第13話



一日限りの停学を食らった翌日の放課後。


俺は帰り支度を済ませると、寮に戻るのではなく生徒会室へと向かった。


昨日西園寺に勧誘されて、俺は生徒会役員になることを了承した。


学校内で尊敬されている生徒会の一員になれば、俺にあまりいい感情を抱いていない生徒たちとの軋轢を減らせるかもしれないという西園寺の説得に応じた形だった。


生徒会役員になるには、生徒会長の推薦があれば事足りるらしい。


事務的な手続きは西園寺がやってくれると言うことだったので、俺はすでに生徒会役員の一員のつもりで生徒会室を訪れた。


コンコン…


「入れ」


生徒会室のドアをノックすると、中から西園寺の声が聞こえた。


「失礼します」


中へ入ると、すでにそこには生徒会のメンバーが集まっているようだった。


一番奥に西園寺がいて、そのすぐ近くの椅子には如月と宇佐美の姿もあった。


それからもう一人、意外な人物の姿もそこにはあった。


「小鳥遊ユキ?」


「やっほー、東条くん!ようこそ生徒会へ」


「どうしてここに?」


俺に向かって笑顔で手を振っているのは、屋上で出会った少女、小鳥遊ユキだった。


どうして彼女がここにいるのだろうか。


「あれ?会長から聞いてない?私も生徒会役員だよ」


「そうなのか?」


「そうそう。あの時は言いそびれたけどねー。これからよろしく!歓迎しますよ東条くん!」


「よろしく頼む」


にししっと小鳥遊ユキが笑う。


「なんだ、もう小鳥遊とは面識があるのか」


西園寺が意外そうに俺と小鳥遊を交互に見る。


「二人は一体どう言う関係だ?」


「どう言う関係?えー、それは会長にといえど簡単には教えられないですよ〜」


「な、なんだと…?」


なぜか勿体ぶって意味深なことを言う小鳥遊。


西園寺が衝撃を受けたように俺と小鳥遊を見る。


「ふ、二人は口にもできないほど深い関係だと言うのか…」


「いや、違う。おい小鳥遊。変なことを言うな。俺たちはただ屋上でちょっと話しただけの関係だろ」


「あれ?そうだったっけ?あんまり覚えてないや」


小鳥遊がすっとぼけたようにそんなことを言う。


「な、なんだ…そうなのか…」


なぜか安堵したように胸を撫で下ろす西園寺。


「あの、俺は今日から生徒会の一員ってことでいいんだよな?」


「も、もちろんだ。これからよろしく頼むぞ、東条。如月と宇佐美はもう知ってるな?」


「はい」


俺が頷いて如月と宇佐美を見る。


二人は俺と目が合うと、ふいっと視線を逸らしてしまった。


俯いてこちらを見ようともしない。


「え…」


この二人とはてっきり仲良くなったつもりだった俺は、その反応に若干のショックを受けてしまう。


「よ、よろしく東条くん」


「こ、これからよろしくお願いします、東条くん」


俯いた状態のまま二人がそういった。


「よ、よろしく…」


俺は未だショックから立ち直れないままに、二人に挨拶を返した。


「ううん、ごほんごほん」


西園寺がわざとらしい咳払いをした。


「東条よ。お前が役員になるための手続きはすでに済ませてある。それでは今から早速お前にも生徒会の仕事に従事してもらう。いいな?」


「わかったよ。俺は何をすればいい?」


「そ、そうだな…今日の生徒会の業務は…構内を見回り、備品の整理や掃除をすることだな」


「わかった」


それぐらいなら俺もできそうだ。


一体どんなことをやらされるのかと少し心配していた俺は、簡単そうな仕事に安堵する。


西園寺が一度、生徒会一同に視線を巡らせてから言った。


「全員で校内を回っても不効率だから、グループに分かれることにしよう。そ、そうだな…私と東条で校舎の一階を、如月と宇佐美で校舎の2階を、小鳥遊は屋上を頼む。やってくれるか?」


