第12話


 どうやらカムイ達は、既にアリサに魔法を仕込んでいるらしい。

 つまり俺はアリサの後輩として学ぶことになる。

 俺はてっきりカムイが教えているとばかり思っていたのだが、そうではなかった。


 魔法技術に関してはカムイよりメルの方が達者らしく、座学がメインの今は基本的な教育はメルが行っているということだった。

 カムイの方は日々の身体作りや魔法を使っての実戦担当なんだって。


 それなら早速練習風景を見せてもらおうかと思っていたんだが、どうやら今日の分は既に終わってしまったらしい。

 なので俺がアリサと一緒に勉強を始めるのは、明日からという事になった。


「せっかくだから、準備を終えたら歓迎会をしましょうか」


 メルに案内されながら、屋敷の中を歩いていく。

 家が部屋は余っているらしく、部屋をまるまる一つ使わせてもらえるらしい。

 階段を上がってから右に行ったところにある一室が、新しい俺の住処だった。


「すみません、いきなり押しかけるような形になってしまって……」


「良いのよぉ、そもそも気になったからカムイに見てきてもらうよう言ったのは私だものぉ」


「……そうなんですか?」


「ちょっと今まで感じたことない魔力量だったからねぇ」


 一体どうやってか皆目見当がつかないが、メルさんはこちらの魔力量を見抜くことができるらしい。

 ついついカムイの方に目が行きがちだったけれど、どうやらメルさんの方もなかなかに達者な魔法使いのようだ。


「ここがクーンの部屋ね」


 ドアを開けば、そこには骨董品らしきものがずらりと並んでいる部屋があった。

 全体的に埃を被っていることから考えるに、物置として使われていたようだ。


「けほっ、けほっ……まずは片付けからしなくちゃいけないわねぇ」


 気付けばはたきを持ってマスクをして、いかにも準備万端といった様子のメルさんが、ふっと指を振る。


「ミニサイクロン」


 すると部屋の中に、一陣の風が吹いた。

 そして次の瞬間には、舞っていた埃で少し白っぽくなっていた視界が、一瞬でクリアになる。


「……は?」


 空気中の埃だけではなく、物の上に乗っていたはずの埃まで綺麗さっぱり消え失せていた。


 少し視線を落とすと、先ほどまで何もなかったはずの場所に突然、目の前にあった床の上に四角形の灰色の塊が現れていることに気付く。


「今のは……風魔法ですか?」


「そうよ~、この部屋の中に小さな竜巻を起こして、埃を大気から巻き取って一気に圧縮したの」


 原理としては、サイクロン掃除機に近いかもしれない。

 だがこれをするには超高速で風を起こす必要があるはずだし、フィルターのようなものも別途用意しなければならないはずだ。


 更に言えばこちらに埃が舞わないよう、風の防壁も展開していたに違いない。


 風を起こし、フィルターを作り、こちらに埃が舞ってこないように風の防壁を作る。

 一瞬で部屋全体に風を行き渡らせるためには何度かに分けて魔法を使う必要もあるだろうし……一体、いくつの魔法を同時に使ったんだ?


