第13話


 昨夜の歓迎会についての空気は、お世辞にもいいとは言えなかった。

 何せ参加メンバーの一人が、そもそも歓迎していないのだ。

 ただそれをたしなめられても態度は硬化するばかりで、美味しいご飯とは裏腹に食卓の空気は非常に重苦しいものになってしまった。


 カムイの娘さんに嫌な気持ちをさせてしまうのは申し訳ないとは思うんだけど、この機会を逃せば身体強化を教えてもらえる機会がいつ来るかはわからない。


 なので石にかじりついてでも、カムイから教えを請うつもりだ。

 アリサからどんな風に思われようと、耐えてみせる。

 ……もちろん、仲良くなれるならそれに越したことはないんだけどさ。


「いよぉし、というわけではまずは今お前がどれくらいやるのかを確認するか」


「場所は裏庭でいいの?」


「それだと本気が出せねぇだろ、街を出て適当に森の中でも入るべ」


 ちなみに話し方は以前のままだ。

 せっかく師事することになったわけだし、丁寧な言葉遣いでいった方がいいかと思ったんだけど、


「気持ち悪いから止めろ」


 とにべもなく断られてしまった。


 領都ベグラティアを東に行ったところにある不惑の森。

 周辺のベテラン冒険者達が稼ぎ場所にしているという森の中へと俺達は入っていくことにした。


「ふんふーん、ふふっふーん……」


「はあっ、はあっ……」


 カムイの方は鼻歌交じりに楽々と走っているが、俺の方はというと既に森の中に入った時点でかなり息も絶え絶えだ。

 まだ完全に身体ができあがっておらず歩幅が小さいというのもあるが、そもそもの基礎体力が違いすぎる。

 それに身体強化の魔法もあるだろうし。

 今までは魔法の練習に重きを置きすぎていたかもしれない。


「ちなみに俺は身体強化使ってねぇからな。これが純粋な地力の差だ」


 カムイの言葉に、ががーんとショックを受ける。

 使ってなかったのか、身体強化……。


 明日からランニング、始めることにしよう。

 二度目の人生では、後悔はしたくないから。


「いよっし、まあこんなところでいいだろう」


 カムイについていくうちにたどり着いたのは、まるで十円ハゲのように森の中にぽつりとできている何もない空間だった。


「多分魔法使いが試し打ちでもしたんだろうな、この辺じゃ良くあることだ。大威力の魔法は街の中だと試しづらいしな」


「森林破壊とか、大丈夫なんですかね?」


 中世ファンタジーじゃそんな概念もないかもしれないけど。


「問題ないぞ、一週間もすれば元に戻るからな」


 どうやら森に棲んでいる魔物の中に植物の成長を促進するやつがいるらしく、樹はすごいスピードで生えてくるらしい。

 そのせいで領都は木材の生産が盛んで、常に木の伐採の依頼が出ているという。


「だから山火事を起こせるクラスの火魔法を使っても問題ないぞ。とりあえず……やるか」


 カムイが腰に提げている剣の柄に手をかけ、スッと目を細める。

 たったそれだけのことで、どこかおちゃらけていた彼の空気が一変した。


 カムイの全身から発されている圧力のような何かが、身体にまとわりついてくる。

 皮膚がチリチリと焼けるように痛み、気付けば全身から汗が噴き出していた。


「――っ!?」


 自分でも気付かぬうちに急ぎ距離を取り、森の中まで下がってしまっていた。

 それを見たカムイがわずかに笑う。


「距離を取る選択は魔術師としては悪くねぇ。だが今からするのは腕試しだぜ? そんなに臆病でどうするよ」


「……」


 俺は何も言わず、再び10円ハゲ空き地へ足を踏み入れる。

 カムイの言う通りだ。


 多分だけど俺は、魔の森で戦ってきたせいで、今の自分では勝てないと思うと即座に逃げようとする癖がついてしまっている。

 これは今すぐにでも直すべき悪癖だ。


 俺は道中で買った直剣を構えながら、ゆっくりと息を吸う。

 今の俺では勝てない相手だ。

 全力で、胸を借りさせてもらおう。


「――行きますッ!」


「来いッ!」


 こうして俺とカムイは、真っ向からぶつかり合った――。

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