第14話
「それじゃ、また明日な。西園寺」
「あ、ああ…お疲れ様。また明日だな、東条」
東条が生徒会室から姿をけす。
私はしばらく名残惜しさを感じながら東条が出ていった生徒会室のドアを見つめていたが、やがて我に帰って「はぁ」とため息を漏らした。
「どうかしているぞ、私…」
誰もいない生徒会室で一人ごちる。
最近の私はどうかしていると自分でも思う。
同じところを四度も確認して時間に遅れてしまうなど、普段の私からしたらあり得ない行動だ。
でもなぜか東条との二人きりの時間を終わらせたくないとそう思ってしまい、変な口実を作って何度も何度も確認作業を引き延ばしてしまった。
別に何を話すでもなく二人で作業をするだけなのに、それだけの時間がどうしてあんなにも楽しく感じられてしまったのだろう。
「はぁ…如月と宇佐美の二人にも呆れられてしまった…」
如月と宇佐美の二人も私の様子がおかしいことに気がついているようだった。
あの二人にあんな呆れたような目で見られたのは初めてかもしれなかった。
それほどまでに今の私は、普段の行動から逸脱していると言うことなのだろう。
「全てあいつが悪いんだ…東条麗矢。あいつのせいで私は…」
私がこうなってしまったのはどう考えても東条麗矢のおかげだ。
あいつが現れてからの私は、なぜか自分のペースで行動することができなくなってしまった。
今日なんて授業中にも東条の言葉ばかりが頭におもいうかんで集中できなかった。
生徒会長だと言うのに不真面目な授業態度だと自分でも思う。
でも気を抜くとすぐに東条の姿が勝手に頭に描かれる。
怪人を倒し、私を守ってくれた東条。
車を壊されて怒る男から私を庇ってくれた東条。
背中を摩って慰めてくれた東条。
「どうして私は東条のことばかり考えるのだ…」
東条のことを考えると胸が苦しい。
東条が近くにいると顔が赤くなり、目を合わせられなくなってしまう。
それなのに、不思議と東条と過ごす時間が楽しい。
胸が苦しくて、顔も見られないのに、それでも一緒にいて楽しいなんて、矛盾している。
東条に感じている、今まで誰にも抱いたことのない感情に、私は名前をつけることができない。
一体このむず痒い気持ちの正体はなんだと言うのだろうか。
「会長〜。ただいま掃除終わりました〜」
そんなことを考えていると、生徒会室に小鳥遊がやってきた。
時計を見ると、もう掃除を始めてから二時間以上が経過している。
いつものようにその辺で道草を食っていたのだろう。
「あれ?みんなは?」
「もう帰ったぞ、あとはお前と私だけだ」
「あちゃー、そうでしたかー。もしかして待たせちゃいましたか、会長」
「いや、私はただ考え事をしていただけだ。そうじゃなければ、施錠はお前に任せてもう帰っていただろうさ」
「ひど!?」
大袈裟に傷ついたふりをして見せる小鳥遊。
私はふと小鳥遊に、自分の悩みについて相談してみることにした。
なぜか如月や宇佐美ではなく、小鳥遊になら自分の心境を打ち明けることができそうな気がしたのだ。
「小鳥遊…実はちょっと相談があるんだが…」
「え、なになに。なんですか会長。会長が私に相談って珍しいですね!」
「たいしたことではないんだが、最近とある人物について変な態度をとってしまうことがあってな。そいつのことを考えると、顔が熱くなったり、胸が苦しくなったりするんだ」
「ほうほう」
私は小鳥遊に、東条の名前を伏せた状態で相談をした。
私が東条に感じている名前のつけることのできない感情のことや授業中などに東条のことが頭に思い浮かんでしまうことなどを話した。
私の話を興味津々で聞いていた小鳥遊の表情が徐々に輝いていく。
「と、まぁこんな感じだ。私に何が起こっているのか、お前にならわかるか、小鳥遊」
「会長!それってまさか…!」
「なんだ?心当たりでもあるのか?」
小鳥遊の何かしらの確信がありそうな反応に、私は期待してそう尋ねた。
だが小鳥遊はなぜか私に何が起こったのかを素直に教えようとしない。
「きゃああっ、会長!きゃああっ」
「なんだ、なんなのだ小鳥遊。あまり大きな声を出すな。私に何が起こったのか、お前にわかったんだな?だったら教えてくれ、このとうじょ…じゃなくてとある人物に対する気持ちの正体は一体なんなんだ?」
