第5話
眠りから覚めたニチカは、目をこする。
昨日は眠れなくて配信サイトでアニメを見ていたため、いつも以上に寝るのが遅かった。そのせいなのか、身体が怠くて重かった。
目覚まし時計をふと見ると、始業時間まで、あと10分しかない。
「――――寝坊だ!」
ニチカの眠気は一気に消し飛び、大急ぎで支度を始める。
だがニチカの部屋から学校までは、どんなに速く走っても10分はかかってしまうので、遅刻確定である。
「ああもう! エクスカリバー・ブックを使っちゃえ!」
準備を終え、始業時間まであと30秒を切ったところで、ニチカは手に持った大きな本――――エクスカリバー・ブックにこう書き込んだ。
『エクスカリバー・ブック――――10秒だけ、旭ニチカの部屋と1年B組の教室を直通にしてください!』
そう書き込んだところ、ガチャンと玄関の扉が勝手に開いた。
ガヤガヤ。
「そういえば"ルビーの女王"の行方って分かったの?」
「ネットの噂だと、アメリカの学校に進学したって聞いたよ」
「残念だよね。早く復帰してほしいな〜」
その先には、始業前の騒がしいクラスルームが待っていた。
ニチカのクラスである1年B組である。
「お、おはようございます……」
「あっ! おはよう旭さん! 今日はギリギリだね!」
「みんな! 女王が降臨だぜ!」
クラスメイトたちは、ニチカの登場に一斉に意識を向ける。
ちなみにクラスのみんなは、ニチカがエクスカリバー・ブックで学園内の施設を操作することに慣れてしまったようで、特に驚いたりするようなことは無くなっていた。
「いいな〜旭さんは、その不思議な本があれば絶対に遅刻しないじゃん」
「こらこら。旭さんは、まともに登校するのも大変なんだから仕方ないでしょ」
派手な登場に、一気にクラスの注目が集まっているが、それ以上に騒がしくなったのは、教室の外である。
「キャー! 旭さんが来た!」
「今日も小さくてかわいい!」
「前髪が長いのもかわいい! でも髪を上げるのと、かっこいいと思うなあ!」
廊下から黄色い悲鳴があがっていた。
そこには、ニチカ目当ての生徒が集まって、出待ちをしていたのだ。
(うう……恥ずかしい……なんでここまで注目されることに)
ニチカはあまり教室の外を見ないようにして、机に座った。始業のチャイムが鳴ると、生徒たちは自分のクラスに戻っていった。
「皆さん〜ホームルームを始めますよ〜静かにして下さいね〜」
「ケイ先生、今日もかわいい!」
「うふふ〜みんなありがとね〜」
新人教員である、担任の椎名先生がおっとりした雰囲気で連絡事項を伝え始める。
その間に、ニチカはここ最近の騒がしい日々を思い出していた。
ニチカがこれほどまでの注目を浴びるようになったのは、もちろん人工衛星墜落事件を解決したからである。
円卓学園を覆う巨大な屋根を、ニチカが作っていた瞬間を目撃されていたことから、ニチカが人工衛星から学園を守ったというニュースはあっという間に学園中に広まってしまったのである。
その結果、ニチカは学園を救った救世主と呼ばれるようになっていた。
「旭さんのおかげで、新入生歓迎コンサートが中止にならずにすんだよ! 本当にありがとう!」
「墜落予測地点が、僕のマンションだったらしいんだ! だから旭さんは、僕の命の恩人だ!」
こんな感じで、熱烈な感謝を毎日のように受けるようになり、ニチカは困惑しながらも、その感謝の気持ちに、ぎこちなく手を振ったり、求められた握手に応じたりした。
小柄で地味な雰囲気のニチカが大仕事をやり遂げて、なおかつ謙虚というという、ギャップが良かったのだろう。いつのまにか熱烈なファンも現れ、連日のようにサインや握手を求められるようになり、ついには普通の登校ができなくなってしまっているのである。
(せっかく"前の生活"からおさらばしたのに、このままだと、"普通で平穏な生活"なんて送れないよ〜! 何か策を打たないと!)
ニチカは、前の机から手元に回ってきたプリントを見る。
『部活動・委員会の仮入部期間のお知らせ』
入学から一週間が経ち、部活動やその他の委員会の活動を新入生が体験できる時期がやってきた。
円卓学園は、スポーツや芸術活動に至るまで、全てで圧倒的な結果を残している。
だが本格的な活動を行う団体もあれば、ゆるい雰囲気の活動をする部活もあると、ニチカは聞いていた。
(何か楽しい雰囲気の部活に入ろう! 優しい先輩や、気の合う同級生と出会って、放課後を楽しい時間にするんだ!)
家の外に出ると注目を浴びて人だかりができてしまうので、この一週間、授業が終わったら家に引きこもらざるを得なかった。そんな生活を、ニチカは変えようと思ったのだ。
「私は、最高の放課後を過ごすんだ――――」
「1年B組、旭ニチカさん。至急学園長室へ向かって下さい。学園長がお待ちです」
しかし、その思いを打ち消すかのように、不穏な校内アナウンスがニチカに届くのだった。
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