第5話
キーンコーンカーンコーンと午前の授業が終了する鐘が魔法少女育成学校の校舎に響き渡る。
「はぁ…終わりましたわ…」
「お腹が空きました」
「お母様が作ってくださった今日のお弁当のメニューはなんでしょう?楽しみですわ」
「食堂に行きましょうよ」
「ええ、そうね」
教室には一気に弛緩した空気が流れる。
魔法少女たちは、机をくっつけて弁当を食べ出したり、友人たちと連れ立って食堂へ向かったりと思い思いに過ごしている。
俺はとりあえず午前中を乗り切ったと、自分の席で安堵の息を漏らしていた。
「案外普通なんだな」
いくら魔法少女育成学校といえど、基本的な授業内容は普通の学校と変わらないらしい。
国語の授業や数学の授業の内容は、俺がここに来る前の学校で受けていた内容とほとんど変わらなかった。
ただ変わっているところもある。
この学校では歴史の授業では、これまでに怪人が各地で起こしてきた被害や、魔法少女たちの功績を学び、体育の授業では魔法の実技と称して魔法の訓練を行うらしい。
今日の授業内容の中には、午前中に一コマ、怪人について学ぶ授業と、午後に一コマ、魔法の実技の授業がある。
これまで周囲に力を隠しながら独学で魔法を鍛えていた俺は、初めて誰かから魔法を教わることになるのだ。
期待もあるし、不安もある。
「とりあえず飯食うか…」
何はともあれ昼食である。
前の学校と違い、昼食を共にする関係の人間もいない俺は、一人寂しく食堂へと向かう。
「見て…」
「あれが噂の…」
「男が入ったって本当だったんだ…」
「魔法が使えるらしいわよ…」
「本当かしら?男なのに魔法が使えるなんて聞いたことないんだけれど…」
「邪な目的でここに入学したんじゃないの?」
「穢らわしい男なんて追い出して欲しいのに…」
食堂で他のクラスの魔法少女たちにヒソヒソと噂をされながら、俺は売店でパンを購入して逃げるようにその場を後にした。
とにかく人目につかない場所を探して校内を歩き回っているうちに、俺は屋上へとやってきてしまった。
「ふぅ…」
ベンチに腰を下ろし一息つく。
魔法少女育成学校では、普通の学校同様部活動も行われているようだった。
魔法少女たちが、グラウンドで魔法を使うことなく部活動の昼練習に打ち込んでいるのを見ながら、俺はパンを貪る。
「おぉ…!この学校に男の子が入学したって本当だったんだ…!」
「…!?」
唐突に背後から声をかけられ俺は慌てて飛び退いた。
「あ、ごめんごめん。びっくりさせちゃった?」
振り返ると、そこに栗色の髪の可愛らしい少女が立っていた。
その口元にはイタズラっぽい笑みが浮かんでいる。
「あ、あんた誰だ…!?」
「君こそ誰だー!ここは魔法少女以外立ち入り禁止の魔法少女育成学校だぞー!!」
「…っ!?いや、その俺は…なんというか怪しいものじゃないというか…不審者じゃなくてその…」
「あははっ。嘘嘘。わかってるよ。君、今日この学校にきた男の子の魔法使いだよね?」
焦る俺に少女はくすくすと笑う。
その笑顔を見てようやく俺は揶揄われていたことに気がつく。
「俺のこと知ってるのか…?」
「もちろんだよ!君めちゃくちゃ噂になってるよ!!男の子がこの学校に入学するなんて前代未聞のことだからね!!もう学年中に君のことが知れ渡っているんじゃないかな!」
「う…マジか…」
当然といえば当然なのだが、すでに俺は相当な悪目立ちをしてしまっているらしい。
女の園に男一人入学することになるわけだからある程度覚悟していたのだが、こう改めて告げられると何か堪えるものがある。
「色々噂されてるみたいだねー!私が聞いたのだと、お風呂に1週間入ってないとか、女性の下着を盗むためにこの学校に入学したとかそんな感じか?」
「いや、断じて違うからな!?」
他のクラスでもそんなこと言われてるのかよ。
俺は思わず突っ込んでしまった。
「ちゃんとお風呂に入っているし、女性の下着に興味なんかない…!」
「あはは。わかってるわかってる。私は君のことをそんな目で見てないよ?他の子達より少しは外のことに関して知識があるからねー。君を男だからって偏見の目で見たりしないって。安心して?」
「…そ、そうか…助かるよ」
どうやら目の前の少女は、他の魔法少女のように異性に対して情報に欠けていたり偏見に満ちていたりはしないらしい。
