第6話

「君に部屋を用意した。好きに使ってくれ」

 学園長室の椅子でノートパソコンを眺める学園長は、低い声で、ニチカに説明する。

「え? 部屋ですか?」

「君は円卓学園の女王だろう? 王となった者は、円卓クラブを発足し、部長となるのだ。ちなみに、部活の兼務は校則で禁止されている。円卓クラブに注力するように」

「ちょちょちょちょっと待ってください! そんなの聞いて無いです! 私、部活に入ろうと思ってたんですよ!」

 ニチカは、考えていた全てのことが、無意味になりそうだったので、すぐにストップをかけた。

「王は、常に円卓学園の平和のために注力するのが務めだろう。部活には入れないぞ」

「そんなこと言ってなかったですよね!? なんでこんな大事なこと、最初に詳しく教えてくれなかったんですか!?」

 学園長に騙されたような気がして、ニチカは泣きそうになった。

 すると学園長は立ち上がり、部屋を出て行こうとする。

「とにかく、ついてきたまえ」

 どうやら、学園長はニチカの話を聞くつもりはないらしい。

(これまでの生活より大変なことは無いと思ってたけど、この学園での生活も、酷すぎるよ!)

 自分の思い通りの学園生活とは程遠い現状に、ニチカは本当に泣きそうになっていた。

 早足で廊下へ出ていった学園長を、ニチカはうなだれながら仕方なく追いかける。

 学園長室は、職員室といった先生たちが集まる管理棟の中にある。ちなみに管理棟は12階建て。

 学園長は、エレベーターに乗り込む。それに遅れないようにニチカも入り込んだ。

「部屋への行き方を教える。君はエクスカリバー・ブックを使えば、すぐにでも入室可能だろうが、他の人はそうはいかない。誰に教えるかは君の判断で頼む」

 そして、1階、2階、3階、4階、5階、と、どんどんボタンを押していく。

 この場所は11階。一体どこへ向かうのだろう?

 ニチカは疑問に思った。

 全てのボタンを押し終わると、ボタンが点滅し始める。それを再度学園長が押すと、エレベーターは上へと進み始めた。

 最上階の12階へとたどり着いたが、エレベーターは止まる気配がない。

「……屋上ですか?」

「違う。屋上と12階の間。つまり13階に隠し部屋はある」

 そしてエレベータが止まる。その先は、薄暗い空間が広がっている。

 まだお昼だというのに、陽の光が全く入ってきていないせいで、夜のようだ。

 学園長は、エレベーター横に手を伸ばし、大きなレバーを引いた。

 ガチャンと大きな音がすると、空調が動き出し、天窓のカーテンが開いて、さらに頭上の照明がついて部屋が明るくなった。

「うわぁ……!」

 ニチカは思わず声を漏らしてしまった。

 その場所は、教室一つぶんはありそうな、広い空間だった。

 白い壁と、太陽の光が差し込んでくる小さな天窓。そしてその真ん中に、丸い机が置いてある。

 その机はとてつもなく大きく、机を一周するように椅子が置いてあるのだが、13個も備え付けられていた。

 まさにそこあったのは、円卓であった。

「かつての円卓の王やその仲間たちが秘密裏に話し合ったり、親交を深めあった、彼らのための部屋。それがこの――――円卓ルームだ。円卓の王と呼ばれた生徒は、学園を守る役目を担っている。当然、すぐに解決できないものもある。一人では解決できないものもある。だからこそ、拠点となる落ち着いた部屋が必要だった。それがこの場所だ」

 学園長は、ニチカに向き直り、さらに説明を続ける。

「もちろん事件がない時間もある。その時は仲間たちと親交を深めていた。この部屋の備品は、かつての円卓クラブのメンバーが残していったものだ」

 ニチカは部屋の四方を見直す。そこにはラック式の棚にいくつもの本や、テーブルゲームの箱が収められていた。天井には大きなプロジェクターが設置されており、壁にはピコピコと光るWi-Fiも設置されている。

 おそらく、この学園内の、どの部室や委員会室よりも設備が整っているように、ニチカは思えた。

「この部屋は、君が円卓学園の女王を辞めるまで、君が管理するんだ」

 それを聞いて、ニチカの最悪だった気分が、霧が消えていくように晴れやかなものになった。

(なんだか秘密基地みたいでワクワクしてきたかも……)

