第11話



「東条麗矢。あなたを一週間の停学処分とします」


「え…」


怪人ゴーティスとの戦いから一夜明けた。


魔法少女育成学校に転校してから二日目の今日、俺は朝から理事長室へ呼び出され、理事長である西園寺真紀子さんに停学を言い渡されてしまった。


「理由は言わなくてもわかっていますね?」


理事長が厳しい視線で俺を睨む。


心当たりはある。


十中八九、昨日のアレが原因だろう。


「はい…」


俺が頷くと、理事長がため息を吐いた。


「魔法少女育成学校に通う身でありながら、昨日あなたは一般人に対して暴力を振るったそうですね」


「確かに俺は暴力を振いました。でもあれは…」


「言い訳は聞きたくありません。どんな理由があれ、魔法少女は一般人に対して暴力を振るってはいけないことになっています。この決まりを破ったものは厳罰に処されなければならない。それは魔法の力を使えるあなたも例外ではない」


「…はい」


俺は俯いた。


「あなたが理由もなく他人を殴る人間だと思っているわけではありません。おそらく、あなたが殴った相手は殴られるに値する行動をしたのではないですか?」


「…少なくとも俺にはそう見えました」


「そうですか。しかし、何があったにせよ、力を持つものが非力な一般人に暴力を振るうことは許されません。本当ならもっと重い罰が課せられてもおかしくはないのですが、あなたはまだここへ来て日が浅い。そのことを考慮して、一週間の停学処分ということで手を打ちましょう」


「わかりました」


「一週間、寮でおとなしく反省しなさい。自分のした行いを悔い改めるのです」


「…はい」


「私からは以上です」


「…失礼します」


俺は落ち込んだ気分で理事長室を後にしようとする。


そのタイミングで、誰かが勢いよく理事長室に駆け込んできた。


「理事長!ちょっと待ってください!」


駆け込んできたのは西園寺小春だった。


慌ただしい様子でずかずかと理事長室に踏み込んできて、理事長の机をバンと叩く。


「聞きましたよ!東条を停学処分にするそうですね!」


「ええ、そうです」


「納得がいきません。一体どうしてですか!?」


「一般人に暴力を振るったからです」


「違うんです、あれは違う。東条は私のために…」


「あなたのため…?」


「そうです。東条は何も悪くありません」


西園寺は昨日のパトロール中の出来事を理事長に細かく伝えた。


俺が怪人ゴーティスを倒し、西園寺を守ったこと。


一般人に暴力を振るったのは、不当な非難を受けていた西園寺を守るためだったこと。


理事長は西園寺の話を聞いて、それから驚くような目で俺をみてきた。


「昨日、そんなことがあったのですか?」


「…はい」


「どうしてそのことをすぐに報告しなかったのです?」


理事長は西園寺に厳しい目を向けながらいった。


西園寺が申し訳なさそうに俯いていった。


「すぐに報告できなくてすみません、母様。昨日は私自身動揺していて…」


「言い訳は聞きたくありません。そのような重大なことがありながらすぐに私に報告しなかったのは看過できません」


「す、すみません…」


「はぁ…なるほど、そういうことでしたか。昨日はあなたの様子がおかしいから何があったのかと思ったけれど」


理事長はため息を吐いた。


「事情はわかりました。そのような経緯があったのですね。東条麗矢。あなたは怪人ゴーティスから娘を守るために戦った。そして娘が謂れ無い非難を受けたので娘を守るために男を殴った。それであっていますか」


「まぁ…大体は」


「そうですか…では私はこの子の母親としてあなたにお礼を言わなければならないようですね」


「ちょ、理事長…」


理事長が席をたち、俺の前まで来るとぺこりと頭を下げてきた。


「娘の命を助けてくれてありがとうございます、東条麗矢くん」


「か、顔をあげてください…俺はただ、この学校に通う生徒として当然のことをしたまでで…」


「事情を知らずに避難してしまってすみません。悪かったと思っています」


「いえ…俺は気にしていないですし、一般人を殴ったのは本当なので」


「はぁ…困りましたね…今の話が本当なら、あなたたちに落ち度は少ないように思われます」


席に座り直した理事長は、腕を組んで目を閉じ、何かを考えるようなそぶりを見せる。


俺と西園寺が待つ中、やがて目を開けた理事長は、俺に向かっていった。


「先ほどの言葉を撤回します。東条麗矢。あなたは確かに一般人を殴るという罪を犯しました。しかし、諸々の事情を加味した結果、あなたは厳罰に値しないという判断をしました。よって停学期間を一週間から縮めて一日とします」


「…はい、わかりました」


「ごめんなさい、東条麗矢。でも、こうするより他にないの。流石に一般の人に暴力を振るってしまった以上、どのような理由があれ、お咎めなしというわけにはいきません。だからこれが精一杯の妥協です。許してくれますか?」


