第10話



「誰だ…?」


西園寺が首を傾げる。


サラリーマン風の格好をしたその男は、顔を真っ赤にして、怒った様子で西園寺に詰め寄る。


「おい魔法少女!ふざけるなよ!!お前のせいで俺の愛車が怪人に壊されたじゃないか!」


男は西園寺の目の前までやってくると唾を撒き散らしながら怒鳴り声を上げた。


背後にある破砕した車を指差して、西園寺に対して筋違いな怒りをぶつける。


「お前ら魔法少女がもっと早く怪人を倒さないから、俺の車が壊れたじゃないか!まだ納車して三ヶ月も経ってない新品だったんだぞ!!どう責任をとってくれるんだ!?ええ!?」


「いや、私は…」


男の剣幕に西園寺が狼狽える。


俺は身勝手な男の振る舞いに腹が立った。


西園寺はむしろ犠牲を減らすために怪人と戦ったのだ。


彼女がいなければ、街はもっと破壊され、死人も出ていただろう。


命をかけて人類を守るために怪人と戦っている彼女に感謝こそすれ、攻めるのはお門違いもいいところだ。


だがサラリーマン風の男は、車を怪人によって壊された怒りが収まらないらしい。


西園寺が戸惑って何も言わないのをいいことに、西園寺に対して好き放題に怒りをぶつけている。


「五百万だぞ五百万!!苦労して稼いだ金でやっと手に入れたんだ!それがお前ら魔法少女のせいで壊れてしまった!!責任を取れ!弁償をしろ!!市民の生命と財産を守るのが魔法少女の役目だろうが!!この無が!!」


「…っ!?」


「お前ら魔法少女なんてなんの役にも立たないじゃないか!見ろ周りを!!人が死に、街が壊さされた!!こうなる前にもっと何かできることがあったんじゃないのか!?」


「わ、私は…ただ怪人を倒そうと…」


「倒せていないじゃないか!お前が負けかけていたのを私は見たぞ!この役立たず!無能魔法使いが!!言い訳をするな!」


「…っ」


西園寺の表情がどんどん沈んでいく。


男の言っていることは無茶苦茶なのに、怪人に負けて心が弱っているせいか、反論することができない。


そんな西園寺を見て男はさらに調子に乗って西園寺に好き放題、暴言を吐く。


西園寺は反撃する気力もないのか「はい、はい」と虚な声で返事をしながら顔を伏せている。


見かねた俺は、男と西園寺の間に割って入った。


「おい、その辺にしておけよ」


「あ?誰なんだお前は」


「お前こそ何だ。命をかけて戦った魔法少女に対してその態度はないだろう」


「はっ、無能に無能と言って何が悪い。魔法少女は一般人の命と財産を怪人から守るのが使命だ!その使命を果たせなかったのだから、非難されて当然だ」


「西園寺は無能なんかじゃない。こんなにボロボロになるまで命をかけて街を守るために戦ったんだ!言わせてもらうがな、西園寺がいなければそもそも車どころかあんただって死んでいたかもしれない。被害だってもっと大きくなっていたかもしれない。怪人の被害の拡大が阻止されたのは、間違いなく西園寺のおかげだ!!西園寺を侮辱することは許さない!」


「うるさい!!俺の車を弁償しろ!!役立たずの魔法少女が!!」


「黙れ!」


バキッ!!


