第18話



「きゃああああああ」


「逃げろぉおおおおおおお」


「お、押すな!お前ら押さないでくれええええ」


「落ち着いてください、お客様!冷静に!冷静な避難をお願いします!」


休日のショッピングモールは混沌の渦に巻き込まれていた。


建物内部では怪人警報が鳴り響き、外からはサイレンが聞こえてくる。


時折爆発音と共に大きな衝撃と振動が建物全体を襲い、その度に照明が一瞬落ちて、辺りは暗闇に包まれる。


ショッピングモールの客たちは、悲鳴や怒号をあげながら、我先にと階段やエレベーターに詰めかけ、身動きが取れなくなっている。


店員たちが冷静な行動を促しているが、皆恐怖に駆られてパニック状態になっているため、出口が人詰まりを起こし、避難が遅延していた。


小鳥遊に上の階の怪人を任された俺たちは、階段で上階を目指そうとしたが、人がごった返していて先に進めそうにない。


「こっちだ、東条。こうなれば手段に構っていられない!」


「了解だ」


俺たちは魔法で建物のガラスを割って外に出て、空を飛び、上階への侵入を試みる。


「見つけたぞ、東条!あそこだ!」


俺たちがいた階のすぐ上の階で、怪人が暴れていた。


人々が悲鳴をあげて逃げ惑い、下に降りる階段に殺到している。


「この階は私が担当する!東条はもう一体の怪人を探してくれ」


「わかった。気をつけろよ、西園寺」


「ああ、お前もな!」


西園寺がガラスを割って上階へ侵入する。


「魔法少女だ!!」


「あれを見て!魔法少女がいるわ!


「魔法少女が助けに来てくれたぞ!!」


人々がガラスを割って現れた西園寺に歓声を上げるのを尻目に、俺はもう一体の怪人を探す。


空を飛んで外から怪人の姿を探すが、なかなか見つからない。


小鳥遊の話では、俺たちが元いた階よりも上に2体の怪人の気配があるということだった。


1体はもう西園寺が倒しに向かった。


もう一体はどこにいるというのだろうか。


「きゃあああああ誰か助けてえええええ」


「うわぁああああああああ!!」


その時、空を飛んでいる俺の元に悲鳴が聞こえてきた。


「屋上か!!」


俺はすぐさま空を飛んで悲鳴が聞こえた場所へと向かう。


『ゲヘヘヘヘへ。そこまでだ人間ども!もう逃げ場はないぞ!!!』


「いやああああ」


「こっちに来ないでぇええええ」


屋上にたどり着いてみると、大勢の人々が、一体の怪人によって追い詰められていた。


逃げ場をなくし、絶望する人々を、怪人は下衆な笑みを浮かべながらじわじわと追い詰めている。


『ゲヘヘヘヘへ。追い詰められた人間の悲鳴はたまらないねぇ。これを聞くためにお前たちをわざと泳がせたのだ。だが、もう逃げ場はないぞぉ?一人一人痛ぶりながら殺してやゲバァアッ!?』