俺はほっと胸を撫で下ろす。
「あ、申し遅れました。私、小鳥遊ユキって言います!以後お見知り置きを」
「俺は東条麗矢だ。よろしく頼む」
差し出された手を握る。
小鳥遊ユキは握った俺の手を嬉しげにブンブンと振った。
「やー、噂の男の子とこうして話せるなんて、光栄ですなー。ユーは何しに魔法少女学校へ?」
「え、俺?いや、その……なんていうか……魔法の力を持つものは普通の学校には通えないから…」
「なるほどなるほど……つまり自分の意思というよりはやむをえず的な?」
「まぁ、そういうことになるな」
「へー、そうなんだ!ちなみにここに来る前は普通の学校に通ってたんだよね?」
「ああ、そうだ」
「やっぱりそうなんだ!めっちゃすごい!!」
小鳥遊が目をキラキラさせながら俺を見つめてくる。
「普通の学校ってさ!男と女が一緒の教室で一緒の授業を受けるんだよね!?」
「あ、ああ、そうだ」
「男の子と女の子の数はおんなじって本当!?」
「まぁ、ほとんどの学校が同数だな」
「信じられない…!クラスの半分が男の子だなんて…!それって喧嘩になったりしないの…!?」
「喧嘩…?ならないな。どうしてなるんだ?」
「逆にどうしてならないの!?それってすごいことだよ!!ここの子たちなら絶対に喧嘩になってるって…!」
「あー、まぁ確かにそうだな」
男に対して偏見に満ちている魔法少女たちと大勢の男たちを同じ空間に放り込んだら、十中八九諍いを生むことになるだろう。
ここにいる魔法少女達にとっては男女同数の普通のクラスの方が非常識なのだ。
「あれはあれは!恋人!!恋人になったりもするんだよね!?普通の学校では、男女が恋人契約を結んで一緒に過ごしたりするって聞いたよ!!」
「まぁ、普通にあるな」
「わー!!わぁあああああ!!!」
小鳥遊が興奮した声をあげる。
まるで俺を何かすごいことを成し遂げた人物かのような目で見てくる。
「普通の学校では角を曲がったら男女がぶつかってそこから恋人同士になるんだよね!?互いの想いを綴った恋文を手紙にして送りあったりするんだよね!?漫画で読んだよ!!」
「ふ、古いな…恋文はともかく、角でぶつかったりとかはなかなかないかな…」
「ないんだ…!勉強になります!!じゃあ、告白とかは…!?みんなの前で好きです!って男の子が女の子に言うんだよね!?それも嘘なの!?」
「それはあるな。普通にある」
「それはあるんだ…!あっちゃうんだ!きゃああっ」
小鳥遊が黄色い悲鳴をあげる。
俺にとって普通のことが高梨にとってはよほど新鮮のようだ。
「すごいなーいいなー、普通の学校!もしかして東条くんも、恋人関係を結んでたの…?」
「あいにく俺はそう言うことはないな」
「そうなんだ…つまんないの」
ガックリと肩を落とす小鳥遊。
期待に添えず悪かったな。
「はぁー、いいなぁ、普通の学校。どんな感じなんだろ…。私も一度でいいから普通の学校に通ってみたいなぁ…」
「小鳥遊は…ずっとここにいるのか?」
「うん…そうなんだよ」
遠い目をしながら、小鳥遊が寂しそうな表情を浮かべた。
「魔法少女になる前はずっと家にいたし、魔法少女になった後はずっとここにいるかなー。だから普通の学校に憧れてるんだよね〜。いつか普通の学校に通ってみたいなってずっと思ってるの」
「…そうなのか。俺が元いた学校には逆に魔法少女に憧れている女子もいたけどな」
「えー、そうなのー?魔法少女なんて、別にすごくもなんともないのに……危険なだけだよ。はぁー」
疲れたようにため息を吐く小鳥遊。
世間では憧れの存在である魔法少女も、本人たちにとってみたら案外そんなものなのかもしれない。
キーンコーンカーンコーン。
「あ、鐘が鳴っちゃった。戻らなきゃ」
そうこうしているうちに昼休み終了を告げる鐘がなった。
小鳥遊が残念そうな表情を浮かべる。
「残念だけど時間だね、東条くん。普通の学校の話が聞けて楽しかったよ!また気が向いたら屋上に来てね!私大体ここにいるからさ!」
そう言って俺に手を振った小鳥遊は階段を駆け降りてあっという間に消えていった。
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