第21話
「さて、早速だけど、時間がない。今の状況を説明させてもらうよ」
ハートは、円卓ルームのホワイトボードに書き込んでいく。
「ニチカを美術館で保護してから、2時間が経過している。現在の時刻は午後8時。実は風紀委員会を中心に、Kを逃がさないように、学園の正門の立ち入りの規制を始めているんだ。でも、実は明日の朝までしか規制はできない。理由は分かるよね?」
「……明日は、放送祭だから!」
放送祭とは、円卓学園放送部が主催する、学園内全体を使った映像フェスティバルである。
学園生徒が動画投稿サイトへアップロードした映像の中から、最も優れたものを優秀作として表彰するという企画を中心にして、学内で様々な企画が繰り広げられる。
その日は、数少ない学外者からの訪問が許されている、一般公開日である。そのため、学園への立ち入り制限をするわけにはいかないのだ。
「すでに前夜祭として、全世界に向けた生配信が中央広場で行われているのに、放送祭を中止にするわけにはいかない。制限を解除したら、Kは一目散に学園から出ていくだろうから、Kを探し出すのは、明日の朝までということになる」
タイムリミットが、残り12時間であることを、ハートは説明したのである。
「そういえば、指紋照合はどうだったの?」
「先ほど、完了しましたわ!」
「本当!? じゃあ犯人が誰か分かったの!?」
「それは、その……新入生の中に、Kはいなかったということが分かりましたの……」
「え? つまり、振り出しってこと……?」
ダイヤが言っていることは、学園内にいる新入生を除いた9000人から、Kを探さなければならないということである。
今から指紋照合をしても、タイムリミットをふまえると、絶対に間に合わないだろう。
「でも、これまでに出たKの情報があれば、絞り込みはできると思う。二つ気になることがあるんだ」
ハートはホワイトボードに書き込んだ。それをニチカが読み上げる。
「……指紋は、なぜ今年の春に見つかったのか?」
「うん。春先に見つかったということから、新入生に絞り込んだ。でも見つからなかった。ならば、他に今年の春からやってきた人はいないか、僕は疑問に思ったんだ」
「そうなりますと、学内スタッフが怪しいですわね。聞いたところによると、入れ替わりは定期的かつ大規模に行われていると聞いたことがありますわ。その中に、Kが紛れ込んだ可能性も充分にありえますわね」
生徒以外で、4月ごろ学園にやってきた学内スタッフ。そう絞り込むだけで、かなり目星はつけられそうだとニチカは思った。
「僕が気になる点、二つ目は、彩洲先輩は、なぜ真犯人に利用されたのかということだよ。偶然居合わせた、というわけではないんじゃないかな?」
「……犯人は、彩洲先輩が知っている人だった、とか?」
「なるほどですわ! ニチカ様が襲われた時も、いつの間にかKが美術館にいたんですわよね? あの時間に、いくら学内スタッフだからといって、誰にも気づかれずに、美術館にいるのは、美術館の関係者だからでしょう!」
ニチカは、一気に核心に近づいてきているような気がした。
生徒を除く人間で、美術館に関係のある、ここ最近学園にやってきた人間――――!
コトン。
その時、何かが床に落ちる音が、ニチカの近くから聞こえた。
それは、革靴に近い形状の黒い靴だった。
「これって、もしかして、犯人の靴!?」
「ああ。ニチカは、ずっとそれを放さずに持っていたんだよ」
ニチカの制服の胸元が汚れていた。強く靴を抱きしめていたことが分かった。
あの時、もう少し犯人を押さえ込んでいたら、ハートたちが捕まえてくれたかもしれないと思うと、ニチカはとても残念な気持ちになった。
ニチカは、なんとなく靴を拾い上げる。
「――――あっ!」
ニチカは思わず声を出してしまった。
「なんだい?」
「これ見てっ!」
ニチカは靴をハートとダイヤに向ける。
二人の表情は、一瞬で変わった。
「これは、もしかすると……!」
「わたくし、この持ち主の顔が、すぐに思い浮かびましたわ!」
「そう言うことだったんだ……だからあの時……!」
確かに、ニチカは犯人を逃してしまったかもしれない。
だが必死に掴んだ、その靴に、Kを追い詰めるための決定的な証拠が眠っていたのである。
事件の最終決戦が、近づいていた。
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