第18話

【side アリサ】


 私には友達がいない。

 まあ、前にはいたこともあったけれど……正直、昔のことは思い出したくない。


 世の中というものは、いつだって不条理だ。

 世界は私のためにできていないと気付いたのは、一体いつの頃だっただろうか。


 この世界で、頼ることができる人は、たった二人だけだ。

 私は不幸だ、なんてことを言うつもりは毛頭ない。

 むしろ二人もいることを、幸運だと思っている。


 私には――父さんと母さんがいればいい。

 友達も、競争相手も……私には、必要ない。





 昔から物覚えは良い方だった。

 お父さんに実技を習い、座学をお母さんに習う。


 一度教わったことは忘れなかったし、基礎を教わればそれを応用させることだってできた。

 火魔法の火球と水魔法のウォータースプラッシュを組み合わせてスプリンクルという霧を放射する魔法を生み出した時は、二人にとっても褒められたっけ。


 友達はいたけれど、どの子とも長くは続かなかった。

 皆、すぐに私の前からいなくなってしまうことがほとんどだった。


 同年代の子供達と仲良くなるのは、私にとってはとても難しいことだった。

 私が早熟な分、周りがどうしても幼稚に見えてしまう。


 口で言い負かされた相手は実力行使に出ようとするけれど、それでも私が完膚なきまで打ち負かしてしまう。

 そんなことを続けるうち、私の周りからは人がいなくなった。

 たった一人、一つ下だったミコちゃんを除いて。

 彼女はどんくさくて、トロくて、それでも私のことを友達と言っていつだって後をついてきた。

 私とたった一人の親友といっていい子だった。


 けれど彼女は、死んでしまった。

 いや、違う――私が殺したのだ。


 だから私はもう二度と、誰かと仲良くなるつもりはない。

 私と深い仲になれば、父さんや母さんくらい強くないと、死んでしまうからだ。

 ……あんな思いは、もうしたくないから。


 いつしか私は他人を拒絶するようになっていた。

 けれどある日、転機が起きた。


 父さんが、どこかから子供を連れてきたのだ。

 なんでもうちで面倒を見るのだという。

 冗談じゃないと思った。

 けれど母さんが賛成したせいで、私の必死の抵抗も虚しく、彼が――クーンが家で暮らすようになった。


 彼は私が知っている同年代の子達とは違った。


 朝から父さんと一緒に森に出向き、日が暮れる前に帰ってくる。

 何をしてきているのか正確なところはわからなかったけれど、恐らく父さんも以前のように稽古をつけているんだろう。


 父さんも毎日飽きずにやっているということは見込みはあるんだろうし、父さんのお眼鏡に適ったということはあいつも毎日ひたすらにキツい思いをしているはずだ。


 教われるものを教わってから、私は定期的に魔法の実践的な訓練としてしか、父さんとは戦ってはいない。

 自分でもかなりやれるようになったことはあるけれど、私は父さんにいつもボコボコにされる。

 だから私は、模擬戦があまり好きではなかった。


 父さんは人に何かを教えるのが致命的に下手だ。

 それでもその実力は本物だ。


 前に酔っ払った時に話した時に、世界一の武闘界で優勝したこともあると言っていた。

 流石にそれは盛り過ぎだと思うけど……。


 そんな父さんに、あいつは鍛えられている。

 最近父さんものすごく機嫌がいい。

 父さんは機嫌が悪くなると酒の量が増えるんだけど、ここ最近はめっきり酒量も減っている。


 あいつにも、父さんを満足させることができるくらいの実力はあるのだろう。

 どれくらい強いのか、気にならないと言えば嘘になった。


 だから戦った。

 そして……負けた。


 慢心していたのかもしれない。 

 まさか同年代との戦いで、私が負けるはずがないと。 

 父さんに鍛えられているんだからと、もっと警戒しても良かったはずなのに。


 卑怯と言うつもりはない。

 けど……悔しかった。

 負けたとわかると頭が真っ白になって……自分でも気付かないうちに、部屋に帰ってきていた。


 膝を抱え込みながら俯いて、考える。

 何がいけなかったのか。

 もっと頑張っていれば勝てたのか。

 同じような考えが、ぐるぐると頭の中を巡っていた。


 気付けばあいつがやってきた。

 無様に負けた私をバカにしに来たのかと思ったが、どうやら違うらしい。


 彼は私のことを心配していた。嘘をついているようには見えない。

 バカにしに来たのかとばかり思っていたので、正直意外だった。


 もしかすると……もしかするとだけど。

 あいつは……クーンは、私が思っているほど嫌なやつではないのかもしれない。


 だが同年代の人間は苦手だ。

 また私のせいで、人が死んでしまうかもしれないと思うと……いや、違うか。


 クーンは私に勝ったのだ。

 それならそうそう死ぬことも……って私の脳内、受け入れる方向で話が進んでない!?


 とりあえずもう少し……いつもよりほんの少しくらいは、クーンに優しくしてみよう。

 真剣にこちらを心配してくれている人に恩を仇で返すようなことは……したくないから。

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