第8話




「連絡事項はこのぐらいですね〜。それではこれにてホームルームを終わりたいと思います。最近怪人の出現が増えていますのでみなさん気をつけて帰ってくださいね〜」


「起立。礼」


日直の号令によってホームルームが締めくくられた。


おっとりとした担任が教室を出ていき、放課後になった。


「ふぅ…やっとか…」


魔法少女育成学校に転校して初日を何とか乗り切った俺はほっと安堵の息を吐いていた。


とても長い一日だった気がする。


本当にいろんなことがあった。


朝は二人の魔法少女…如月美柑と宇佐美千代を怪人から助け、昼食時には屋上で小鳥遊ユキと出会い、授業では生徒会長である西園寺と戦った。


「西園寺には悪いことをしたな…」


俺は午後一発目の授業で西園寺と模擬戦をしたときのことを思い出す。


あの時は西園寺にあらぬ嫌疑をかけられ腹が立っていたというのもあるが、少しやり過ぎてしまった感がある。


俺に負けた西園寺は相当ショックだったのか、あの後一言も発することなくどこかへ消えてしまった。


最後に治癒の魔法を使ったので怪我はないと思う。


だが俺に負けたのが相当悔しかったのか、その目には涙が溜まっていた。


これでますます彼女の恨みを買ってしまっただろう。


もっと他にやり方があったはずだと思わないこともない。


腹が立っていたからとはいえ、しっかり反省しなくては。


「帰るか…」


色々あったが、今はともかく家に帰って精神と体を休めよう。


俺は早々に帰り支度を済ませ、教室を出ようとする。


「あ、東条くん。待ってください待ってください。あなたにいうのをすっかり忘

れていました!」


「…?」


帰ろうとしたところで教室を出て行ったはずの担任が慌てたように引き返して俺のもとにやってきた。


「何でしょうか?」


「放課後のパトロール、お願いしますね」


「はい…?」


「あ、まだ説明していませんでしたね。この学校に在籍している生徒には街のパトロールの任務があるんですよ。当番制です」


「はぁ」


「東条くんにももちろんやってもらいますよ!というわけで、今日行ってきてください」


「え、いきなりですか!?」


「はい。東条くんの実力は申し分ないと聞いています。こういうのは早めに要領を把握しておいた方がいいと思うのですよ!」


「で、でも…いきなりそんなこと言われても何をしてもいいのか…」


「安心してください。今日はお付きの人を用意してあります。その人にパトロールの担当区画や道順などを教わってください!」


「だ、誰が付いてくれるんですか?」


「生徒会長の西園寺さんですよ!」


「え…」


俺は固まってしまう。


何も知らない担任はニコニコしながら言った。


「西園寺さんは実力があってとてもしっかりした人ですので、大船に乗ったつもりでいていいと思いますよ」








スタスタスタスタ…


「…」


「…っ」


気まずい。


この上なく気まずい。


俺は無言で早歩きをする西園寺の背中を追って夕刻の街を歩いていた。


担任に言われてやっている放課後のパトロール任務。


初めての俺を指導してくれる役に抜擢されたのが、よりにもよって西園寺だった。


模擬戦後の彼女の泣き顔が頭から離れない俺は、西園寺に会うのがものすごく怖かった。


一体どんな罵声を浴びせられるのだろう。


覚悟を決めていざ西園寺と合流してみると、西園寺は俺を一度睨みつけた後に無言でスタスタと歩き始めた。


俺は慌てて彼女の背中を追って学校を出た。


そして今に至る。


西園寺はいまだに一言も発することなく、黙って街を歩いている。


俺はそんな彼女について行くことしかできない。


気まずい沈黙がもう20分近く続いているのに、俺は西園寺に声をかけることができないでいた。


一体彼女に何といえばいいのだろう。


やり過ぎて悪かったな。


君は思ったより強かったよ。


そう落ち込むなって、あんなの大したことじゃないだろ。


「…」


いやだめだ。


全部相手視点に立ってみると煽りにしか聞こえない。


一体何をいうのが正解なのだろうか。


「わあああ!魔法少女のお姉ちゃんだ!!」


俺が西園寺に何と声をかけるべきか頭を悩ませていると、幼い子供の興奮した声が聞こえてきた。


