第2話



まるで珍獣を見るような視線を教室中から浴びていた。


動物園の動物にでもなった気分だ。


好奇心。


恐怖。


敵対心。


さまざまな感情の滲んだ視線が教団に立つ俺の元に集まっており、ますます緊張してしまう。


「それでは、今日から新しくこの魔法少女育成学校2年B組の生徒となる東條麗矢さんの自己紹介です!!」


担任の教師がニコニコとした笑顔を俺に向けてきた。


俺はごくりと唾を飲み、搾り出すようにしながらなんとか自己紹介を行う。


「と、東条麗矢です…今日から皆さんと一緒に魔法少女としてここで授業を受けることになりました…どうぞよろしくお願いします…」


「「「…!?」」」


ざわめきが広がった。


ずらりと並んだ席に座っている総勢30名を超える美少女たち……怪人から人類を守っている正義の味方であるところの魔法少女たちは明らかに困惑していた。


突如としてやってきた転校生を拍手を持って歓迎する者は一人もいない。


彼女たちの表情に浮かんでいるのは俺に対する疑念、疑問のみだった。


どうして男がここに?


彼女たちの顔にはそう書いてあるようだった。


「はーい、ありがとうございます東条麗矢さん。これからよろしくお願いしますねー。皆さーん、拍手〜」


担任が一人でパチパチと拍手をするが続く者はいない。


寂しい時間がしばらく続いた後、俺は担任に促され、席につくように言われた。


「東条麗矢さんの席は空いているあそこの席です。席替えは3ヶ月に一回。目が悪くて前の席がいいとかあったら言ってくださいね〜?」


「あ、大丈夫っす」


「そうですかー。じゃあ、当分その席でよろしくお願いしますぅ〜」


「はい…」


俺は後ろから二列目の席に腰を下ろす。


きっと両側の魔法少女たちから思いっきり睨まれた。


俺は蛇に睨まれたカエルのように萎縮して、肩身を狭くする。


「皆さん〜。東条くんはまだここにきたばっかりでわからないことだらけなので、いろいろ教えてあげてくださいね〜」


「「「…」」」


担任のそんな呼びかけに返事をする生徒は一人もいない。


気まずい空気のまま、朝のホームルームが締めくくられた。






「一体どういうことですか、理事長!!」


魔法少女育成学校の理事長室に、怒声が響き渡る。


理事長のために用意された椅子に腰を下ろしている黒スーツ、黒タイツのグラマラスな美女に、ものすごい剣幕でくってかかっているのはこれまたスタイルのいい黒髪の美少女だった。


彼女の名前は西園寺小春。


魔法少女育成学校の生徒会長にして、今まさに食ってかかっている人物……理事長の西園寺真紀子の実の娘である。


西園寺小春は普段はあまり感情を表に出すタイプではないのだが、今日ばかりは事情が違った。


彼女はこの学校の生徒会長として、何かの間違いで入り込んでしまった“異物”を取り除くべく、実の母である真紀子の前で怒りを露わにしていた。


「どうしてこの学校に男がいるのですか!?ここは“魔法少女”のための学校ですよ!?」


「冷静になりなさい、小春。あなたの気持ちはわかります」


血相を抱えている小春に対し、真紀子は冷静な表情を崩さない。


彼女は冷めた瞳で怒る自分の娘を見ながら言った。


「確かに、この魔法少女育成学校設立以来、男が生徒になったことは一度もありません。当然です。ここは魔法少女のための学校なのですから。ですが……あの男……東条麗矢は例外なのです」


「なぜですか!?あの男に我々のような力があるとでもいうのですか!?」


「まさにその通りです」


「…!?」


小春の目が驚きに見開かれる。


当然だ。


魔法少女とはその名の通り魔法を使える少女のことを指す。


今まで男が、魔法少女のような魔法の力を発現させた例は、日本どころか世界を見渡してみても一つも存在しない。


魔法の力は、10歳から20歳までの少女にのみ扱うことのできる特別な力なのだ。


「あの男…東条麗矢は男でありながらあなたたち魔法少女と同様に魔法の力を使うことができます。魔法の力を使えるものは必ず魔法少女育成学校で教育と訓練を受けなければならないと法律で定められています。だから……これは私にはどうしようもない問題なのです」


「た、たとえ母であるあなたの言葉であっても信じられません…!男に魔法が使えるなど…」


小春は戸惑っていた。


本当に東条麗矢に魔法の力があるのか、彼女はとても信じることができなかっ

た。


今まで女の園で暮らしてきて男に全く接触したことのない小春は、どうしても本能的に拒絶反応を起こしてしまい、東条麗矢という存在をこの学校の一員として受け入れることが出来なかった。


「男に魔法が使えるなんて嘘に決まっている…なぁ、お前たちからも何か言ってやってくれ!!」


一人で理事長の説得は無理だと判断した小春が、両側に立っている生徒に助けを求める。


彼女の左右に立っている少女たちはそれぞれ生徒会の役員であり、彼女の右腕のような存在でもある。


如月美柑と宇佐美千代。


生徒たちからの人望も熱く、魔法少女としての実力も申し分ない彼女たちの助けを得られれば、理事長を説得できると小春は考えた。


「如月!宇佐美!お前たちも嫌だろう?同じ学校に男がいるというのは」


「え…そ、それはその……」


「ま、魔法が使えるのだったら……受け入れるしかないんじゃないかと…」


「「…!?」」


まさかの裏切りに小春が目を見開く。


如月美柑と宇佐美千代はわずかに頬を赤く染めながら、何かを誤魔化すように明後日の方向を見て髪の毛をいじったり、頬をかいたりしている。


小春が予想外の裏切りに口をぱくぱくとさせていると、理事長の真紀子がため息をこぼした。


「小春。あなたは少し頭が硬すぎるようです。東条麗矢をこの学校の生徒とすることはすでに決まった決定事項です。色々軋轢もあるでしょうが……それを解決するのがあなたの役割です。わかったら退室して少し頭を冷やしなさい」


「…っ」


きっと真紀子を睨みつけた小春が、ふんとそっぽを向いてツカツカと苛立った足取りで理事長室を退室した。


慌てたように如月と宇佐美も後に続く。


「はぁ…」


残された真紀子は、頑固な娘のこれからを思い大きなため息を漏らしたのだった。




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