第9話
目の前に見えるのは、立派な門だった。
門の周囲を補強してある鉄には薔薇のレリーフが彫り込まれており、その左右から見える芝生は綺麗に刈りそろえられている。
後ろに建っているのは、俺の実家が犬小屋に見えるほどに巨大な屋敷だ。
ここが二つ名持ちの魔法使い、『巌鉄』のサリオンという魔法使いの邸宅である。
「どうか……お願いしますっ! サリオンさんにお目通りを!」
俺はそこで、頭を下げていた。
目の前に居るのはサリオン本人……ではなく、その弟子の一人だ。
基本的に有名な魔法使い達は自分だけの流派を名乗り、師弟制度を敷いている。
サリオンにも数十人の弟子がおり、彼らが師匠の諸々の面倒を見ているらしい。
「ええい、しつこいっ! 無理だと言ってるのがわからんのか!」
眼鏡をかけたインテリ風の男は、とりつく島もない。
どれだけ頭を下げてもイライラするだけで、こちらの話を聞こうという素振りすら見せなかった。
こいつは俺のことを、路傍の石ころか何かとしか思っていない。
なんというか……態度の端々からこちらを見下している感じが伝わってくるのだ。
魔法を教わるためと自分に言い聞かせて耐えてきたが……何事にも限度というものがある。
「これ以上わめくなら――打つぞ!」
男が杖を構えながら、最後通牒を発してきた。
ここでこいつを倒して力を見せるという手もあるが……もしそれで弟子入りできたとしても、俺はこいつを高弟としてあがめなくちゃいけないんだろ?
そんなのはまっぴらごめんだ。
「そうですか、わかりました」
なんだか馬鹿らしくなってきた俺はそのまま振り返り、街の中へと戻っていく。
後ろから男のわめき声が聞こえてきたが、振り返りはしなかった。
なぁに、まだ三人もいる。
誰か一人くらいは、話を聞いてくれる人がいるだろう。
「まさか、他人見下しスタイルが全高弟共通しているとは……」
ため息をこぼしながら、公園にあるベンチに腰掛ける。
真っ白に燃え尽きて、灰になってしまいそうだ。
このベグラティアには複数の高名な魔法使いがいる。
二つ名持ちと呼ばれる、国からその力を認められた者の数は先ほどの『巌鉄』のサリオンを含めて四人。
俺は勢いそのまま他の三人の下にも向かい……見事なまでに、その全てに失敗した。
しかも誰一人として本人に会うことすらできず、高弟達による門前払いである。
「ていうかホントに高弟なのかよ、あれが」
人を通す門番という役割は師から信頼されている証らしく、弟子達の中では位の高い高弟が任されるものらしい……全員が全員、最初に会ったインテリ眼鏡同様こちらをバカにしてくるのだから、たまったものではない。
「身元がたしかではない人間をわざわざ会わせる道理がない、か……」
皆が俺を追い払った理由は、まったく同じだった。
この街では、強力な魔法使いはある種の特権階級のような扱いを受けている。
なんでも二つ名持ちの魔法使いというのは、下手な下級貴族ではおいそれと手出しができないくらいに力を持っているらしい。
それが選民思想的な考え方になり、ナチュラルにこちらを見下してくることにつながっているのかもしれない。
(ただ強力な魔法使いになることさえできれば、この世界で生きていくのは余裕そうだとわかったのは収穫だな)
少し考えてみれば、強力な魔法使いが丁重に扱われるのは当然かもしれない。
実力のある魔法使いというのは、ある種の戦略兵器のようなものだ。
戦線に投入して密集している場所に帝級魔法でもぶち込めば、一発で戦局を変えることもできるだろうし。実際そういう使い方をされたりもしているんだろう。
故にベグラティアに居を構えている一流の魔法使い達は、下にも置かない扱いを受けている。
実際に目通りが叶えば、改良した魔法を見せて弟子にとってもらうことはできるとは思うんだが……なんだかこんなけんもほろろな扱いばかり受けていると、流石にやる気がなくなってくるというものだ。
正直最後の方は、流れ作業的な感じで門を叩いてたところがある。