恐怖する人々を追い詰めることに夢中になって完全に油断し切っている怪人に俺は横から魔法を打ち込んだ。


魔法が着弾し怪人は吹っ飛んだ。


怪人の上半身と下半身が分かれ、それぞれ地面に転がる。


『な、何が起こったぁあ!?』


上半身だけになってまだ生きている怪人が辺りを見渡した。


そして宙に浮いている俺の姿を認める。


『ヒィ!?魔法少女!?』


「あいにくとそうじゃないんだ。でもそんなこと死にゆくお前には関係ないよな」


『待て、待つの』


怪人の言葉は魔法の着弾音によってかき消された。


頭部を撃ち抜かれた怪人は、今度こそ絶命し、地面に倒れた。


俺は怪人が完全に死んだのを見届けてから、飛んで屋上を離れる。


「い、今のは!?」


「怪人が死んでるぞ!!」


「魔法少女が助けに来てくれたんだ!」


「で、でも今の…ちらっとしか見えなかったが男じゃなかったか!?」


「ありえない。魔法を使えるのは魔法少女だけだ。見間違いだろ」


「なんにせよ助かった!魔法少女万歳!!」


歓声の上がる屋上を背中にして、俺は急いで空を飛んで下を目指した。


「早く助けないと…あいつを…」


西園寺でも、如月でも宇佐美でもなく…


「小鳥遊を助けないと!」


小鳥遊ユキを助けるために。






「これで、良かったんだよね…」


小鳥遊は自分の判断は間違っていなかったと自分自身に言い聞かせるかのようにそう呟いた。


小鳥遊は嘘をついた。


強い怪人がいるのは、上の階でも下の階でもない。


索敵魔法によって感知した五体の怪人の中で最も強い存在感を放っていたのは、あの時小鳥遊たちがいた階の怪人だった。


小鳥遊はそのことを隠し、嘘をついて他の四人を別の階へと向かわせたのだ。


今までで最も強力な存在感を放つ怪人の犠牲に自らがなるために。


ズン…ズン…


重々しい足音と共に少しずつ怪人がこちらへ近づいてくる。


その怪人の放つ存在感は、今まで小鳥遊が感知してきた中で最も強力で暴力的だった。


合理的に考えるなら、一番強い怪人には東条かあるいは西園寺が対応するべきだろう。


だが小鳥遊は感知した怪人の存在感のあまりの強さから、もしかしたら東条や西園寺でもこの怪人に勝てないかもしれないと考えた。


誰かが犠牲にならなければならない。


その場合、小鳥遊は自分以外の人間、特に東条や西園寺を犠牲にすることだけは絶対に避けたかった。


西園寺の東条といるときの幸せそうな顔が脳裏をよぎる。


あの時西園寺の指示に何も口出しをしなければ、この階の怪人と戦うのは西園寺だった。


でもそれだと西園寺が死んでしまうかもしれない。


まだ東条に抱いている自らの気持ちに気がつくこともなく…


「女の子が初恋に気づかないまま死ぬなんて、そんなのあっていいはずない。会長が死ぬぐらいだったら私が死んだ方がいい。そうに決まってるよね」


勇気を奮い立たせるように自分の選択を肯定する言葉を吐くが、声はどうしようもなく震えていた。


死の恐怖が小鳥遊を支配していた。


怪人の気配がどんどん強くなり、近づいてくる。


「来るなら来なさい!わ、私は簡単には死んでやらないんだからね!」


怪人の近づいてくる方へ向けて魔法発動の準備を整える。


『どこを向いている?俺はこっちだぞ』


「え」


背後から声が聞こえた。


『遅いな。俺の動きが見えなかったのか?』


「なっ!?」


音もなく、いつの間にか小鳥遊の背後をとっていた怪人に、小鳥遊は驚く。


慌てて魔法を発動しようとするが、次の瞬間、強い衝撃が小鳥遊を襲った。


「ぁっ!?」


小鳥遊の体は吹き飛び、壁に叩きつけられる。


遅れて、怪人に蹴り飛ばされたのだと気がついた。


怪人の動きは早すぎて目視することすらできなかった。


壁に打ち付けられた小鳥遊は、口から血を吐き、地面に倒れる。


立ちあがろうとするが、体が言うことを聞かない。


『弱いな…魔法少女はお前一人だけか…』


「ぐ…」


怪人が小鳥遊の首を掴んで持ち上げる。


小鳥遊は、意識を失いそうになりながら必死にもがく。


怪人はあまりにも強かった。


ここまで底知れない強さを感じさせる怪人に出会ったのは初めてだった。


魔法少女が百人がかりで束になったとしても敵わないのではないのかと思わせるほどの存在感がその怪人にはあった。


『答えろ…他の魔法少女はどこにいる?』


「い、わない、絶対に…」


『吐けばお前を殺すのは最後にしてやる。他の魔法少女たちはどこにいる』


「いや、だ…言わない…いう、もの、か…」


『そうか。なら死ね』


「ぐっ…」


首が一気に閉まる。


意識が遠くなっていく。


自分はこれから死ぬのだと悟り、小鳥遊はひどく寂しく、悲しくなった。


(せめて一度でいいから会長みたいに誰かに恋してみたかったな…)


最後にそんなことを思った小鳥遊は、目を閉じて死を待った。


ドガァアアアアアアアン!!


次の瞬間、近くで爆発があった。


『グォオオオオオオオオオオオ!?』


怪人の悲鳴が聞こえ、体が宙に投げ出される。


「げほっ…げほげほっ…うぅ…」


空気を求めて喘ぎながら、小鳥遊は顔を上げた。


煙の向こうから、人影がこちらに近づいてくる。


その人物の顔を目にした小鳥遊は、大きく目を見開いた。


「大丈夫か、小鳥遊」


「東条、くん…?どうしてここに…?」


「お前を助けにきた」


他の階の怪人を倒しに行ったはずの東条麗矢が、こちらに向かって手を差し伸べていた。



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