第9話



「くそ…あいつ、街をめちゃくちゃにして…」


頭上に浮いている怪人に対して、西園寺が怒りの表情を向ける。


怪人が出現した現場は、すでに酷い惨状に見舞われていた。


あちこちで建物や車が炎上している。


焦げ臭い匂いが周囲に立ち込め、倒れている人の姿も見受けられる。


「逃げろぉおおおお怪人だぁああああ」


「殺されるぞぉおおおお」


「いやあああああああああああ」


人々は悲鳴をあげ、逃げ惑っていた。


それを見下ろしながら、怪人は愉快そうに笑っている。


『人間どもが滑稽に逃げ惑う姿は実に愉快だ!グハハハハハ!!もっと叫べ!もっと嘆け!もっと悲鳴をあげろ!!お前たちの恐怖する声が聞きたくて我々怪人は生きているのだから!グハハハハハ!』


怪人が笑いながら、腕を上げた。


そして逃げ惑う街の住人たちに向かって狙いを定める。


「あいつ…街の人たちを狙って…!」


それを見た西園寺がすぐさま制服を脱ぎ捨てて魔法少女の力を解放しようとする。


だがそんな西園寺を俺は呼び止めた。


「待て西園寺!早まるな!」


「何をする!離せ!街の人たちが危険なのだ!」


「わかっている、だがあいつは強いぞ!」


俺は西園寺のことを心配してそう警告した。


あのゴーティスと名乗った怪人から感じる存在感が、桁外れに大きかったからだ。


今朝、如月と宇佐美を追い詰めた怪人ベノムよりも遥かに強者のオーラを醸し出している。


いくら西園寺が強いとはいえ、何の策もなしに戦っては危険だと思った。


「知ったことか!私を誰だと思っている!怪人一匹すぐに退治してやる!お前は手を出すんじゃないぞ!あいつは私が倒すんだからな!」


だが西園寺は俺の警告を振り切り、怪人にむかって一人で走っていく。


制服を脱ぎ捨て、その下に来ている衣装を露わにする。


「変身!魔法少女、西園寺小春!」


眩い光が西園寺を包み込む。


魔法少女は、専用の衣装に着替え、完全体となることで力を飛躍的に向上させることができるのだ。


「あれを見て…!魔法少女よ!」


「魔法少女が助けに来てくれたわ!」


「よかった!魔法少女だ!!」


「魔法少女万歳!」


「魔法少女!怪人をやっつけてくれ!」


魔法少女の到来に人々が歓喜する。


変身を果たした西園寺は、宙を飛んで浮かんでいる怪人と対する。


「待て怪人!お前の相手はこの私だ!!」


『ほう!やはり現れたか魔法少女!!!来るのを待っていたぞ!』


怪人ゴーティスが不敵に笑った。


俺は嫌な予感がした。


普通怪人は天敵である魔法少女を見ると、激昂したり、恐怖したりするものだ。


だが怪人ゴーティスには余裕があった。


まるで魔法少女など脅威と考えていないかのように。


「街を破壊し人々を脅かす外道怪人が!この私が成敗してくれる!」


『グハハハハハ!お前が誰だかは知らないが一人でいいのか!?ゴーティス様は対魔法少女用に作られた最強の怪人だ!魔法少女一人など相手になるか!ではすぐに終わってしまうぞ!!』


「作られただと?どういうことだ!お前は誰かに作られた存在なんのか!?」


『いかにも!このゴーティス様は名前を言ってはいけないあの人の手によって魔法少女と戦うために作られたのだ!今までの雑魚怪人とこのゴーティス様を一緒にしてくれるな!お前など私の相手ではないのだ!!』


「そのお前を作った人物については後々時間をかけてゆっくりと聞き出すとしよう。捉えたお前からな!」


『グハハハハハ!威勢がいいな!だがそれは不可能だ!なぜならお前はここで死ぬからだ!』


怪人ゴーティスと西園寺の戦いが始まった。


爆発、轟音、爆風が周囲を蹂躙する。


西園寺とゴーティスの戦いは派手で凄まじかった。


西園寺の実力は、今朝目にした如月美柑と宇佐美千代を足して合わせたよりも上だった。


だがゴーティスはさらにその上を言っていた。


ゴーティスは、防御、攻撃、速さ、あらゆる面で西園寺を上回っていた。


「ぐあああ!?」


『グハハハハハ!口ほどにもないな!魔法少女よ!!』
西園寺は強力なゴーティスの攻撃にしばらく耐えていたが、ついに均衡が崩れ、ゴーティスの攻撃が西園寺の防御を貫通した。


西園寺の体が吹っ飛んでビルの壁に激突した。


「ぐ…うぅ…」


西園寺が苦悶の表情を浮かべる。


「西園寺!!」


俺は西園寺の名前を呼んだ。


西園寺は全身血だらけになりながも何とか体制を立て直そうとするが、それよりも早くゴーティスが次の攻撃を繰り出そうとしていた。


『終わりだ!死ぬがいい、魔法少女!』


ゴーティスの放った禍々しい光線が西園寺を襲う。


俺は咄嗟に魔法を使って西園寺を守った。


バァアアアアアアアアアアン!


