第27話



「なん、だ…これ…」


魔法少女育成学校へと引き返してきた俺は、その惨状を見て呆然とする。


魔法少女育成学校は、みるも無惨な状態へと変わり果てていた。


校舎は半壊し、グランドは穴だらけだ。


破壊の手は寮にも及んでいた。


メラメラと炎が燃え上がり、黒い煙が空へと上がっている。


あちこちに魔法少女たちが倒れており、うめき声が聞こえる。


「そん、な…誰がこんなこと…」


まだ動ける魔法少女たちが、悲壮な顔で倒れている魔法少女たちを半壊した校舎の中に運び込んでいる。


俺は呆然とした表情で学校の中へと入っていった。


「一体、何があったんだ…?」


近くにいた魔法少女の一人を捕まえて、俺は尋ねた。


その魔法少女は俺の顔を見るなり、目を大きく見開く。


その顔には見覚えがあった。


多分、ここを離れる前に魔法指導を施した生徒の一人だったのだろう。


その少女は俺の顔を見ると、目に涙を溜めて、嗚咽まじりに何があったのかを話してくれた。


その少女の話してくれたことは、俺の予想を完全に裏付けてくれる証言に等しかった。


曰く、俺がここを離れた途端に二度目の怪人警報が鳴り響き、怪人の大群が上空より襲来したらしい。


魔法少女たちは、西園寺指揮の元、怪人たちと戦った。


だが怪人はとてつもなく強力で、防衛かなわず、校舎は破壊され、たくさんの犠牲が出てしまった。


「みんな攫われてしまいました…西園寺様も、宇佐美さんも、小鳥遊さんまで…生徒会で残ったのは如月さんだけですが…彼女は怪我をして中で治療を受けています…」


「攫われた…?西園寺が…?」


「はい。他にも大勢の魔法少女が攫われてしまいました…私の友達も…うぅ…うぅ…どうしてこんなことに…」


少女は嗚咽を漏らして泣き始めた。


「すまない…」


俺はその少女の元を後にして、校舎の中へ入る。


「東条さん!?」


俺の姿を認めた魔法少女の一人が驚きの声をあげる。


「如月はいるか…?」


「あ、あそこです…治療を受けています…なんとか一命は取り留めました…」


「そうか…」


俺はひとまず如月が死んでいないことに安堵して魔法少女に案内してもらい、如月の元へ向かう。


「東条、くん…?」


如月は、床に敷かれた布の上に横たえられていた。


魔法少女の衣装は血で濡れていた。


腹に大きな穴が空いている。


魔法による治療で傷は塞がれていたが、相当量の血が流れたのか、如月はぐったりとしていた。


「良かった…東条くん。無事だったのね…」


「お前こそ…その傷は大丈夫なのか?」


「私は平気よ…それよりも会長たちが…」


「聞いたよ。西園寺は…宇佐美や、小鳥遊は、攫われたのか…?」


「ええ、みんな攫われてしまったわ。他にも大勢」


如月が涙を流す。


「ごめんなさい。守れなかった。あなたが到着するまで…ここを守ろうってみんなで頑張ったんだけど…」


「泣くな、如月。俺が悪いんだ。肝心な時にお前たちのそばにいてやれなかった俺が」


「あなたは悪くないわ…あなたはあなたにできる最善の選択をしただけだもの…」


「聞いてくれ、如月。これは罠だったんだ…俺をここから離れさせるための。一度目の怪人警報は囮だった。本命は魔法少女育成学校の襲撃だった。俺はまんまと怪人たちの策略にハマってしまったんだ」


「ええ、どうやらそのようね…」


「怪人たちはどこへいった?西園寺や宇佐美や、小鳥遊は?攫われた他の魔法少女たちは?どこにいった?」


「…」


「如月?」


「言えないわ」


如月が顔を背けて口を閉ざした。


何かを言うまいとするように口を引き結んでいる。


如月が何かを隠しているのは一目瞭然だった。


「如月。頼む話してくれ。何があった?西園寺たちはなぜ攫われた?どうして怪人たちは魔法少女を殺すのではなく攫ったんだ?」


「いや、言えない」


「なぜだ!!俺は西園寺たちを助けたいだけなんだ!頼む、教えてくれ!」


「言えば、あなたを殺してしまうもの」


「俺を、殺す…?どう言うことだ…?」


如月の目を涙が伝う。


如月は涙声で、途切れ途切れ、語り出す。


「怪人たちが会長たちを攫ったのは人質にするため」


「人質…?」


「ええ。たくさんの魔法少女を生け取りにして、助けに来た人間を誘き出すの。そのために、会長たちは連れ去られた」


「誘き出す?一体誰をだ?」


「それは…あなたよ、東条麗矢くん」


「俺…?」


「そうよ」


如月が泣き腫らした目で俺を見た。


「怪人たちの目的はあなたよ、東条くん。あなたを確実に殺すために、会長たちは攫われたの」


「俺を、殺すため…?」


「ええ。明日までにあなたが一人であいつらの元を訪れないなら、人質を全員殺す。あなたが一人であいつらの前に現れない場合も、人質を全員殺す。それがあいつらが言い残した言葉よ」