向こうのほうから五歳ぐらいの小さな少女が、表情を輝かせてこちらに近づいてくる。


その後ろには買い物袋を持った母親らしき女性の姿が見えた。


「お姉さん魔法少女だよね!?すごいすごい!かっこいい!!」


幼い少女は、西園寺に駆け寄ると、その足にギュッと抱きついた。


魔法少女、かっこいい、すごいすごいと仕切りに繰り返している。


「今何してるのー?」


「…街をパトロールしている。怪人がいないか、見張っているんだよ」


西園寺が少女の頭に触れながら優しい声で言った。


少女は憧憬を宿したキラキラした目を西園寺に向けていた。


「すごい!お姉さん、本当に魔法少女なんだ!ねぇ、魔法使えるの!?魔法みたい!魔法みたい!」


「そう簡単に街中で魔法は使えないよ。すまない」


「ええええ!みたい!魔法みたい!見たいよぉおおお!!」


駄々を捏ね始める少女。


後ろから買い物袋を持った母親と思しき女性が急いで駆けつけてきた。


「ごめんなさい、うちの子が。ご迷惑をおかけして」


「いえ、大丈夫です」


「いつもパトロールご苦労様です。あなたのおかげで私たちは平和に暮らせています。ありがとうございます」


少女の母親はそう言って丁寧な所作で西園寺に礼をいった。


西園寺の横顔がふっと緩む。


「それが私たち魔法少女の任務ですので」


「頼もしいです。ほら、エリコ。迷惑かけちゃだめでしょう?もういきますよ」


「ええええ!魔法みたい!!みたいのぉおおおお!!」


「こら、わがまま言わないの!」


母親が手を行くがなかなか引き下がらないえりこちゃん。


目に涙を浮かべて泣きそうな勢いだ。


「ごめんなさい、普段はもう少し聞き分けがいい子なんですが、この子魔法少女に憧れているみたいで」


「そうなんですか…」


少しの間逡巡した西園寺は、徐に右腕を挙げた。


「わあ!」


えりこちゃんの体がほんの数センチ、宙に浮き上がる。


「これでいいか?」


「すごい!!えりこ今空飛んでた!すごいすごい!」


西園寺の使ったささやかな魔法に興奮するえりこちゃん。


街ゆく人々が苦笑しながらえりこちゃんを見守っている。


「す、すみません、娘のために。こんなことまでさせてしまって…」


母親がペコペコと謝る。


西園寺はにっこりと笑って言った。


「喜んでもらえて何よりです。ですが、私たちの魔法は怪人との戦い以外で本来は使ってはいけないことになっているのですよ。だからどうかこのことは内密に」


「もちろんです。誰にもいいません」


「よかった。それじゃあ、またね、えりこちゃん」


「うん!バイバイ!魔法少女のお姉ちゃん!」


えりこちゃんが笑顔で手を振る。


西園寺も微笑を浮かべてえりこちゃんに手を振りかえす。


いつの間にか気まずい空気が払拭されて、なんだか温かい空気が流れていた。


俺は少し離れたところから、その微笑ましいやりとりを眺めていた。


ウゥウウウウウウウウウウウウ!!!!


『怪人警報!怪人警報!怪人が出現しました!すぐに避難してください!繰り返します!怪人が出現しました!!お近くにお住まいの方はすぐに避難してください!』



和やかな空気を切り裂いて怪人警報が辺りに鳴り響いた。


微笑みを浮かべていた西園寺が一気に表情を引き締め、えりこちゃんと母親に避難を促す。


「早く避難してください!怪人が出ました!」


「あなたは…?」


「私は怪人と戦いにいきます。それが魔法少女の使命ですから」


「気をつけてください」


「はい、あなたたちも」


「お姉ちゃん頑張って」


「ああ、頑張るよ」


手を振って走っていくえりこちゃんと母親を見送ってから、西園寺は走り出す。


「西園寺!待ってくれ!!」


「…っ」


俺が西園寺の名前を呼ぶが、彼女は振り返らない。


「怪人が出たぞぉおおおお」


「逃げろぉおおおおおおおおお」


悲鳴をあげて逃げ惑う人々と逆走し、さらに走る速度を上げる。


俺はとにかく西園寺の背中をおって、現場まで急行した。


『グハハハハハ!逃げ惑え人間ども!!このゴーティス様に恐れ慄くがいい!グハハハハハ!』


果たして、辿り着いた先ではすでに怪人が顕現しており、街に対して破壊の限り

を尽くしていた。



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