第16話

「それじゃあまず、二人がどれくらいできるのか、確認するところから始めましょうか」


「はい、外で魔法戦でもするんですか?」


「いいわ、ぎったんぎったんにしてあげる」


 魔法戦というのは、魔術師同士がその技術を競い合う時に行われる一種の教義だ。

 的当てや魔法の精密性などを見て、お互いの技術を確認し合うものである。

 だが続くメルさんの言葉に、俺は想像の斜め上を行っていた。


「戦いで使えないお座敷魔法じゃあ意味がないので、二人で模擬戦をしましょう……まずはね」


 意味深な言葉を口にする彼女はそのまま、庭の方へスタスタと歩き出す。

 その後に続こうとするアリサが、ちらっとこちらを向いた。


 にやりといやらしい笑みを浮かべている彼女に驚いた様子はない。

 明らかにこちらを侮っている様子に、思わずむっとしてしまう。


 ……いかんいかん、前世の年齢も足したら自分よりずいぶん年下なんだから、年上の余裕を持たなくては。


「年上としての威厳をみせてやる」


 ただそんな心とは裏腹に、口から出てくるのは強気の言葉だった。 

 転生してからというもの、自分でも幼いなと思う発言が明らかに増えた気がする。

 肉体が精神に引っ張られているのかな。


「……そんなに年変わらないでしょっ!!」


 アリサは顔を真っ赤にしながら、ドスドスと音を立てて先に行ってしまうアリサ。

 今の一言で俺に惚れたなどというはずもないので、よほど怒らせてしまったらしい。


 見た目は子供、精神性も子供、その名はクーン!