「悪いのは殴った俺です。今日一日、反省することにします」


「ありがとう」


理事長が俺をみて微笑んだ。


西園寺がほっと胸を撫で下ろす。


「ありがとう、西園寺。お前のおかげで停学期間が縮んだよ」


「…っ…ふ、ふん、勘違いするなよ。私はただ、本当のことを伝えたまでだ…別にお前のためを思ってやったわけじゃ…」


「うふふ」


「…?母様?なぜ私をみて笑うのですか」


「いえ、別に」


理事長が、実の娘である西園寺を見てくすくすと笑う。


笑われた西園寺が起こったように理事長を睨む。


俺はそんな二人を残して先に理事長室を退室するのだった。








「やれやれ…停学か。でも一日だけならまだマシだな」


一般人を殴った罰として一日の停学を言い渡された俺は、魔法少女育成学校の中にある寮へと戻ってきていた。


今日一日はここでじっとしているより他にない。


この学校の生徒は、パトロール以外の外出は基本的に許されていない。


月に一度だけ、遊ぶために学校の敷地の外に出ることを許されているが、それ以外で勝手に許可なく外を出歩くことはできない。


なので停学になったからといって一日遊び歩くこともできず、寮でおとなしくするしかないのだ。


俺はベッドに寝転がり、文庫本を読み始める。


コンコン…


「ん…?」


しばらくすると俺の部屋のドアをノックする音がした。


開けるとそこに西園寺が立っていた。


「今一人か?」


「あ、ああ…何か用か?」


「少し話したいことがある。入ってもいいだろうか」


「構わないが…」


俺は唐突な来訪に少し驚きつつも、西園寺を部屋の中に招き入れる。


西園寺は部屋を見渡した後、ベッドに腰を下ろし、俺にも隣に座るように要求した。


俺は恐る恐る西園寺の隣に座る。


しばしの静寂の後、西園寺が徐に口を開いた。


「昨日はありがとう…私を助けてくれて。お前がいなかったら私は死んでいたと思う」


「はぁ」


「昨日はしっかりとお礼を言えていなかったような気がしてな。お前に情けない姿を見せてしまった。私はこの学校の生徒会長として失格なのかもしれない」


「いや、そんなことは…」


「私は強くならなくてはならないな。お前のように…どのような怪人に遭遇しても、街を守れるように…」


「西園寺は十分頑張っていると思うぞ」


「ふふ、ありがとう。でも、私は私の意思でもっと強くなりたいんだ。憧れの人に少しでも近づけるように」


「そうか。それなら応援している」


「ありがとう。それで、今日ここにきたのはだな」


西園寺がモジモジしながらチラチラと俺を見てくる。


何か言い出したくても言い出せないような感じに見えた。


俺が待っていると、やがて西園寺は意を結したようにこういった。


「お、お前が良ければなんだが…生徒会に入る気はないだろうか?」


「生徒会?」


「あ、あぁ、お前なら申し分ないんじゃないかと思ってな。少なくとも実力的には」


「生徒会って何をするところなんだ?」


「生徒の悩みを聞いたり、催し物を企画したり、風紀が乱れぬように取り締まったり…色々仕事はある。とてもやりがいがあるぞ」


「なるほど…よくわからないんだが、まだここにきて間もない俺にその仕事が務まるのか?」


「務まる、と思う。実務に関してはしばらくは私たちがサポートする。生徒会のメンバーになるには魔法少女としての実力が必要にもなってくるわけだが…そこに関しては問題ないだろう。何せお前はこの私よりもはるかに強いわけだからな」


「…」


「どうだ、引き受けてくれないだろうか?」


「…その前に聞いてもいいか?どうして俺を勧誘する気になった?」


「そ、それは…」


西園寺が急に目線を逸らし、誤魔化すように言った。


「な、なんというか…そのほうがお前がこの学校に馴染めるんじゃないかと思って…ほ、ほら、この学校の生徒はまだお前に対していい感情を抱いている奴ばかりじゃない。そういうやつにもお前の存在を認めてもらうために、生徒会役員という地位は、役に立つと思うのだが…」


「なるほど…」


確かにそれはそうかもしれない。


現状、俺はこの学校で受け入れらているとは言い難い。


これまで女の園で成長してきた魔法少女たちにとって、異性である俺を受け入れるのは簡単ではないのだろう。


だが生徒会役員という地位があればどうだろうか。


少なくとも周囲との軋轢は今後少なくなるような気がする。


「わかった。そういうことなら引き受けよう」


「そうか!」


ほっと西園寺が胸を撫で下ろした。


「ありがとな。俺のために、こんなことまでしてくれて」


俺は早くこの学校に馴染めるように取り計らってくれた西園寺にお礼をいう。


西園寺はごほんごほんと誤魔化すように咳をしながらいった。


「か、勘違いするなよ…これは私のためでもあるのだ…お前をそばに置くことで管理し、学校の風紀を保ちつつ、お前の強さの秘訣を知るために生徒会に入れようと思ったのだ…決してそのほかの目的があるわけではないからな?」


「それでもいいぞ。俺は感謝している」


「ふ、ふん…そ、それでは、明日生徒会室で待っているぞ」


西園寺が部屋を出て行った。


俺は文庫本を読んで時間を潰す作業に戻った。




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