第20話
【side カムイ】
実はここ数年、俺はある悩みを抱えていた。
自分の娘であるアリサについてのことだ。
あいつには才能がある。
メルに似た魔法の才能と、俺から受け継いだ剣士としての才能。
たゆまぬ努力を続ければ、一角の人物にはなれるだろうという潜在能力があるのはすぐにわかった。
けれどある程度強くなってくると、あいつは明らかに増長し始めた。
稽古にも身を入れておらず、俺との模擬戦もなんだかんだと理由をつけて避けるようになった。
才能がある人間が、強くなるとは限らない。
いやむしろ俺が知っている奴らの中には、元はそこまで強くなかったやつらが多い。
結局のところ、強くなろうと頑張り続けるやつが一番強くなるものなのだ。
小さい頃から甘やかして育ててきた俺達も悪いんだろうが……同年代で張り合えるようなやつがいないのも良くないんだろう。
ただアリサはある時から、同年代の友達を作ろうとしなくなった。
その原因はわかっている。
なので俺達も、あまり強くは言えなかった。
現状をなんとかしなくちゃいけねぇとわかってはいたんだが、アリサは俺に似て気が強い。 俺が手加減せずに叩きのめしたところで、かえって反発が強くなるだけだろう。
何か手はないか……と考えたが、今の俺達に取れる手は少なかった。
色々とあったせいで、昔の伝手を頼るわけにもいかねぇ。
と、そんな時にメルが見つけたのがクーンだった。
ありえねぇ魔力量を持ってる見知らぬ人間と言われたので警戒しながら向かってみたら……そこにいたのは煤けて見えるガキだったのだ。
年齢が見た目と合わない魔人種かと思ったが、そんな感じでもない。
話を聞いてみると、クーンはラーク王国の魔導師達に師事しようとして、見事に失敗したらしい。
半ば自棄になっているクーンを見て、こいつをこのまま放置はできねぇと思った。
子供の面倒を見てやるのが、大人の仕事だ。
子供が真っ直ぐに生きていけないのなら、それはきっと世界そのものが間違っている。
ラーク王国は魔法後進国のくせに、プライドの高い魔導師が多い。
ヒュドラシアの技術をパクれるだけパクっといて自分の国でふんぞり返ってるんだから、とんだお笑いぐさだ。
そんな奴らに習うより、俺達の方がこいつを強くしてやることができるだろう。
俺はこいつを連れ帰ることにした。
もしかするとアリサのいい発奮材料になるかもしれないと思ったが……結果は想像以上だったぜ。
クーンを見つけることができたのは、間違いなくここ数年で一番の幸運だった。
こいつは真面目で、とにかく弱音を吐かねぇ。
妙なところで達観したところがあるやつで、たまに俺より年上と話してるんじゃねぇかと錯覚するようなことがあるくらいだ。
こいつは強くなる。
大して時間が経たないうちから、俺はそんな確信を持った。
クーンには身体強化の才能はなかった。
おまけにその時点で使えるのは最大で中級魔法までだった。
だがこいつには向上心があって、ガッツがある。
その二つがあって強くなれねぇことはねぇ。
よほど師匠に恵まれなかったりすれば別だけどな。
そして教えるのが俺とメルである以上、そんな心配は無用だ。
「うーん……」
アリサは工夫をして戦うクーンに負けて鼻っ柱を折られてから、いくらかその凶暴性が鳴りを潜めるようになった。
最近では人が変わったように真面目になり、俺に稽古をつけてくれとねだってくるようになった。
おかげで今では、クーンと良い勝負をするようになっているという。
当初の問題は解決した。
俺やメル達から礼を言いたいところだったが、クーンは妙に他人行儀なところがある。
今でもメル相手には敬語だしな。
なんで、誕生日を盛大に祝ってやることにした。
ぺこぺこと頭を下げるあいつは相変わらず丁寧すぎたが、会も終わりの方になるといくらか態度も砕けてきたように思える。
せっかくの機会だし、もうちょっと腹を割って話し合いをしてみるか。
「どうだ、最近何か困ってることとかねぇのか?」
「身体強化以外の方法で、近接職と戦える方法がないものかな……と」
俺は私生活の方の話を聞いたつもりだったんだが、クーンの頭の中は強くなることでいっぱいらしい。
思えばこの一年、ほとんど休ませることなくしごきあげてたか。
少しくらい休みをやった方がいいかもしれない。
しっかし近接職と戦う方法ねぇ。
「北海を隔てた先にあるラカント大陸の方には気力を使って身体強化みたいなことができるやつらがいるって話は聞いたことがあるな」
「気力……ですか?」
「ああ……最も俺自身行ったことがねぇ又聞きの話だけどな」
大陸を隔てる北海は広く、両者の間の行き来はほとんどない。
稀に遭難した船がやってくるらしいが、その頻度もさして高くない。
その遭難したやつと話をしたことがあるんだが、あっちの大陸の人間には生まれつき魔法を使える人間がほとんど生まれないらしい。
ただ回復魔法や火魔法なんかの便利な力がない代わりに、あっちの人間は気力と呼ばれる近接特化の魔力みたいなもんを使うことができる。
純粋な身体強化の度合いだけでいうと、あちらの方が高い。
魔法が使えない分遠距離に弱いらしいがな。
「それなら俺もラカント大陸に……」
「やめといた方がいいと思うぞ。失敗して水難事故で死ぬだろうし」
身体強化が使えず一縷の望みにかけてあっちに渡ったやつを俺は何人も知ってるが、こっちまで帰ってきたやつは一人として見たことはない。
気力使いから話を聞いたことがあるが、魔力と気力を同時に扱うことはできないらしい。
それをやると、身体が内側からはじけ飛ぶんだと。
えーっと、あいつはなんて言ってたっけか。
たしか人間の魂は魔力と気力、どちらか一つを満たすくらいしかデカくない、みたいな話だったはずだ。うろ覚えだけど。
俺の説明を聞いたクーンが、がっくりと肩を落とす。
どうやらこいつにとって、近接戦ができないというのがネックになっているようだ。
「前も行ったが、魔術師としては十分強い。遠距離からバカスカ魔法を打ちまくる固定砲台になれば十分戦争でも活躍できると思うが……」
「いや……やっぱり戦うなら剣士でしょ。俺、カムイみたいな魔法剣士になりたいんだ」
「……ほぅ、そうか」
クーンの目は、キラキラと輝いていた。
憧れを前にして足を止めていることなんてできない少年ハートがむきだしになっている。
俺みたいな魔法剣士、ね……。
言われて、不思議と心が弾んでいる自分がいることに気付く。
『あらあら、私、息子も欲しかったのよねぇ』
以前カムイを拾ってきた時のメルの言葉が脳裏をよぎった。
色々とゴタゴタしていたし、
一年過ごしてみてわかったが、クーンは真面目でいいやつだ。
俺は付き合う相手は有能なやつ、面白いやつ、そしていいやつの三種類だけにすると決めている。
有能で面白いクーンのことは、その……嫌いじゃねぇ。
まあ息子としては、少々出来が良すぎる気がするけどな。
俺がこいつと同い年の頃なんか、年齢を誤魔化して酒場に入り浸り、女のケツばっかり追いかけてたし。
もうしばらくして成人したら、一緒に酒でも酌み交わしたいところだ。
きっとその時には、息子と交わす酒ってのがどんな味なのか、わかってるだろうからな。
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