転生したら没落貴族の五男だったので 温かい家庭を目指します! 〜騎士から始める家族計画〜

しんこせい

第1話


 肉体を冒す熱。

 体の中で生き物が暴れ回っているかのような激痛。


 死、という言葉が脳裏をよぎる。

 今までどこか縁遠く、自分とは関係ないとばかり思っていたその一文字が、今は何よりも身近に感じられた。


 絶え間ない痛みの中で、意識が混濁していく。

 すると俺の思考の中に、明確なノイズが混ざるようになった。


 最初はただの雑音でしかなかったそれが、次第に輪郭を取っていく。

 そして突如として、頭の中に膨大な情報が流れてくる。


 荒れ狂う濁流のような情報は、神宮寺悠斗として生きてきた、俺の前世の記憶だった。

 ラーク王国ではない。いや、それどころかこの世界ですらない異世界――地球の日本で暮らしていた頃の記憶だ。






 前世の俺は、生まれて間もない頃に飛行機事故で両親を亡くしていた。

 だから両親のことは、じいちゃんから聞いている情報でしか知らない。


 投資銀行で優に月100時間を超える残業をして、毎日終電で家に帰ってきていたという父さん。

 育休を六ヶ月で切り上げて、そのまま構造建築士としての仕事を再開したという母さん。


 そんな風にとんでもない社畜体質だった二人は俺に、かなりの遺産を残してくれた。

 投資していた投資信託の株と、入っていた外資系保険会社の掛け捨ての死亡保険のおかげで、俺にはつつましく生活すれば何もしなくても生きていけるくらいの遺産が入ってきた。


 けれど俺は親戚に遺産を食い物にされたりするようなこともなく、しっかりと育ててもらうことができた。


 一体この人からなんで堅物な父さんが生まれたんだろうと思うくらい適当で愛情深いじいちゃんが、俺の面倒を見てくれたから。


『いいかぁ、悠斗』


 ごつごつとした手のひらが、俺の頭をがしがしと撫でる。

 その無骨ながらも優しさを感じさせる手が、俺は大好きだった。


『家族は絶対に守らなくちゃあいかん。大切な人を見つけたら、その人と家族になって、一生をかけて守る。それが男の本懐ってもんだ』


『わかった!』


 熊本生まれ熊本育ちでキツい訛りの残っているじいちゃんは、家族を何より大切にする人だった。


 じいちゃんの考え方は、近頃の価値観からするといささか古くさいものなのかもしれない。 けれどそれは、父さんや母さんからの愛情に飢えていた俺には、何より魅力的なものに思えたのだ。


 前世の俺は、常に満ち足りない気持ちを抱えていた。

 そして何かを成すこともできぬまま、大学生のうちに死んでしまった。

 だから、今度こそは――。





「はあっ、はあっ……今のは……」


 なんとか起き上がる。

 高熱が出続けているからか、上半身を起こすのにも一苦労だ。


 高熱とあまりの情報量に爆発しそうになっている頭を、必死になって動かす。


 俺の名前は……クーン・フォン・ベルゼアート。

 ベルゼアート子爵家の五男。


 ……うん、しっかりと自分が誰なのかもわかるな。


 前世の記憶もあって少々混乱はしているものの、両者の人格は綺麗に一つにまとまっている。

 そして前世の記憶から思い出すと、この現状ってのはつまり……。


「異世界転生、ってやつか」


 前世で良く読んでいた、WEB小説なんかに良くあったやつだ。

 その時は、まさか自分の身に起こるなんて思っていなかったが……こうして二度目の人生を与えられたのなら、今度こそきちんと生をまっとうしたいところだ。


「にしても……俺って、恵まれてたんだなぁ」


 俺の中には、悠斗として生きてきた記憶とクーンとして暮らしてきた記憶の二つがある。

 二つの人生経験のある俺だからこそ、そう自信を持って言うことができる。


 前世の俺は、恵まれていた。

 たしかに両親はいなかったかもしれないけれど、俺にはじいちゃんがいたから。


 遺産を俺の教育資金に回してくれたじいちゃんのおかげで、塾や短期留学の費用なんかも問題なく払うことができたし、大学だって奨学金を借りることなく通うことができていた。


「ごほっ、ごほっ……そして今世は見事に見捨てられてるな。いっそすがすがしいくらいに」


 対して今世の両親はというと……論外だ。完全に親としての役目を放棄しているとしか思えない。

 高熱を出して死にかけているというのに、父さんも母さんも、まともに見舞いにも来やしないんだからな。


 貧乏子爵家の五男坊なんて、成人したら真っ先に家を追い出される穀潰し扱い。

 死んだところでなんとも思われやしないだろう。

 むしろ食い扶持が減ってありがたいとすら思われるかもしれない。


「こんなところで……死んで、たまるかよ」


 今世の俺は、お世辞にも恵まれているとはいえない人生を送っている。

 だがだからこそ、強い渇望があった。


 死にたくない。

 こんなところでは終われない。

 だって俺は……まだ何も成していない。


 ここから、ここから始めるんだ。

 覚醒した今この瞬間から――新たに生まれ変わった、俺の第二の人生を。






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