第17話

「うぅ……ううううぅぅぅっっ~~!!」


 睨まれている。

 ものすごい勢いで睨まれている。


 アリサがこちらを、目を潤ませながらじいっと見つめていた。

 たしかに大人げない戦い方をしてしまった自覚はある。

 やはり小手先の技はなしで、真っ向から戦うべきだっただろうか。


 アリサは何か言いたげな様子だったが、何も言わない。

 気付けば横に立ち、メルさんがその肩をポンポンと叩いている。


「戦いには勝つか負けるか、その二つしかない……わかるわね、アリサ」


「ううぅ~~っ!!」


「唸ってないで返事をしなさい」


「う……はい」


「今回はあなたの負けよ、この敗北をしっかりと受け止めなさい」


「……はい」


 不服そうだったが、文句を言うつもりはないようだった。

 彼女はガクッと肩を落として俯いてから、踵を返す。

 去り際の彼女は、もうこちらを睨んではいなかった。

 どこか気落ちした様子で、とぼとぼと部屋へと戻っていく。


「この調子だと授業は無理そうね……ごめんなさいね、クーン。わがままな子で」


「いや、僕もかなり大人げない戦い方をしてしまったので」


 今回の俺の戦い方は、格ゲーで言うならハメ技コンボを使ってHPゲージを削りきったようなものだ。相手は対処法がわからないため、なすすべなくやられるしかなかった。

 他に手段がないとはいえ、された側のアリサが良い気分なわけがない。


「でも……ありがとうね、クーン」


「え?」


 なんでお礼を言われるのか、まったく心当たりがない。

 むしろアリサをセコい手段で負かせたんだから、怒られるとばかり……。


 頬に手を当てながらアリサが去っていった方を見るメルさんは、物憂げな顔をしながら、


「あの子ってほら……気が強いじゃない? ちっちゃい頃からあんな感じだったんだけど、周りに自分と同じレベルで魔法が使える子がいないから、ここ数年は自分より強いライバルもいないから、ちょっと調子に乗ってたからね。そのせいであんまり修行に身も入ってなかったのよ。だから鼻っ柱を折ってくれて、助かっちゃったわ」


 気が強いってレベルじゃないと思うが……なるほど。

 たしかに俺と同じ十二歳で、上級魔法が使えるんだ。

 同年代の中では敵なしだっただろう。


 おまけに俺みたいに前世の記憶があるわけでもないし、調子に乗るのも仕方ないことだろう。


 でも、そっか……ずっとつっけんどんな態度を取られてるせいで意固地になってたけど。

 よくよく考えればアリサってまだ、十二歳の女の子なんだよな。


 何張り合って負かしてイキッてるんだよ。

 良い気になってたのは、むしろ俺の方じゃないか。

 転生して前世知識があるからって、魔法を多少改良した程度で調子に乗って……。


「――俺、ちょっと行ってきます」


「夕飯までには、戻ってくるようにね」


 居ても立ってもいられなくなった俺は、そのままアリサの後を追うことにした。

 メルさんの言葉に軽く頷きながら、屋敷へと戻る。

 アリサに何を言うべきか、頭を悩ませながら。



 灰色の脳細胞を必死にフル回転させてみたが、上手い答えは出てこなかった。

 俺、人付き合いはあまり上手い方じゃないからな……。

 悩んでいるうちに、あっという間にアリサの部屋の前まで来てしまった。


 ノックをするが、応答がない。 

 どうせ許可なんか出るはずもないので、何も言わずに中へと入った。


 初めて見るアリサの部屋は、思っていたよりもずっと女の子らしかった。

 使われているカーテンにはフリルがついていて、ベッドのシーツはピンク色。

 熊のぬいぐるみやハート型のクッションなんかも置かれていて、タンスの上には小さな観葉植物まで配置されている。


 アリサはベッドの隅で、膝を抱えていた。

 パジャマに着替える余裕もなかったらしく、泥だらけの格好のままで。


「……」


 アリサはこちらを見つめる。

 が、その目にいつもみたいな力強さはなかった。

 どこか弱々しい表情をしながら、アリサはそのまま顔を俯かせる。


「……」


 何を話せばいいのだろうか。

 とりあえず無難に、天気の話でもしておくべきだろうか。


「今日は良い天気だね」


「何よ……笑いに来たの? 調子に乗ってた癖に無様に負けた私のことを」


 明らかにいつもの元気がない。

 どうやらネガティブスパイラルに入ってしまっているらしく、何を言っても良くない方にに捉えられてしまいそうだ。


 下手なことは言わない方がいいかと、とりあえず口を噤む。

 外から鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 春先だからか、カワセミのような鳴き声を出す鳥達が大合唱をしていた。


「私……」


「うん」


「父さんと母さん以外に、負けたことなかったのよ」


「そりゃそうだろうね」


 しばらくしてから、アリサがぽつりぽつりと口を開き始めた。

 どこか悄然としている様子で、声に覇気がない。


 周りが暗いと気分まで暗くなってくる気がしたので、光魔法で明かりを作って室内を照らすことにした。


「親子ほど年の離れた人達と戦ったことも何度もあったけど、一度も負けなかったわ」


「そっか」


「そうよ」


 そんな彼女の自信を、俺がへし折ってしまった。

 メルさん的には狙い通りの結果になったかもしれないけれど、アリサからすれば許しがたいことだっただろう。

 それも真っ向から実力でねじ伏せられたわけじゃなく、搦め手でだ。

 納得がいかないのも当然なように思う。


「アリサは……強いよ」


「慰めはいらないわ」


「真っ向からやり合ったら、負けてたのは俺の方だと思う」


「結果が全てよ。私は負けて、あなたが勝った。ママが言ってた通り、勝負の世界では勝つか負けるかしかないの。私は……負けたのよ」


 メルさんの薫陶を受けているアリサからするとそういうことになるらしい。

 膝に顔を埋める彼女の肩は、わずかに震えていた。


 下手な慰めは、逆効果になりそうな気がする。

 きっと今の彼女に必要なのは、自分の中で起きたことを消化する時間なんだろう。


 それなら俺は出て行った方がいいだろうか?

 迷ったが、結局その場に座り続けることにした。

 何も言わずに、ただ絨毯の上に座って、ジッと待つ。

 もし出て行けと言われたら素直に出て行こう。

 そんな風に思いながら。

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