上級以上の魔法を手に入れるという具体的な目標があるというのに、我慢強く粘ろうとしないのは馬鹿だと言われるかもしれない。
だが俺はどうにも、あの独特の空気感に慣れる気がしなかったのだ。
(あの高弟とか言ってたやつらが俺を見る感じが……ラッツやサラがこちらを見る時に似てた)
俺は強くなりたい。
だがそれは何も、へりくだっておもねってでも成し遂げなければいけない絶対の目的ではないのだ。
(もしかすると、強さは現時点でも十分なのかもしれないな)
魔の森の魔物を相手にすると一対一でギリギリ勝てるくらいの実力しかないが、俺の戦闘能力はこの国の基準で言うとかなり高い。
資料室で確認したところによると、俺が倒した魔の森の魔物の中には、一流でなければ倒せないAランクのものも混じっていた。
これ以上強さを追求するより、もっと他のことに目を向けた方がいいのかもしれない。
安心して暮らすことができる場所、自分が自分でいられる場所、そして大切な人……そんなもの果たして、見つけられるものなんだろうか。
作ろうとしてできるものじゃないんだろうけど……あまりの難易度の高さに思わずため息がこぼれる。
前世の記憶も含め、俺は多くの秘密を抱えている。
権力者にバレたりしたらマズいだろうから、こればっかりはなかなか人に言い出せるものじゃない。
前世で普通の大学生だった俺には大したことはわからないが、吸い出そうと思えばこの世界にない知識は持ってるわけだからな。
その辺りをなんとかするためにも魔法使いの庇護が欲しかったんだけど……。
「まあ、そう上手くはいかないよなぁ」
「何がそう上手くいかないって?」
「――なっ!?」
気がつけば俺の前に影ができていた。
顔を上げればそこには、一人の男の姿がある。
そこにいたのは、燃えるような赤い髪を持った偉丈夫だった。
その意志の強さを示すように赤い瞳がギラギラと輝いていて、こちらをジッと見つめている。
(嘘だろ……まったく気付かなかったぞ……)
若干精神的な疲れがあったとはいえ、それでも近くに誰かが来ればわかるよう、常に微風を吹かせて索敵は行っていた。
けど目の前の人物は、その警戒網をするりとすり抜けてきたのだ。
このおっさん……間違いなくただ者じゃない。
「風の索敵はたしかに便利だが、決して万能じゃない。風の向きと頻度を感じれば、そこを抜けることくらい、ある程度できるやつなら余裕だぜ」
そう言っておっさんが笑う。
筋肉量はさほど多くないが、しっかりと鍛えられているのが一目でわかる。
腰にはロングソードを提げているが、抜く様子はない。
敵意がないことを示すように、こちらを見ると両手をこちらに挙げてきた。
戦う気はない……のかな?
警戒は解かずに、立ち上がってわずかに腰を下げる。
風魔法による加速でこの場を去ることができるよう魔法発動の準備を終えた。
これほどの腕利き相手に逃げられるかわからないが、念のための備えはしておくことにする。
「まあ話してみろよ、したら案外楽になるかもしれねぇぜ」
男はそのまま、さっきまで俺が座っていたベンチにどかりと腰掛ける。
座りながら足を大きく広げて、明らかに隙だらけだ。
けれど……今魔法を使ったとしても、彼を仕留めることはできないだろう。
なぜかそんな確信があった。
(なんでいきなりこの人が現れたのかはわからないし、まったく信用はできないけど……)
少なくとも目の前の人が、今の俺よりも強いのは間違いない。
下手に相手の機嫌を損ねるより、普通に話を聞いてもらった方がいいかもしれない。
なのでベンチの端の方に座って距離は取りつつ、今日のことのあらましを愚痴る。
何度も箸にも棒にもかからないことがこたえていたからか、それともここ最近あまりまともに人とコミュニケーションを取っていなかったからか。
一度話し出すと自分が想像していたよりもはるかにスムーズに、するすると言葉が出てきた。
こうして俺はあのいけ好かない魔法使い達の態度にぶーたれながら、鬱憤を発散させるのだった――。
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