「俺があいつらの元に行かなければ…人質は全員…」


「あいつらはあなたの名前を知っていた。あなたが怪人ベノム、ゴーティス、オロチを倒した張本人であることも知っていたわ。あいつらの目的はあなた。あなたはあの怪人たちから唯一の脅威として見られているの。あなたさえ殺せば、あの怪人たちに勝てるものはいない。だからあなたを先に始末したい。そのために、会長たちは攫われたの」


「全部、俺のせいなのか…?」


「…!?違う!そうじゃない…!そうじゃなくて…あなたのせいじゃなくて…違うの、そんなことが言いたいんじゃない…」


「でも、そうだろ?俺がいなきゃ…会長たちが攫われることもなかった…如月が大怪我することも、宇佐美が攫われることも…」


「何を言ってるの!!あなたがいなかったら私や宇佐美はすでに怪人ベノムに殺されてしまっているわ!!冷静になって!!お願い!!」


怪我人の如月にそう言われ、俺は我に帰る。


そうだ。


うじうじ悩んでいる暇なんで俺にはない。


助けに行かなければ。


西園寺を、宇佐美を、小鳥遊を、他の魔法少女たちを、助けに行かなければ。


「取り乱して悪かった。如月、教えてくれるか。あいつらの居場所を」


「…」


「怪人たちの目的が俺を殺すことなら…人質の場所を言ったはずだ。そうでなくては、意味がないから。教えてくれ。あいつらが指定した場所はどこだ?」


「…言えない」


「どうして?」


「言えばあなたはきっと会長や千代ちゃんやユキちゃんを助けに行くから」


「当たり前だろ」


「ダメよ。そしたらあなたが死んでしまうもの」


「俺は死なない。必ず人質を助けてここに戻ってくる」


「無理よ。あいつらは強い…いくらあなたでも一人で挑んで勝てるはずがない…」


「どうしてそう決められる?そんなに俺のことを信用できないか?」


「あなたのことは信じてるわよ!でも…いくらなんでもあれに勝つのは不可能よ!!あなたでは…怪人ハデスを倒せない!!」


如月が何かを思い出したかのように震え出す。


自分の体を守るようにして抱え、表情を恐怖に歪める。


「怪人ハデス…それが黒幕の名前か?」


「そうよ」


如月が震えながら頷いた。


「怪人を作り出して送り込んだのは全てあいつの仕業よ。怪人ベノムも、ゴーティスも、オロチも全てあいつが作り出したの」


「そいつを倒せば、全て終わるんだな?」


「無理よ。倒せっこないわ。あいつはもっと強い怪人を作ったのよ」


如月が恐怖の滲んだ声で言った。


「ここを襲ったたくさんの怪人…全てが少なくとも怪人ベノムよりも強かったわ…中には怪人ベノムの数倍、いえ、それ以上の存在感を放っていたやつもいた…あいつはあなたを殺すために、これまで送り込んできたよりも遥かに強力な怪人を何体も作ったんだわ」


「…それでも、俺は行かなければならない」


「無理よ。死ぬだけだもの」


「頼む。教えてくれ。あいつらはどこにいる?」


「いや、教えたくない。あなたに犬死にしてほしくないから」


「なんでだよ…頼む、教えてくれ…」


「え…」


気づけば俺は涙を流していた。


そんなつもりなかったのに、とめどなく涙が溢れてしまう。


「東条くん?どうしたの…?なんで泣いてるの…?」


如月が戸惑ったように聞いてくる。


俺は苦笑した。


「わからない、なんでだろうな…」


「私はあなたに意地悪しているんじゃない。あなたに死んでほしくないから、あなたに生きてて欲しいから、怪人ハデスの元に行かないで欲しいの」


「ありがとう。如月の気持ちはよくわかるよ。だけど…」


俺は誰よりも俺のことを考えてくれている優しい如月をまっすぐに見ながらいった。


「もう、誰かを失うのは嫌なんだ。大切な人をこれ以上失いたくない」


「え…」


「如月、聞いてくれ。俺にとってはお前や宇佐美や、西園寺や、小鳥遊はもう大切な存在なんだ。自分の命よりも。勝手なことかもしれないけど、家族みたいに思ってたんだ。だから…あいつらを守りたい。自分の命に変えてでも。もう、何もせずに大切な人を失うのは嫌なんだ」


脳裏に、あの大災害の記憶が過ぎる。


あの時の俺は無力だった。


俺が弱かったから、家族を守れなかった。


俺のせいで両親は死んだ。


俺のせいで妹は今でも行方不明だ。


俺は自分の弱さを呪った。


何もできなかったことを、何度も何度も後悔した。


だから、同じ過ちをもう繰り返したくない。


西園寺や、宇佐美や、小鳥遊を何もせずに諦めるなんてことは絶対にしたくない。


「頼む。西園寺たちの居場所を教えてくれ。あいつらは今どこにいる?」


「…」


如月は少しの間躊躇った後、諦めたようにぽつりといった。


「この街の復興区画。人質はそこにいるわ」


「…ありがとう」


俺は如月にお礼を言ってその場を離れた。


「さようなら、東条くん」


寂しそうな如月の別れの挨拶の後、押し殺したような啜り泣きが聞こえてきた。




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