第15話


 俺がカムイ家にお世話になるようになってから、早いもので一ヶ月が経った。


 俺はメルから魔法を教わることはせずに、カムイと一緒に身体強化を使えるようになる訓練を続けていた。

 自分がシングルタスクなのはよくわかっているからな、下手に色々と手を出せばどれも中途半端になるのは目に見えている。


 そこでわかったのは、どうやら俺には斬神流の才能はないらしいということだった。


「半生を剣に捧げて剣豪になれるかどうかってところだろうな」


 剣士にも魔法と同様で強さにランクがあるらしい。

 これはある程度デカくて世界的に認められた流派であれば、大体どこにでもあるんだと。

 剣士は使える技の難易度ではなく純粋に強さで序列が決まっていて、


剣士→剣豪→剣聖→剣帝→極剣


 の順に強くなっていくということだった。

 ちなみにある程度互換性があって、剣豪と上級魔法使いが大体同じくらいの強さになるらしい。


 つまり俺はどれだけ剣を振っても、剣術だけでは全力で戦う今の俺と同じくらいの強さにしか至れないということだ。


 自分が才気溢れる人間だとは思っていなかったが、こうして才能がないとわかるのはなかなか堪えるものがある。


 ……ま、まあいいもんね。

 なんてったって俺には、魔法があるし?(震え声)


「ただお前は無詠唱を始めとして魔法の威力や速度調節なんかにはかなり才能がある。魔術師としては完成の域にあると言っていいだろう」


 無詠唱で中級魔法が放てるという時点で、俺は上級魔法使いを倒せるくらいには強い……らしい。

 未だにカムイ相手に一本も取れていないので、あんまり実感はないけれど。

 もうちょっと、自信を持ってもいいのかもしれない。


「ちなみにカムイの強さはどのくらい強いの?」


 てっきり俺は常勝無敗の最強の大将軍だ、くらいのことを言われると思っていたが、答えるカムイの表情は真剣だった。


「俺は……剣帝以上極剣未満ってところだな。以前他流派の極剣に軽くあしらわれたことがある」


 カムイはそう言って、自分と極剣の戦いについて詳しく教えてくれた。

 まだ若く彼が剣聖だった頃に極剣の一人に突撃し、返り討ちにあったらしい。

 そのエピソードを聞いて、なんともカムイらしいと思ってしまう俺だった。


「今戦えばやり合えるとは思うが、まあ一対一なら勝てないだろうな」


 カムイは基本的に自信家で直感で生きているが、彼は自分の剣に嘘はつかない。

 よくメルに下手くそな嘘をついては叱られたりもしているけど、カムイは剣に対しては真摯なのだ。


「仲間を集めてやれば殺せるだろう。極剣は化け物みてぇな強さだが、正真正銘の人外じゃねぇ。術理を使う、めちゃくちゃに強い剣士に過ぎねぇ」


 極剣の攻撃はその余波で地割れを引き起こしたり地形を変えたりとか、そういうレベルらしい。正直言って次元が違うというか、ちょっとすごすぎて想像がつかない。

 ていうか、よくそんな相手に挑もうと思いましたね……。


 とまあ、俺はそんな風にカムイから戦いの心得を教わったりしながら身体強化の特訓を続けている。

 だが結果だけ言えば、この一ヶ月ではまったくと言っていいほどに結果は出ていなかった。

 まあ所詮はまだ一ヶ月だ。

 長い目で見ていくしかないだろう。


 戦いの押し引きや機微なんかはわかるようになってきて、成長が実感できるし、まったく苦ではない。

 ……容赦なく切り刻まれるので、めちゃくちゃ痛いのは玉に瑕だけど。




 一ヶ月経って、メルさんとは大分打ち解けることができた。

 身体強化の修行の間に、休憩がてらで魔法の基礎的な技術なんかも教わっている。

 俺が目下使えるように努力をしているのは、魔法の多重発動だ。


 あのサイクロン掃除機もびっくりな瞬間清掃の魔法。

 あれは六つの風魔法を同時に発動させることで埃を巻き上げながら回収する魔法ということだった。


 教本にはなかったが、ある程度器用な魔法使いであれば複数の同時発動はやってくるらしい。


 ちなみに驚くほど繊細な技を使える彼女であっても、無詠唱を使うことはできないのだという。

 彼女が使えるのは詠唱を省略しそのまま魔法名を唱える、いわゆる詠唱破棄までということだった。


 魔法はイメージに左右される。

 この世界には魔法は詠唱をして放つもの、という大前提がある。

 多分だけど、そのせいで無詠唱を習得するのが自然と難しくなってしまうのだろう。


 案外小さな頃から無詠唱を当然のものとして育てていけば、あっさり習得できるかもしれない。

 試しようがないからわからんけどね。


 彼女の教え方はカムイとは違って理論的で、ズバッとかググッとかオノマトペをほとんど使わない。

 おかげでわかりやすいわかりやすい。

 既にコツは掴めているので、二重発動が使えるようになるまでさほど時間はかからなそうだ。


 メルさんとの関係は良好なのだが、もう一人の彼女はというと……。






「……(ぶすっ)」


「ほらアリサ、そんなにふくれっ面しないの。笑顔で食べないと、ご飯も美味しくないわよ」


「……(ぶっす~)」


 アリサの方は相変わらず、まったくといっていいほど俺に心を開いてくれる気配がなかった。

 彼女が俺に対して露骨な態度を取る度にメルがそれをたしなめるんだけど、そのせいでむしろより態度が硬化してしまっているのかもしれない。


 徐々に打ち解けられるだろうとか考えているうちに、あっという間に一ヶ月が経ってしまった。

 俺のせいで、メルさんとアリサの間に妙なわだかまりができてしまっているような気がする。

 これ以上親子仲がこじれてしまっては申し訳ないし、ここは一度腹を割って話をした方が……。


「……何よ?」


 ギロリと、ものすごい目つきで睨まれた。

 毎日ボロ雑巾になるまでボコボコにされているカムイに似た力強い瞳に、喉の奥で言葉が詰まった。

 ……よし、またの機会にしよう。


「ごちそうさま」


 先に食事を済ませたアリサは、そのまま自分の部屋に戻っていってしまった。

 その背中を見るメルが、頬に手を当てながら首をこてんと横にかしげていた。


「ごめんなさいねクーン、あの子もほら、色々と多感な時期だから……」


「わかります」


 実際、彼女の立場に立ってみれば気持ちはわからなくはないのだ。

 ある日突然自分と同じ年頃の男の子がやってきて、いきなりの同居生活。


 しかもそいつが突然弟弟子になり、両親にかわいがられているとなれば、実の娘としては気に入らないのも当然だ。


 思春期の頃の両親に対する微妙な距離感というのは、俺にも覚えがある。

 この場合、当人である俺が話をしても意固地になるだけだろう。

 時間が解決するものなのか微妙なところだ。

 ……何かしらの手を打たないといけないかもしれないな。




 というわけで、俺はメルさんにある頼み事をすることにした。

 それは……


「はーい、それじゃあ始めるわよ」


「なんでこいつと一緒に……」


「まあまあそう言わず、一緒に頑張りましょうよ」


 メルさんとアリサがやっている魔法講義に俺も混ぜてもらうことにしたのだ。

 身体強化の訓練はカムイの都合さえあえばいつでもできるので、午前中にやっているメルさんの授業に俺も参加させてもらう。


 一ヶ月何もしないでダメだったのだから、次は積極的に動いてみることにしたのである。

 もしこれでダメだったら……またその時に考えることにしよう。

 下手の考え休むに似たり。こういう時はとりあえず行動が一番だ。

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