「そ、それはですね…ズバリ……いえ、これは私の口からは言えません」
「な、なぜだ!?わかっているのなら教えてくれ!私はこんなにも悩んでいるんだ!」
「ダメです!漫画で読んだのですが、こう言うのは自分で気づかなければダメなのです!!会長のとうじょ……じゃなくてそのとある人物に対する気持ちの正体には、会長自身が気づかなければ意味がないのですよ!」
「な、なんだそれは…そう言うものなのか?」
「はい、そう言うものです。漫画調べですけど」
「な、なるほど…」
よくわからないが、そう言うものらしい。
答えを得られると思った私は、ひどくがっかりした。
だが確かに小鳥遊のいうように自分の問題には自分で決着をつけなければならないのかもしれない。
人に頼っているようではダメだと小鳥遊は言ってくれているのだろう。
しかし……仮に自分自身でこの悩みを解決するにしても、せめて糸口ぐらいはないと進む方向もわからない。
「わ、わかった…お前を信じて私は基本的に自分自身の力でこの問題に立ち向かいたいと思う。けれど、今私は暗闇の中を光なしで歩いているようなもので、全くどこに進んでいるのかもわからない。だから…何かせめてヒントになるようなものでも教えてもらえないだろうか?」
「ヒント、ですか…うーん、そうですねぇ…」
小鳥遊はしばらく考え込んだあと、名案を思いついたというようにポンと手を打った。
「それならいい考えがあります、会長!とうじょ……じゃなくてそのとある人物とデートしてみればいいんじゃないでしょうか!」
「で、でーと?なんだそれは?」
「男女が二人きりで一緒にお出かけをすることですね」
「なるほど、男女が二人きりで…ん?待てよ。私はその人物が男だなんて言ったか?」
「あ…」
小鳥遊が一瞬しまったというような顔になったあと、慌てたように手をブンブンと振った。
「だ、男女と言ったのは言葉のあやで…別に女性同士であっても構わないんです!ええ、とにかく二人でお出かけすればそれはデートです、デート」
「なるほど。二人きりで出かけることとでーとというのだな?」
「そういうことです」
「そうなのか…」
でーと。
聞いたことない単語だが、しかしそれがヒントになるのか。
二人で出かける…つまり私が東条と二人きりで出かければいいということだな。
と、東条と二人きりでお出かけ…東条と二人きり…二人だけで…でーと…
「〜〜〜っ」
「…?どうかしました、会長」
「なな、なんでもないぞ!?」
東条と二人きりのお出かけを想像してしまい、顔が熱くなる。
私は慌てて首を振って必死に取り繕った。
「と、とにかく…とうじょ…じゃなくてその人物と二人で出かければ、問題は解決するのだな?」
「その可能性が高いです!」
「なるほど…しかし、その…どうすれば二人きりでお出かけできるんだ?」
「月一の外出許可日を利用するんですよ!!私たち魔法少女は月に一度だけ、外出を許可され、自由に街を散策できます!その時にとうじょ…じゃなくて会長の言っていた人と出かけてきたらいいじゃないですか!」
「な、なるほど…その手があったか…しかし、どうやって相手を誘えばいいのだ?」
「誘い方ですか。そうですねぇ…漫画の中では荷物持ちとか、ボディガードとかそんな適当な口実で良かった気がしますねぇ」
「に、荷物持ち…そんな感じでいいのか」
「それで問題ないと思います!」
「わ、わかった…!」
私は決心をする。
次の外出許可日、必ず東条と二人きりで出かける。
そうすれば東条に対する訳のわからない感情の正体がわかるだろう。
「ありがとう、小鳥遊。なんだか目の前の霧が晴れた気がする」
私は相談に乗ってくれた小鳥遊にお礼を言う。
小鳥遊がニヤニヤしながら言ってきた。
「うふふ…私は応援していますからね、会長。ぜひとうじょ…じゃなくてそのとある人物とのデートの後には、経過報告をお願いします」
「わかった。問題が解決した暁にはお前に必ず報告しよう。任せておけ。失望させるような結果にはならないと誓うよ」
「きゃああっ!!会長ってば大胆!!」
「…?私が、大胆…?」
よくわからないがとにかく相談に乗ってくれてアドバイスまでくれた小鳥遊に、私は感謝するのだった。
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