第4話
魔法の勉強を始めてから三年ほどが経過し、俺は九歳になった。
俺が魔法の勉強を始めてから成人するまで、そのうちの半分が過ぎた計算になる。
魔法の学習状況は、若干の難はあるものの極めて良好。
既に家にある蔵書は全て読破し、本から学び取れるものは全て吸収し尽くしたと言っていい。
魔法はその習得難易度から初級・中級・上級・帝級・極級の五つに分かれているんだけど、俺は現状で七属性全てを、中級魔法まで使うことができるようになっている。
ただ、中級魔法と言っても世間一般でいうところのそれとは威力や使用する魔力の量が大きく違う。
その理由は魔法において最も大切なのは、イメージだ。
たとえば初級火魔法であるファイアボールを例に取ろう。
少なくともこの国においては、火とは精霊様がこの世界に顕現した証拠だとされている。
そして魔法を使用する際にイメージする火は、主に炊事の際に使われている炎だ。ちなみに余談だが、師匠によっては実際に炎に軽く手を炙らせて、その温度を理解させる者もいるらしい。
話を戻そう。
そのような文化的な教えの結果、一般的な魔法使い見習いは、火というものをそのようにイメージし、魔力を使用してファイアボールという魔法を発動させる。
対し前世知識を持っている俺は炎というものに対し、より深い造詣がある。
俺は炎が温度によってその色を変えることを知っているし、前世の動画で見たような超高温の炎を見たこともある。
それに何より、炎は精霊の顕現ではなく、燃焼が物質が空気中の酸素が化合して行われる現象であることを理解している。
そのため俺が魔法を使うと、教本で言っているものと比べていささか過剰な威力の魔法を放つことができるし、使用する魔力も明らかに少なくて済んでいる。
なのでただの中級魔法の使い手よりは強いんだろうが……自分の強さがどのくらいのものなのかはほとんど実戦をしたことがないため、いまいちわかっていない。
ただ教本が一般的な中級魔法の分までしかなかったため、去年からは学習のスピードがガクッと落ちてしまっている。
間違いなく独学の限界なんだろうけど、流石に中級魔法が使えるだけでは不安が残るので、ここ最近は前世知識を活用しながら自分で魔法を開発できないかと試行錯誤しながら頑張っている。
おかげでいくつかの上級魔法に相当するであろう魔法を生み出すこともできた。
上級が使えるようになればベテラン魔法使いの仲間入りと書いてあったので、魔法使いとしては最低限の実力は手に入ったはずだ。
個人的にはまだまだ上を目指したい。
最低でも帝級……可能であれば極級の魔法を一つくらいは奥の手として用意しておきたいところだ。
そのために必要なのは……やはり実戦だろう。
成人するまでにはまだ三年以上時間があるが、ただでさえやれることがなくなってきているのだ。
そもそも屋敷の中では派手な魔法を使うこともできないしな。
裏庭や林に出て魔法の練習をするにしても、高威力の魔法をバカスカ使うわけにもいかない。
そんなことをしたら俺が魔法が使えるのがバレる。
爵位を継ぐつもりがない俺としては、家の問題から可能な限り距離を置きたいのだ。
だがこのまま屋敷の周辺を行動範囲にしているだけでは早晩頭打ちになるのは目に見えている。
というわけで俺はラッツの機嫌がいいことを確認してから、タイミングを見計らっていたある提案をするために動き出すのだった。
「森で狩りをしてもいいか……だとぉ?」
屋敷の外、というか領地の中にある森の中に合法的に出たい。
そんな俺の提案に、ラッツは当然ながら訝しげな顔をした。
九歳児が何を舐めたことを言っているんだと思っているんだろう。
ただ納得させるための理論武装も準備も、既に終えている。
「はい、僕は成人したら家を出て冒険者になるつもりです。なのでそのための予行演習として、魔物を相手にして戦う術を身に付けたいのです」
「お前はまだ九歳だろう、いくらなんでも……」
スッと、俺はポケットに入れていたあるものを取り出す。
それは――事前に森に入って手に入れておいた、ホロホロ鳥という鳥のササミジャーキーだった。
天日干しで作っただけなので出来は粗末だが、一応噛んでるうちに肉の旨みが仕上がるくらいの品にはなっている。
「もししっかりと狩りができるようになったら、食卓に食肉を並べてみせます」
「ふむ……」
ラッツは俺の手からササミジャーキーをひったくるとすんすんと匂いを嗅ぎ、そのまま口に含んだ。
くっちゃくっちゃと音を立てながら肉を噛むと、そのままわずかに頬を緩める。
ほっ、これでようやく許可が……と思うと、いきなり視界がぐるんと反転した。
何をされたのか、一瞬遅れて理解する。
俺は――殴られたのだ。
「おい、残った肉はどうした?」
「ジャーキー作りの練習に……ふぐうっ!!」
俺の言い訳を最後まで聞くこともなく、ラッツが腹部に蹴りを入れる。
大の大人相手に力で勝てるわけもなく、俺は無様に床をごろごろと転がった。
「ふざけるな! これから狩った肉は全て俺に献上しろ! いいな!」
「は、はい、わかりました……」
「ふんっ!」
ラッツは最後にダメ押しで俺の頭を踏みつけると、そのまま肩をいからせながら去って行った。
一応許可はもらえたが……全身が痛いな。
自室に戻り、即座に光魔法であるハイヒールを発動させる。
「……いてて、口の中まで切れてるよ」
現状俺が一番上手く使えるのは、回復魔法のある光属性だ。
ラッツの癇癪で殴られたり、サラやザック達にストレスのはけ口にされたりすることがわりと日常茶飯事なので自然と上達したのだ……我ながら、なんと悲しい理由だろう。
この家の人間は、俺のことをまともに扱う気がない。
体のいいサンドバッグか何かだとしか思っていないのだ。
だから俺もあいつら同様、この家の人間を家族とは思っていない。
こんな家……さっさと出てってやる。
決意を新たに傷を治すと、俺はさっそく森の中へと入っていくのだった――。
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