凄まじい衝突音が鳴り響き、ゴーティスの闇の光線が弾き返される。


『なんだと!?誰だ…!?』
ゴーティスが驚き、周囲を見渡す。


俺は魔法を使い、宙に体を浮かせて西園寺を守るようにゴーティスとの間に入った。


ゴーティスが驚きの目を持って俺を見る。


『何者だお前は!』



「俺が誰かなんてどうでもいい。西園寺をお前に殺させるわけにはいかないんだ」


『お前が私の攻撃を防いだのか!』



「そうだ」


『グハハハハハハ!なかなかやるではないか!!』


ゴーティスは豪快に笑った。


『お前は先ほどのやつとは違い、なかなか骨がありそうだ!しかしお前のような魔法少女もいるのだな!男装をした魔法少女には初めて出会ったぞ!』
 


「…!?違うからな!?これは男装じゃなくて俺は男だ!勘違いするな!」


『グハハハ!そんなわけないだろうが!魔法は魔法少女のものと決まっている!!お前は男装をした魔法少女なのだろう!私の目は誤魔化せないぞ!!』




「ふざけるな!俺は男だって言っているだろうが!」



『グハハハハハハ!頑固な魔法少女だ!なぜそのような嘘をつくのかは知らないが、ともかくお前のような強い魔法使いに会えたのは僥倖だ!さあ、戦いを存分に楽しもうぞ!』


「この野郎!俺は男だって言っているだろうが!」


戦いが始まった。


ゴーティスは強かった。


今朝に戦った怪人ベノムよりも遥かに上だ。



しかしそれでも俺の魔法がゴーティスの力を上回った。


『なんだと!?ありえない!!このゴーティス様が魔法少女如きにぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!?』



ゴーティスは最後まで俺のことを魔法少女だと勘違いしながら、自分が負けたのを信じられないと言ったように死んでいった。


「俺は男だって言ってんだろうが」


俺は魔法に焼かれてチリになって消えていくゴーティスを見守った。


「うぅ…」


背後で呻き声がした。


「西園寺、大丈夫か?」


俺はビルの壁に埋まったままの西園寺を抱き抱えて救出する。


西園寺が俺の腕の中でうっすらと目を開いた。


「怪人は…?どうした…?」


「安心しろ。もう倒した」


「お前が…?一人でか…?」


「ああ、そうだ」


俺が頷くと、西園寺は一瞬時を止めた後、全てを悟った顔になり、突然泣き出した。


「西園寺?」


「うぅ…うぅ…」


「どうした…?どこか痛むのか…?」


「どうして、どうしてなんだぁ…私は誰よりも…努力したはずなのに…怪人に負けてしまった…」


「…西園寺は頑張ったよ」


「嘘をつくなぁ…!私はあの怪人に全く歯が立たなかった…!なのにお前は無傷であの怪人を倒した…!どうしてお前はそんなに強いんだ…!私はお前が憎い!憎くて憎くて…羨ましい…。うぅ、私は惨めだ…」


泣きじゃくる西園寺を俺は地面に下ろした。


西園寺はグスグスと泣きながら、なんとか衣装で涙を拭っている。


「ふぅ…」


なんにせよ危機はさった。


またしても西園寺を泣かせてしまい、しこりは残るが、とりあえず怪人を倒せたことには変わりがない。


俺は怪人を倒せたことと、西園寺を守れたことにほっと安堵の息を吐く。


「…すまない、西園寺。お前の獲物を横取りしてしまって」


俺はまだ泣いている西園寺にそう謝った。


西園寺がぐしぐしと涙を拭いながら泣き声でいった。


「私に気を遣おうとするなぁ…余計惨めなだけだぁ…いっそのこと私を笑いものにしてくれぇ…」


「それはできない。西園寺は怪人に立派に立ち向かって街を守ろうとした。そんな西園寺を笑うことなんて俺にはできない」


「…!」


西園寺がハッとしたように俺を見た。


驚いたような表情で俺を数秒間見つめた後、ふいっと顔を背けた。


「なんなのだお前はぁ…お前と出会ってから私は乱されてばかりだ…」


「す、すまん…」


「これだから男と関わるのは嫌だったのだ…はぁ」


「西園寺?」


「もう帰る。帰るんだもん」


「え…」


なんか急に駄々っ子みたいなことを言い出した西園寺がスタスタと歩き出す。


俺は慌ててその背中を追う。


その時だった。


「ふざけんなよ!俺の大切な車が怪人に壊されたじゃないか!!魔法少女!!一体どうしてくれるんだ!!」


背後から血相を抱えた男が大股で歩いてきた。




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