第11話
カムイが暮らしているのは、ベグラティア郊外にある屋敷だった。
あれだけ強そうな人間なんだから豪邸を想像していたが、やってきたのは大きめの庭があることを除けば、至って普通の屋敷だ。
庭の中が樹で見えないようになっているのは、魔法の訓練を人に見られないようにするためなんだろうか。
「おう、帰ったぞー」
「お帰りなさい、あなた」
俺達を出迎えてくれたのは、おっとりとした感じの女性だった。
顔はまるっとしたたぬき顔で、目はくりくりしている。
おっさんの印象は鋭い刃物のようだったが、彼女はどちらかといえばマシュマロをイメージさせる柔らかい印象だ。
「ど、どうも、クーンと申します」
「あら、ご丁寧にどうもぉ。私はメルと申します」
「父さん、誰よこいつ」
二人でぺこぺこと頭を下げ合っていると、横から声がかかった。
たぬき顔の美人の隣には、いかにもキツそうな見た目をした女の子だ。
そういえば家族は二人と言っていたし、恐らく彼女がカムイの娘さんなのだろう。
横にいたカムイの補足によると、女の子の名前はアリサというらしい。
鋭い目つきはカムイに似ていて、顔の輪郭やパーツはメルさんに似ている。
なるほど、二人の遺伝子を受け継いでいると一目でわかる見た目をしていた。
「面白そうなやつがいたから連れて来たんだよ」
「何それ……捨て猫じゃないんだから返してきなさいよ、馬鹿親父」
「こいつ、今日からうちで暮らすから」
「え、そうなの?」
「――はあああああっっ!?」
ここに来る道すがら、何も聞いてないんだけど。
当然ながら事前に話なんかを通しているわけでもなく、女の子が隣近所に聞こえるくらいに大声で叫んでいる。
「あらあら、私、息子も欲しかったのよねぇ」
俺と女の子が驚いていると、ぽやぽやとした女性の方がどうにもピントのずれたことを口にした。
カムイは俺達のことをぐるりと見渡してから、にやりと笑う。
そして俺の頭を、乱暴に撫でた。
「高名な魔法使いの弟子になりたかったんだろ? ならいいじゃねぇか、自慢じゃないけど俺は強いし、メルだってお前が師事しようとしてたやつらよりよっぽど上手く魔法が使えるぞ?」
「……」
突然のことに思わず驚いてしまったが……たしかにこれはまたとないチャンスだ。
恐らくこのタイミングを逃せば、俺が魔法の師匠に師事できることは二度とないだろう。
「よろしくお願いします」
「おう、任せておけ」
それほどたくさん会話をしたわけではないけれど、カムイはあの魔法使い達のようにこちらをバカにしてくる様子はない。
人柄も良さそうだし、なんというか……全身から発されてるオーラが、この人に頼っても大丈夫だと思わせてくれるのだ。
メルは何も言わずにニコニコと微笑んでいる。
どうやらカムイのやることに口を挟むつもりはないようだ。
だがアリサの方はかなりご不満のようで、カムイのことをキッとその父親譲りの鋭い目で睨んでいた。
「父さん……本気なの?」
「ああ、本気と書いてマジと読むくらい本気だぜ」
「何考えてるのよ、お父さん。私は……」
「――お前にだって、同年代の友人は必要だろう? 腕を伸ばすためには、切磋琢磨しあえる仲間が……」
「――要らないわよ、そんなの」
アリサはちらっとこちらを見て、もう一度カムイの方を見た。
「仲間なんて……必要ない」
彼女の瞳は、その達観した口調とは裏腹に、どこか儚げに揺れていた。
アリサは口を引き結んでから、そのまま乱暴に椅子に座る。
俯いた顔を上げれば、その時には既に先ほどの表情はなかった。
「アリサ、うるさいぞ。これは家長命令だ」
「稼いだ金全部使うくせに、こういう時だけ家長感を出すな!」
「家長感……」
しょんぼりと肩を落としたカムイが、すごすごと自室に下がっていく。
頼っても良さそう……だろうか?
なんだか不安に思えてきた。
もしかしたら俺は、頼る相手を間違えたのかもしれない……。
こうして上手くやっていけるかはなはだ不安に思いながらも、カムイ家にお世話になることが決定したのだった――。
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