 効果だけを見るとものすごく簡単なように見えるが、下手に現代知識を知っている分、俺はメルさんが行使した魔法の高度さを理解できてしまった。


「見込みがあるわねぇ」


 くるりと振り返るメルさんが、くすりと笑う。

 その笑みは先ほどと変わらない。

 変わったのは、俺が彼女を見る目の方だ。


 ごくりと思わず唾を飲み込んでしまう。

 彼女の実力の高さを理解して……俺は震えた。

 これほど魔法に練達した人間に指示できるという事実に、武者震いを抑えられなかった。


「あらあら……ホントに見込みがあるわねぇ」


 さっきとは少し違う声音でそう繰り返すメルさん。

 その期待を裏切らないようにしようと、内心で思う俺だった。


「今から家具の方も用意してくるわね、とりあえずいくつか見繕ってきて……」


「ああいえ、それは大丈夫です」


 これから師事する二人に、下手に隠し事をするつもりはない。

 なので俺はインベントリアを発動させ、亜空間から自分の普段使いしている家具を出していくことにした。


 組み立て式のベッドにクローゼットなどの各種家具を取り出していくと、後ろにいるメルさんが息を飲むのがわかる。


「時空魔法……」


 俺の使うインベントリアは、今の彼女の気を引くことくらいはできたようだ。

 自尊心を取り戻した俺が彼女の方を向くと、メルさんが興味深そうな顔をしてこちらを除いてくる。


「なるほど、カムイが気に入るわけねぇ」


 歓迎会の準備が終わるまではちょっと待っててねと言われたので、部屋の中に入る。

 時刻はまだ午後四時半なので、夕飯までにはまだ時間があるだろう。


 することもないので、日課となっている魔力消費をある程度行ってから、もう一つの日課である瞑想をすることにした。


 魔法を使うにはイメージが必要だ。

 そして強固なイメージを瞬時に作り上げるためには、想像の瞬発力とでもいうべきものが必要になってくる。

 それを鍛えるのに効果があると個人的に思っているのが瞑想だ。


「……」


 時間を忘れ、没我の境に入って、ただ全身の感覚を研ぎ澄ましていく。

 あぐらを掻いたまま目を瞑り意識を集中させれば、世界から全ての音が消えた。


 まだ子供の身体だからということもあってか、瞑想の集中力はさほど長くは持続しない。

 体感二十分前後ほどの瞑想を終えると、続いて集中を切らさないまま全身の魔力を循環させる練習を行っていく。


 循環させた魔力を途中で止めたり、速度を上げたり……身体の中でお手玉をやっているような不思議な感覚にももう慣れてきた。


 ここ数年は上級魔法を使うための練習ができない以上、少しでも魔法の威力を上げるために基礎スペックを上げることに執心してたからな。


 こういった毎日の基礎トレなら誰にも負けないくらいしっかりやっているという自負がある。


「おいで~」


 遠くから聞こえてくるメルさんの声に、循環を止めて立ち上がる。

 もうそんな時間か……。


 座禅を解き立ち上がる。

 鏡で見た俺の頬は、わずかにピンク色に染まっていた。


 全身の魔力を循環させ続けていると、副次的な効果もある。

 魔力管と呼ばれる魔力の通る血管の通りが良くなることで、血流マッサージの施術後のような感じで全身がぽかぽかとしてくるのだ。


 これを使えば寒さを感じることもないため、実家に居た時はカイロ代わりに魔力循環を使うことも多かった。


 ドアを開けると、すぐ隣の部屋からまったく同じタイミングでガチャリと音が聞こえてくる。


「……げっ」


 隣の部屋から出てきたのは、カムイ達の一人娘であるアリサだった。

 眉をしかめてから、こちらを睨み付けてくる。


「ごめんね、急にこんな形でお邪魔することになって」


「そう思うならさっさと出て行きなさいよ、目障りだわ」


「……そんなひどい言い方しなくてもよくない?」


 たしかにいきなり知らない少年が同居するとなったら心中穏やかではないとは思うけどさ。

 何も当の本人に、そんなに風に直接言わなくてもいいじゃないか。


「あのね、一つ言っておきたいんだけど」


「……何さ?」


「私、あんたのことを認めるつもりなんかこれっぽっちもないから」


 ダンッ!


 勢いよく床を踏みながら腕を組む。

 カムイに似た強気の視線が、俺を射貫く。

 そのあまりの剣幕は、思わずこちらがたじろいでしまうほどだった。


「大っ嫌い。あんたも……あんたを連れて来た父さんも」


 それだけ言うとアリサは、階段を下りていく。

 ドスドスとわざとらしく音を立てながら下っていく彼女の背中を俺はジッと見つめ、


「なんなんだよ……」


 と口にしてから、少し遅れてその後を追ったのだった――。

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