「東条!?」


気づけば俺は男を殴っていた。


その体が吹っ飛び、男が尻餅をつく。


「な、な…」


男は殴られると思ってなかったのか、俺を見て呆然としている。


「うせろ」


「ヒィイ!?」


俺がそういうと男は悲鳴をあげて逃げ出した。


「と、東条…お前なんてことを…」


「すまん、西園寺。つい手が出てしまった」


「魔法少女が一般人に暴力を振るうのは一番忌み嫌われる行為だ!我々には一般人にはない力があるんだ!大いなる力には相応の責任が伴う!お前がやったことは問題になるぞ…!」


「そうかもしれない。でも黙っているわけにはいかなかった。命をかけて街を守ろうとした西園寺があんなふうに言われて黙っていることなんて俺にはできない」


「…!?」


西園寺がハッとしたように顔を上げた。


俺はボロボロであちこちから血を流している西園寺をまっすぐに見ながら行った。


「西園寺のおかげで街は守られたんだ。西園寺はそのことを誇りに思った方がいい。西園寺が誰よりも魔法少女の使命を重んじて怪人と戦ったのは俺がよくわかってる」


「あ…」


まるでダムが決壊したように西園寺の目から涙が溢れた。


我慢していたものが全て溢れ出すみたいに、西園寺は俺の胸の中で泣いた。


「うぅ…うぅう…」


「西園寺は頑張ってる。偉いと思うぞ」


「うるさぁい…お前に慰めてもらわなくても、私は…私は…」


「だからあんまり気を張りすぎるな。たまには弱いところを見せてもいいんじゃないのか?」


「…っ!?」


「一日中強くて正義の味方の魔法少女である必要はないだろ?西園寺だって人間なんだし、たまには弱気になったっていい。誰かに甘えたり、慰められたっていい。俺はそう思う」


「あう…」


きっと西園寺はずっと魔法少女は常に強くなくてはならない、と考えて己を律していたのだろう。


けれど魔法少女だって人間なのだ。


いつか限界はくる。


だから今の西園寺みたいに、たまには人間らしいところを晒したってバチは当たらないはずだ。


俺は西園寺が泣き止むまで、彼女に胸を貸し、その背中をさすってやるのだった。








『何?ゴーティスがやられただと?』


亜空間に怒りの滲んだ声が響いた。


玉座の怪人が、配下の者たちから上がった報告に怒りを露わにしている。


たった今、怪人ゴーティスが倒されたという報告が入ったばかりだった。


『なぜだ…怪人ゴーティスは怪人ベノムよりもさらに数倍強い怪人だ。魔法少女が束になったところで勝てる相手ではない。何があった…』


『そ、それが…我々にも何が何だかわからないのですが…』


『話せ!ゴーティスを倒した魔法少女は誰だ!』


『魔法少女ではないのです!』


『はぁ…?』


玉座の怪人が首を傾げる。


配下の低級怪人たちはビクビクしながら報告を続ける。


『ゴーティスと魔法少女との戦いを監視していた者たちからの報告によると…ゴーティスを倒したのは魔法少女ではなく…見知らぬ男だったと言います』


『男、だと…?人間が、ゴーティスを倒したというのか?』


『はい』


『…』



玉座の怪人は動揺を見せる。


自らが生み出した強力な怪人ゴーティスが魔法少女どころか、人間に倒されてしまったという事実が信じられなかったのだ。


『その男は…男でありながら強力な魔法を使い、魔法少女を追い詰めていた怪人ゴーティスを倒してしまったというのです』


『魔法を使う…男…』


『わ、我々もにわかには信じがたかったのですが、現場を監視していた者たちは確かにみたと…』


『怪人ベノムを倒したのも、その男なのか?』


『わかりません。しかし、可能性は十分にあるかと』


『…』


玉座の怪人は沈黙する。


静寂が亜空間を支配した。


配下の怪人たちの体を嫌な汗が伝う。


やがて玉座の怪人が、徐に口を開いた。


『その男を調査しろ』


『りょ、了解しました…!』


『情報を集めろ。もしベノムやゴーティスを倒したのがその男だというのなら…魔法少女よりも湯煎してまずその男を始末しなければならない』


玉座の怪人の命令で低級の怪人たちが慌ただしく動き出す。


『魔法を使う男、か…ククク…面白い。一体どんなやつなのか、この目で拝んでみたいものだ』


玉座の怪人の笑い声が、亜空間にこだました。



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