「ラジャー!」


小鳥遊ユキが真っ先に了解の意思を示した。


「わかった」


俺も頷いた。


「「…」」


だが如月と宇佐美の二人は、返事をしない。


なぜかとても恨みがましいような視線を西園寺に向けている。


「な、なんだ…二人とも。私の決定に何か文句でもあるのか…」


「いえ、別に…何もありませんけど」


「逆に会長は、何かやましいことでもあるのですか」


「や、やましいことなどあるはずがないだろうが!適材適所に人員を配置しただけだ!さ、さあ、急いで掃除に取り掛かるぞ!一時間後にここに集合だ!」


「…はい」


「…わかりました」


如月と宇佐美はなんだか含みのある視線を俺と西園寺に向けてから、生徒会室を出て行った。


「行ってきまーす」


小鳥遊ユキがそれに続く。


残された俺は西園寺を見る。


「い、行こうか、東条」


「了解」


なぜか顔を背けながら西園寺がそういった。






西園寺とともに俺は一階の校舎を回る。


「西園寺様!お疲れ様です!」


「生徒会長!お疲れ様です」


「おう。気をつけて帰れよ」


「「はぁーい」」


西園寺と歩いていると、道ゆく魔法少女たちが西園寺に目を輝かせながら挨拶をする。


西園寺はそれに手を挙げて笑顔で答えている。


どうやら西園寺はこの学校でかなりの人気者のようだ。


俺は西園寺についていき、ゴミを拾ったり、壊れた道具を回収したり、足りない備品を補ったりして歩いた。


30分もしないうちに一階の見回りを終えてしまった。


「これで終わりか?」


ずいぶん簡単な仕事だなと思いながら俺は西園寺に尋ねた。


西園寺が妙に歯切れの悪い口調でいった。


「ま、まだ一巡しただけだ…!見落としたところがあるかもしれない!もう一度回るぞ!」


「了解」


どうやら西園寺はかなり豆な性格らしい。


俺はそのまま西園寺と同じルートをもう一度回って確認作業を行なった。


特に見落としていた点などは見当たらなかった。


「これで終わりだな」


「い、いや、まだだ!2回程度の確認作業では到底足りない!もう一周だ!」


「え、まじでか?」


「な、なんだ?不満でもあるのか?」


「いや、二周もすれば十分なんじゃ…」


「そ、そう言う意識のたるみが、学校の風紀を乱すのだ!埃一つ見逃さないという意識が大切なのだ!!もう一周いくぞ!」


「わ、わかった」


そう言うものなのだろうか。


俺は果たしてこれは本当に必要なことなのだろうかと首を傾げながらも、西園寺についていき、三周目の確認作業を終えた。




「もう終わってしまった…」


「え…?」


三周目が終わった後、西園寺が残念そうにポツリと漏らした。


そんなに悲しそうにするほど掃除が好きなのか。


「西園寺…もしもう一周行きたいんだったら俺は付き合うが、どうする?」


「…!?」


俺は西園寺が喜ぶならと思ってそう提案した。


すると西園寺の顔が目に見えて明るくなった。


「行きたいのか!?お前はもう一度確認作業を行いたいんだな!?そうなんだな!?」


「いや、俺はもう十分だと思うんだが、西園寺がそうしたいなら…」


「行こう!もう一周しよう!確認作業は何回までという決まりがあるわけでもないしな」


「お、おう」


確信した。


どうやら西園寺は掃除が好きらしい。


俺がもう一周しようと提案してこれだけ喜んでいるのだから、間違い無いだろう。


俺たちは本日四周目の見回りをおこなう。


「西園寺?どうかしたか?」


「…っ!?」


確認作業を行なっている最中、西園寺がチラチラと俺の方を見ていることに気がついた。


一周目の時からずっと視線を感じて西園寺の方を見るのだが、その度に西園寺はなぜかふいっと顔を背けてしまう。


「何か言いたいことがあるのか?」


「ひゃ、ひゃにがだ!?」


西園寺が妙な声を出す。


「いや、なんか俺の方を見ているようだったから、言いたいことがあるんじゃ無いかって」


「お、お前のことなど見ていない!自意識過剰だ!!言いがかりだ!」


「そうか…?」


確かに俺のことを見えていると思ったのだが。


俺は首を傾げながらも確認作業を進めていく。


結局俺たちが4回目の確認作業を終えたのは、生徒会室を出てから90分以上が経った後だった。


「西園寺。そろそろ90分が経つが、集合は一時間後だったよな?まずいんじゃないか?」


「え、もうそんなに!?」


西園寺が時計を見て驚きの声をあげる。


「は、早すぎて気が付かなかった…」


「他の奴らを待たせるとまずいんじゃないか?」


「そ、そうだな!すぐに生徒会室へ戻ろう」


慌てたように早足で歩き始める西園寺。


俺はその後ろ姿を見つめながら思った。


どうやら西園寺は時間も忘れて没頭してしまうほどに掃除が好きらしい、と。






「会長。遅いです。どこで何をしていたんですか」


「私たち、もう30分以上も待っているんですけど」


「す、済まない…」


生徒会室に戻ってみると、そこにはすでに如月と宇佐美がいて、俺と西園寺に不満気な表情を向けてくる。


西園寺は何か後ろめたいことでもあるように目を逸らしながら二人に謝った。


「こんな時間まで二人きりで一体何をしていたんですか?」


「会長が時間に遅れることなんて、滅多にありませにょね?」


「な、何をしていたって、掃除に決まっているじゃないか!それに、わ、私だってたまには時計を見るのを忘れることもある…」


「ふぅん?」


「珍しいこともあるんですねぇ」


「…っ」


冷めた目で西園寺を見ている二人。


俺は一方的に西園寺がやられているのを見てつい口を挟んでしまう。


「西園寺は真面目に掃除をしていたぞ。同じところを4回も点検するほどにな」


「なっ、と、東条、それは…!?」


俺は西園寺の真面目さを二人に訴えかけるつもりでそういった。


だがなぜか西園寺が「まずい」と言う表情になり、如月と宇佐美の二人がますます西園寺への視線を厳しくする。


「同じところを四回も点検するって…そんな必要があるんですか?」


「どうしてそんなことをしたんですか、生徒会長」


「み、見落としているところがないか、入念にチェックしただけだ…!」


「本当にそんな理由で4回も?」


「他に理由があるんじゃないですか?」


「あ、あるわけがないだろう!」


よくわからないが追い詰められているっぽい西園寺。


助け舟を出したつもりだったのに、なぜか逆効果になってしまっている気がした。


「と、とにかく…今日の生徒会の任務はこれにて終了だ!か、解散!」


西園寺が無理やり会話を打ち切って、そういった。


「はい、わかりました」


「さようなら、会長。また明日」


如月と宇佐美の二人は最後までジトッとした目で西園寺を見ながら生徒会室を出て行った。


「ふぅ…」


西園寺がほっと息を漏らす。


「あの…」


俺はずっと気になっていることを聞いた。


「小鳥遊がまだ帰ってきていないみたいなんだが…」


「あいつなら放っておけ。いつもだいたいこんな感じだ」


「…そうなのか」


いやそれでいいのかと、俺は思わず心の中で突っ込んでいた。



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