 自分から部活に入ることはできない。

 だが、よくよく聞いてみると、この素敵な部屋で、好きなように過ごすことができるということなので、逆にこれはこれでいいことかもしれないと、ニチカは思い始めていた。

「君が認めた生徒を、この場所へ呼びたまえ。この場所に集う者たちは――――円卓クラブとなる。もちろん君一人で活動してもいいが、仲間は多い方がいい。君にはできないことが、できるようになるからだ」

 ニチカは空席の円卓机を見つめる。

 こんな立派な部屋に、人が集まれば、賑やかで楽しいだろうなと思った。それに、トラブル解決も、みんなでやれば、ちょっと楽しそうかもと思えてきていた。

「さて、これで説明は終わりだ。部屋から退出する時はちゃんと電源を切ること」

 そう言って、エレベーターに乗り込み、そのまま去っていった。

 残されたのは、沈黙。

 まだ円卓クラブは、ニチカ一人だけ。

 仲間を増やさないと、ひとりぼっちのまま。

 それは、つまらない。

「うーん……勧誘か。アテなんて全然ないけど、どうしよう」

「そんなことはないでしょ?」

「いやいや私、友達ほとんどいないし……って、え!?」

 ニチカはびっくりして飛び上がりそうになる。

 突然、ニチカの横に現れたのは、おおらかな笑顔を浮かべる少年――――雁夜ハートだった。

 ハートは、ご存じの通り、先日の人工衛星墜落事件の解決に貢献したニチカの幼なじみである。

 ちなみに、元々広く顔が知れ渡っているため、入学式以降、注目の新入生として、どこへ行っても人だかりを作る有名人となっていた。

 そんな彼は、いつも通りの笑顔で、ニチカを見つめていた。

「どうしてここにいるの!?」

「そんなの一つさ。円卓クラブに入りたいからだよ」

 ハートは自然な口調でそう願い出た。

「じゃあ、私に協力してくれるってこと!? 部活に入らない気なの!?」

 円卓学園には、ハートの得意なマジックに関係する手品部も存在しており、数々の大会で表彰を受けたり、海外で公演を行うほどの名門部活でもある。

 当然ハートもそこに入って活躍するものだと、ニチカは思っていたのだ。

「手品はいつでもできるからね。それより僕は、円卓クラブの方に興味があるんだ」

 白い歯を見せながら、ハートは笑った。

 するとハートが右手をくるりとひねる。その瞬間、パンと天井から花吹雪が舞い降りた。

 タネも仕掛けもないような状況から繰り出されたので、ニチカは目を丸くした。

 ハートのマジックのタネは、いつもニチカには分からない。まるで魔法のように思えてしまうものばかりだ。

「人工衛星の落下というとんでもない事件を、僕とニチカで解決した。ニチカは早速事件を解決して注目されているけど、僕はこれからもっともっとニチカは大きな事件に巻き込まれていくと思ってる。何せここはただの学園ではないからね。そんなニチカを、僕はサポートしたい。サポートしてニチカの活躍を、もっともっと学園中に轟かせたいんだ」

「待って! ハートは、私がしたいことって知ってるよね!? 私、平穏で楽しい生活を送りたいんですけど!?」

 ハートはニチカがこれまでの海外生活を断ち切るために円卓学園の受験に臨んだことを知っている。それを踏まえて協力してくれているものだとニチカは思っていた。

「でも、女王としての活動を全うできないと、退学になっちゃうんでしょ? それなら、頑張らないと、この学校で生活することすら、できなくなっちゃうんだよ」

 ハートが言うことは、確かにその通りである。ニチカには、女王として頑張る必要があるのだ。

「"ルビーの女王"と呼ばれるのが嫌なんだよね? なら、そう言われないように、代わりに"円卓学園の女王"という肩書を広めればいいってことだよ。僕が君を、円卓学園の女王に押し上げる。その結果、ニチカは平穏な学園生活を手に入れることができるというわけさ」

「うう……その目は、本気で考えているってことだよね?」

「もちろん」

 ニチカは、ハートが決めたことを曲げない頑固者であることを知っている。そして、それを成し遂げるほどの優秀な力を持っていることも知っていた。

「そう言われたら、私はもう、何も言えないよ」

 色々思うところはあるが、ハートが仲間になってくれるのは、ニチカにとって、嬉しいことに変わりはなかった。

 ハートの、何もないはずの両手にトランプカードが華麗に現れる。トランプの絵柄はハートのエースであった。

「改めて、よろしくね」

「……よろしく。でも、ちょっと話し合おうね!」

 円卓クラブはこうして、クールで、頼もしすぎる仲間が加わったのだった。

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