第8話
一人旅をするのは大変だというのは良く聞く話だった。
けれどインベントリアが使える俺からすると、旅路はそれほど辛いものではない。
食料を補充する必要もなく火や水は魔法で出せば良い。
森を抜けてからの道中は踏み均された街道を歩いて行くだけだったので、そこまで大変ではなかったのだ。
まず始めにルモイという街に行ったんだが、俺はそこであることを痛感した。
――この世界で生きていくには、自分の身分を示す何かが必要だということだ。
村で宿を取るにしても、根無し草で身分証がないというだけでまったくといっていいほどに歓迎されなかった。
それにルモイに入るに当たっても、かなり厳重なボディチェックと高すぎる通行料を取られることになってしまったのだ。
こんなことを街に行くたびにされていては、たまったもんじゃない。
家のしがらみを受けたくない俺は、当然ながらベルゼアート子爵家の名前を使うつもりはない。
となると俺に残された選択肢は、身分証であるギルドカードを発行してもらえる冒険者一択だった。
この世界の冒険者というのは、平たく言えば荒事含めてどんなことでもやる何でも屋だ。
ただやはりメインの業務は魔物の討伐と、それに伴う素材の回収である。
F~Sランクまであったり同業者同士での争いは死に損だったりといった規則を聞き流し冒険者になった俺は、そのまま東へと進み続けることにした。
本当にただ身分証が欲しかっただけなので、大して依頼も受けるつもりもなかった。
ただ身分証として便利に使おうとしてまったく依頼をこなさないとそれはそれでペナルティがあるらしいので、金稼ぎも兼ねて依頼に出されている素材の中で俺が持っている者があったら適当にインベントリアの中の素材を売ったりしながら旅を続けた。
ほとんど在庫を捌いてただけなのにランクがEに上がったり、道中対人戦の特訓がてら盗賊を討伐したりしながらゆっくりと旅を続けること三ヶ月ほど。
俺はようやく、サザーランド辺境伯領の領都であるベグラティアへとたどり着くことができたのだった――。
「ベグラティア……ずいぶん大きな街だ」
旅にも慣れたもので、今の俺は完全に旅装をしている。
水を弾くために蝋を塗ったローブを羽織り、背中にはもったりとした背嚢を、腰にはいつでも取り出せるように短杖(ワンド)を差している。
ちなみに杖は、完全なポーズだ。
魔法使いが持つ杖は魔力の通りが人体よりもするりと良くなっており、魔法を発動する補助をする効果がある。
ただ毎日大量の魔力が切れるギリギリまで魔法を使い続けていた俺の身体の魔力の通りは、ぶっちゃけそこら中の杖なんかとは比較にならないほど良いため、使う意味がないのだ。
ただ何も持たずに歩いていると舐められることが多いので、魔法使い然とした格好をしているというわけである。
「ここなら……」
最初は行く宛てのなかった俺だが、途中からは明確な目的を持ってこのベグラティアを目指すようになっていた。
目的とはずばり……上級以上の魔法が使える人間から、教えを請うことだ。
冒険者として活動をする中で、俺はどうも自分の魔法が普通ではないということに気付いた。
杖のような発動補助体を必要としないというのがまず変だというのが一つ。
そしてそもそも俺の魔法は独自に改良を加えていった結果、他の魔法使いとは完全に別物に仕上がってしまっているというのが一つ。
だが一番の問題は、やはりこの世界では魔法は詠唱をして発動させるものという認識があることだろうか。
独学でやっていた俺の魔法は基本的には全て無詠唱であり、心の中で魔法名を唱えるだけで発動してしまう。
無詠唱というのは現代では廃れてしまったかなり特殊な技術らしいので、おいそれと他人に魔法を見せるわけにもいかない。
ちなみに言うと、ヤバいのは無詠唱だけじゃない。
例えば俺はファイアボールを一般的な炎・白炎・青炎の三つに打ち分けることができるし、高圧のウォータージェットカッターを知っているおかげで、普通の魔法使いでは使用が不可能である水の刃を使うことができる。
あと、インベントリアもヤバいな。
この世界に時空魔法の素養を持っている人間はほとんどいないし、いたとしても使えるのは、初級時空魔法であるアイテムボックスが精々だからだ。
ただのアイテムボックスでは中に入れられる物は小物が精々で、俺の改良したインベントリアのように自在にものを入れることはできない。
俺が知っている魔法知識は、全て中級魔法相当のものだ。
そこに現代日本のイメージを足してアレンジを加えることで、中級魔法を上級魔法として通用するほどのものに仕上げているのである。
やられないように強くなったら、その工程が特殊すぎてぼっちになるとか、流石に想像していなかった。
家を出る時は、まさかこんなことになるとは思ってなかったよ……。
そんな縛りプレイな状況なので、俺はほとんど誰かと一緒に行動をすることもできていない。
大都市を目指してゆっくり一つの街に滞在したりもしていなかったので、仲の良い人間もほとんどできていない。
家を出た時から感じていた寂しさは、日々増していく一方だった。
人は孤独に慣れるっていうけど、あれは嘘だな。
こんなもの、どれだけ経っても慣れる気がしない。
話を戻そう。
俺はベグラティアの街にしばらくの間滞在し、魔法の師を探すつもりだ。
何せこの街はラーク王国の中で最も先進的な魔法技術が発達しているという噂だからな。
可能であれば上級以上の魔法が使える人物から、魔法の手ほどきを受けておきたい。
俺の魔法アレンジはおよそ一つ級相当の改造が可能だ。
それなら上級魔法を覚えれば帝級に、帝級魔法を覚えれば極級に、そして極級魔法を使うことができるようになれば……って、これ以上はやめとこう。
どれだけ妄想を膨らませたところで、机上の空論では意味がないしな。
俺は鼻の穴を大きく膨らませながらベグラティアに入り……そして一日も経たずに期待をベキベキにへし折られ、挫折するのだった――。
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