 ……馬鹿なこと言ってないで、俺もついていくことにしよう。



 裏庭に出ると、メルさんがパンッと手を叩きながら詠唱を口にする。

 すると庭をぐるりと囲む形でドーム型の透明な何かが現れた。


「聖級魔法の絶対領域よ、ここでどれだけ激しく暴れても外側には漏れ出さないから、二人とも安心して本気を出して大丈夫だからね? 死なない限りは私が治すわ」


 頼りになるのか物騒なのかわからないメルさんの言葉に、二人で頷きを返す。


 俺とアリサは互いに向かい合いながら、地面に敷かれている白い布の上に立った。


 距離はおよそ五メートルほど。

 魔法の打ち合いをするにはやや短い距離は、実戦を想定してのものだろうか。


「……」


「……」


 お互い言葉は発さず、互いに相手を見つめている。

 アリサがどこか呆けているようにも見えるのは、恐らく頭の中で戦いのシミュレーションをしているからに違いない。


 考えてみれば、俺はアリサがどのくらい強いのかをよく知らない。

 ただカムイの話では、彼女の戦う才能は自分以上らしい。

 俺より一つ下のはずなのに、既に身体強化も使うことができるようだ。


 だがアリサの方も、俺がどのくらい戦えるのかは知らないだろう。

 俺が無詠唱魔法を使えるということすら、多分知らないはずだ。


 本当ならもっと平和的な方法でなんとかしたかったんだけど、こうなってしまってはしょうがない。

 実力でわからせて、そのままなし崩しで和解してしまおう。


 最初は強引でも最後に同意が取れてれば和姦、みたいなもんだ。

 違うか。


「剣、魔法、マジックアイテムなんでも使用は可。ただ致命傷を負わせることだけはないように」


 デスマッチもかくやななんでもありなルールだ。

 果たして俺はバーリトゥード状態でアリサに勝てるだろうか。

 とりあえず全力で挑もうと思う。


 アリサは立てかけてある木剣を手に取った。

 彼女も斬神流を使うのかもしれないが、カムイのを見ているから対応はできるはずだ。


「それでは試合――開始ッ!」


「身体強化!」


 試合開始の合図と同時、身体強化を発動させたアリサがこちらにやってくる。

 カムイほどではないが、かなり速い。あれだけの速度が出せるのなら、結界の中で逃げ回っていてもすぐに補足されてしまうだろう。


 ただ相手の土俵に立って接近戦をする必要はない。

 俺は大きく後ろに下がりながら即座に岩石砲を発射した。


「――っ!?」


 まさかいきなり攻撃をされるとは思っていなかったのか、アリサは岩石砲を正面から食らう。

 多少手加減はしたが、それでも中級魔法だ。

 アリサの身体は後方に吹っ飛び、岩石は結界に当たって跳ね返る。

 結果として結界の中に砂煙が舞う。


 もしかして殺してしまったか……と心配しているがメルさんは何も言わない、試合続行だ。 アリサもこの程度ならやられないってことだろう。


「この世の果て、万象の末、一切の時を止める凍てつく息吹――」


 足を止めていると、砂煙の中から詠唱が聞こえてくる。

 俺が知らないということは間違いなく上級魔法だ。


 魔法の打ち合いなら望むところだ。

 俺の中で火力が出せるのは水の高圧刃だ。

 イメージするのはどんなものを裁断してしまう超高圧のウォーターカッター。

 ダイアモンドだろうが分厚い鋼鉄だろうが引き裂く水の刃だ。


 ぐんぐんと魔力を持っていかれるのがわかった。

 大量に魔力を注ぎ込み続け、威力を上げる。


「永久凍土(コナル・モカリス)!」


 アリサの声が聞こえたと同時、溜めていた魔法をいつでも放てる状態にする。


 彼女が魔法を発動させると同時、結界の内側が一気に凍り付いた。

 先ほどまで待っていたはずの土煙も消え、地面には霜が降り、そして俺の足がくるぶしのあたりまで凍ってしまっていた。


 動きを阻害する魔法か……当てが外れたな。

 アリサはジグザグな機動を描きながらこちらに接近してくる。

 水の刃を放つが、アリサには避けられてしまった。

 水の刃の欠点は速度は出るが直線的な動きしかできないところだ。


 アリサは身体強化を使っている。

 接近までに時間はない。

 氷を溶かすか、接近を阻止するか。


 悩んだ末に俺が取ったのは――両取りだった。 

 二重発動の成功率はそこまで高くはないけど、このタイミングでできればかなり優位に立てる。


 結果は……成功。

 俺は土魔法を使い周囲に大量の泥を発生させながら、火魔法を使い足回りの温度を上げることができた。


 火魔法にはヒートメタルという魔法がある。これは相手の金属製の武器を熱して持てなくさせるという対戦士用に開発されたいやらしい魔法だ。

 俺はこいつをアレンジして、金属以外のものも熱することができるようになった。

 名付けてヒートマテリアル。これを使うと、『ネギ○!』が大好きな俺の心が騒ぎ出す。


 足回りの大気の温度を急激に上昇させ、氷を溶かす。

 当然ながら余波で足回りが尋常じゃなく熱い、というか普通に火傷している。


「ふぐうっ……」


 だが動けないほどじゃない。

 涙目になりながらも後退し、同時に光魔法で回復をさせてもらう。

 後ろに用意しておいた退路は泥化させていないので、待避は非常にスムーズだ。


 アリサは泥に足を取られながらも、こちらに接近しようとしている。

 カムイ仕込みの剣技が使える剣士に近付くつもりはない。


 それにさっきのやりとりでわかったが、彼女には俺の知らない手札が大量にある。

 対して現状俺が使える手札は無詠唱だけだ。アレンジ魔法の最大火力は流石に大怪我をさせてしまうかもしれないので使えないからな。


 ただ無詠唱の強みは、どうとでも対応できる応用力の高さと魔法発動までの圧倒的な速度だ。

 これだけでも最悪引き分けには持ち込めるだろう。


 接近しようとするアリサ。

 泥を作り地面を凍結させ、それを止めながら魔法を乱打する俺。

 測定球を壊すほど魔力が大量にある俺は、アリサを寄せ付けることなくチクチクと攻撃をし続けることにした。


「ちょっと……真っ向から戦いなさいよ! こんな戦い方して、恥ずかしくないの!?」


「俺は戦うのが好きなんじゃねぇ! 勝つのが好きなんだよぉ!」


 悪役ムーブをしているようで、なんだか楽しくなってきた。

 攻め手は緩めず、とにかくミスをしないよう気をつけながらもアリサの接近を許さず距離を取り続ける。


 アリサが言う通り、真っ向からぶつかり合ったら、多分俺は彼女に勝つことはできないだろう。

 だがそれは逆を言えば、真っ向から戦わなければ勝ちの目があるということでもある。


 俺はチクチク攻撃を繰り返し、アリサの消耗を狙うことにした。

 アリサはどうやら光魔法があまり得意ではないようで、詠唱をしなければ怪我を治すことができない。

 治そうというムーブをしたら即座に無詠唱で邪魔をしまくる。


 これを繰り返すことでイライラが蓄積し、アリサの動きは更に雑になっていく。

 そうなればいなすことはより簡単になる。

 こうして消耗戦を挑んだ俺は……二十分以上にも渡る激闘の末、無事アリサに勝利することができたのだった――。

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