第7話


 クーンがベルゼアート家を出てからというもの、家にいる者達の顔からは明らかに元気がなくなっていた。

 ラッツは以前のように癇癪を起こすようになり、その機嫌は悪くなる一方。

 それを恐れて妻のサラや息子のザック達は彼に対して話をすることが減り、結果として全体の雰囲気がかなり暗くなってしまっている。


 まるで何年前に戻ってしまったかのようだった。

 陰鬱たる空気を漂わせたまま、今日もまた会食が始まる。



「ちっ、今日はたったのこれっぽっちか……」


 舌打ちを鳴らすラッツ。

 その不機嫌な様子に、ビクッと三男のロウが肩を強張らせる。


 ラッツの不機嫌の一番の理由は、やはりその食生活の変化に拠る部分が大きい。


 彼の前にある皿に載っているのは肉汁滴る魔物肉のステーキ……ではなく、野ねずみのソテーだった。

 ただしこれでも肉が出ている分、夕食としては豪勢な方だと言える。


 ここ最近のベルゼアート家の食事といえば、味の薄いポリッジに青臭い普段のサラダ。

 つまりはクーンが狩りをし始める以前の食生活とまったく同じである。

 戻った、という言い方をするのが適切かもしれない。


「まったく……肉を持ってくる程度、穀潰しのクーンにもできていたというのに」


 嘆息をするラッツ。

 先ほどからしきりに恐縮している様子のロウが、野ねずみを捕ってきた張本人だった。


 クーンのような子供でもできるのだからと、ラッツは残る四兄弟に魔物を狩ってくるよう命じた。


 だがそんなことができるはずもなく、結果としてその食卓が潤沢な肉で彩られることは、あれ以降一度としてなかった。


 この村にも猟師は存在しているが、取れる肉の量はお世辞にも多いとは言えない。

 魔物を狩れるだけの戦闘能力のない猟師は、森の浅いところに稀に出てくる動物を狩るくらいのことしかできない。


 それを見よう見まねで真似ている兄弟達にできるのは、魔物から逃れてきた兎やねずみといった小動物を、罠を使って捕まえるのが関の山だった。


「……」


 クーンが去る前まではあれほど活き活きとしていたはずのサラは、今は死んだような目をしながらポリッジを口に含んでいる。


 栄養状態が再び悪化したことでつやつやとしていた血色の良い肌は過去のものとなり、その頬は青白い。

 その姿は幽鬼のようで、それもまたラッツを苛立たせる原因の一つになっていた。


「はぁ……」


 ラッツは再びため息を吐く。

 彼の脳裏に浮かぶのは、去り際なんらかの魔法を使い自分の手をはね除けたクーンの姿だった。


 クーンは魔法を使うことができたのだ。

 なぜ自分に黙っていたのかと考えると、ふつふつと怒りが湧いてくる。


 ――もしかすると自分は、何かを間違えたのだろうか。


 食事を平らげてもぐぅと情けなく鳴る自分の腹を撫でさすっていると、そんな考えが頭に浮かんだ。


 けれどどれだけ過去を後悔したところで、クーンがいなくなったという結果は変わらない。

 空腹を誤魔化すためにワインを口に含むと、空きっ腹に酒を入れたことですぐに酔いが回っていった。


「ちっ……」


 再び舌打ちを一つ。

 どれだけ機嫌を悪くしても、もう二度とあの時のような食卓に戻ることはない。


 酔って回らなくなった頭でもそれがわかってしまったラッツは、その苛立ちを口に含んだワインと一緒に喉の奥へと流し込むのだった――。

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