第6話
人生がそうであるように、俺は時間の流れというものにも濃淡があると思う。
俺が記憶を取り戻してからの六年半ほどは、間違いなく濃い毎日だった。
自分の規格外の魔力量に興奮しながらも魔法を覚え、鍛えまくっていたら気付けば大して苦労することもなく魔物を倒せるようになり。
今では魔の森の魔物も、サシなら倒すことができるようになった。
まあ群れを相手にして死にかけたりしたこともあったが今となっては良い思い出……いや、まだ苦い思い出だな。
独学でここまでやれたら、まあ大したものじゃないだろうか。
自分で言うのもなんだが、自分の身を守るには十分すぎるくらいの力を手に入れることができたと思う。
だから――成人の儀の翌日である今日、俺はこの家を出る。
身支度を終え、部屋の中を見渡す。
六年半ほどお世話になったこの部屋は、お世辞にも良い部屋とはいえなかった。
スペースも五畳くらいしかないし、大した家具もない。
木張りのベッドは硬いし、魔力欠乏症の強制スリープがなければ寝入ることもできなかっただろう。
だがなんやかんや長く暮らしてきたので、ある程度は愛着も湧いている。
各種家具はインベントリアに入れて持っていってもいいんだが、そんなことをしたら俺が魔法使いであることがバレるしな。
間違いなく全部安物だろうし、溜め込んだ魔物の素材でも売ればもっと良いものが買えるだろう。
森に入るようになってから溜めに溜めた素材は、ぶっちゃけ死ぬほど在庫がある。
恐らく家を出て正規のルートで売れば、一生食うには困らないだろうってほどに。
若干の名残惜しさを感じながら部屋を出る。
屋敷を出ようと歩き出すと……そこに仁王立ちで身構えているラッツと、その脇にいるサラの姿があった。
「はあっ、はあっ、はあっ……おい、クーン」
ラッツは明らかに焦っている様子だった。
まさか成人した翌日に早く家を出るとは思っていなかったのだろう。
急いで飛び出してきたらしく、服は至る所がしわしわだった。
「なんでしょうか?」
今こいつが贅沢にステーキを食えているのは、俺が定期的に魔物の肉を渡しているからだ。
狩りのできる俺がいなくなれば、食卓は粗末で滅多に肉も出ないあの頃に逆戻りになってしまう。
人間というのは一度贅沢を覚えると、生活のグレードというのはなかなか下げることができないものだ。
「お前は我が家の専属狩人になれ。特別に従士として分家を興すことを許す」
「お断りします」
「なんだと、貴様……五男の分際で、当主の俺に逆らう気か!!」
「そうよ、クーンは私達のためにもっとたくさんの美味しいお肉を取ってくるべきだわ!」
ラッツもサラも、俺がここに留まることを当然だと思っているようで、しきりにこちらを糾弾してくる。
ラッツは居丈高に、サラは金切り声をあげながらこちらを詰ってきていた。
自分達が間違っているとは欠片も思っていないその様子に、内心で頭を抱える。
実際問題彼らは、自分達が絶対の正義だと疑っていない。
貴族というのは特権階級だ。
彼らは人に傅かれるのを当然のことと思っている。
その考え方は現代日本の記憶を持つ俺にとって、非常に受け入れづらいものだった。
魔物を狩ってこれる俺相手にどうしてそう強気で命令ができるのか……理解に苦しむ。
「お前は俺達にもっと魔物を狩ってくるんだ!」
「そうよ、しっかりと結果を出してくれればあなたにちょっとくらい肉を分けてあげても……」
「――もういい、聞くに堪えない」
俺は風魔法を使い、自分の周囲を風のカーテンで覆った。
魔力を使い切るために工夫して使いまくったおかげで、俺の風魔法の習熟度は非常に高い。
風を使った集音や消音だけではなく、今では自分が発生させた風の当たる範囲にいる生物の動きも知覚できるようになっている。
俺はラッツ達の言葉を風でかき消して、そのまま歩き出した。
こちらに手をかけようとするラッツの手を風で弾き飛ばす。
切り飛ばさなかったのも、別に優しさでもなんでもない。
家を出てただの平民になる俺が貴族に大怪我を負わせるのは流石にマズいからな。
俺は風の音を聞きながら、ゆっくりと歩き出す。
既に行く先は決めている。
とりあえずは東に進んでいき、サザーエンド辺境伯領へ向かうつもりだ。
それから先どうするのかは、決めていない。
うちには大した地図もないので、それ以上の予定は立てられなかったのだ。
まあ、魔物の素材なら大量にあるしどうにでもなるだろう。
この世界には冒険者ギルドもあるらしいし、力さえあれば生きていくのに困ることはなさそうだし。
『家族は絶対に守らなくちゃあいかん。大切な人を見つけたら、その人と家族になって、一生をかけて守る。それが男の本懐ってもんだ』
「大切な人……か……」
この世界における俺の両親や兄弟は、決して家族ではなかった。
対話をせず暴力を振るってくる者を黙って許すほど、俺は人間ができていない。
あれは血がつながっているだけの他人だ。
ただよくよく思い返してみると、俺は前世でも大切な人というのはじいちゃんくらいしかいなかった。
大切な、守りたいと思えるような人が、本当に俺に現れるんだろうか。
瞳を閉じると、瞼の裏にはラッツ達の脂ぎった顔が浮かんだ。
「家族……」
呟きながら、ゆっくりと歩き出す。
力も身に付け、金になるものだって大量にストックはある。
そんな状況での新たな門出だというのに、不思議と俺の足取りは重かった。
不安と期待がない交ぜになって、足の裏にひっついているみたいだった。
今までよりマシな暮らしはできるだろうし、まだ見たことがないものだって沢山あるだろう。
俺の知っている範囲は狭く、そして世界は広い。
前に出しているうちに、気付けば足は軽くなってくる。
こうして俺は家と訣別し、ただのクーンとしての道を歩み始めるのだった――。
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