今日は風魔法な気分なので、上級風魔法を何度も使用していく。
風魔法の面白いところは、風を圧縮することで物質的な攻撃力を持たせることができるところだ。
一定以上魔力を込めて風を圧縮させ鋭く成形すれば風は刃になり、面を広く取ってやればハンマーのような鈍器として使うことができるようになる。
この一定以上というのがポイントだ。
風の刃で部屋の中がズタズタにしたり風のハンマーで家具を壊したりしないように、威力を持たないギリギリの範囲に調節しながら、部屋の中に風を巡らせる。
部屋の中の小物が飛んでいったりしないよう風の向きと量を調節しながら、さながらサイクロンジェット方式の掃除機の内側のようにびゅうびゅうと渦巻かせた。
教本の教えによると魔力量の増強には、魔力を使い切るようにするのが一番良いらしい。
最初は半信半疑だったが実際に効果はあるようで、今の俺は魔法を使い始めた当初と比べると更に魔力量が増えている。
ただでさえ測定球を爆発させるほどの魔力があったのに、それが増えているのだ。
ここ最近では魔力切れをするのにも一苦労で、とにかく創意工夫を凝らしながらなんとか家で魔力を使い続けている。
「ふぅ、ようやく眠気が……ぐぅ……」
ちなみに魔力が切れると、強烈な眠気に襲われる。これは魔力欠乏症の症状だ。
この世界では魔力は肉体機能の維持に必要不可欠なもののようで、それが最低限の量を割るとPCでいうところのスリープモードのような状態になるのである。
こんな風に意図的に魔臓に負担をかけることで、魔臓がより多くの魔力を生み出せるよう強くなっていくのだという。
前世では何度も夜に目が覚めて苦労していたが、今世で魔法を使うようになってからは朝までぐっすりと眠れている。
これもまた、魔法が使えるようになって得られた大きな利点のうちの一つである。
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