第7話
ハートとニチカは、その日の授業を受け、再び円卓ルームに戻ってきた。
「と言っても、何をすればいいのかな?」
二人体制で始まった円卓クラブであるが、そもそも何か事件やトラブルが起きているわけではない。
「大丈夫。この一週間で、僕が色々準備しておいたから」
「……準備?」
「早速、広報活動をしてみようよ。教室棟の最上階への通路を作ってくれるかな?」
するとハートは立ち上がり、ニチカにエクスカリバー・ブックへの書き込みを依頼する。
ニチカは円卓ルームと教室棟への道を作り、二人で移動する。
学園の教室棟の廊下は、中庭に向かってガラス張りとなっており、中庭は空に向かって吹き抜けている。
ガラスには、ところどころ窓が設置されており、ニチカが下を覗くと、各階の廊下や中庭で、多くの生徒が思い思いの時間を過ごしているのが見えた。
見晴らしがいいため、生徒会長選挙の時期になると、この最上階の窓から候補者が演説をするとニチカは聞いたことがあった。
「ここなら、多くの人に聞こえるから、何かを宣伝するにはちょうどいいと思わない?」
「? どういうこと?」
ハートはそう言うと、どこからともなく取り出したスピーカーを窓の外に向けた。
「皆さんこんにちは。円卓クラブです」
(っていきなり始めるの!?)
ニチカが止める間もなく、ハートは透き通るような声を使って、注目を集める。
「雁夜ハートだ! 新入生の注目生徒の一人だぞ!」
「女王の幼なじみって聞いたことあるけど、本当に仲良いんだね」
「雰囲気はあまり似てないけど、お似合いの二人だよね!」
(うぅ……なんだか色々言われて、恥ずかしいような)
生徒たちの声から隠れたくなったニチカは、下から見えないように一歩だけ後ろへ下がった。
「ほら。見える位置に立たないと、宣伝にならないよ」
「そもそも宣伝って何をするの? 説明してよ!」
「まあまあニチカは、こうやって立ってくれれば今回は大丈夫だよ」
ハートがニチカの背中に手を添えて、ちょこんと押す。ニチカは思わず「ひゃっ!」と声を出してしまった。
ニチカの声を気にせずに、ハートは下を覗いている。そんな慣れた雰囲気に、ニチカはなぜだかドキドキしてしまうのであった。
(ハートって、女の子に慣れてるよね。でも誰かと付き合ってるっていう話は聞かないし、好きな人とかいないのかな?)
まだ好きな人ができたことのないニチカは、涼しげなハートの横顔をじっと観察する。
一方ハートは、ニチカの視線に気づいていないかのように、眼下の生徒たちに向けて口を開いた。
「早速ですが、皆さんにお知らせがあります。円卓クラブでは、先日の人工衛星墜落事件のように、学園内のトラブル解決に取り組んでいきます。そもそも円卓クラブとは、このエクスカリバー・ブックを持つ旭ニチカを中心に、彼女のサポートを行う集団です」
ハートの説明に、生徒たちは口々に話し合う。
「去年の12月まで、円卓クラブってあったよね?」
「確か転校しちゃって、それ以降は活動していなかったはずだよ」
「ということは、また新しく頑張ってくれるってことなんだな」
円卓クラブの活動について、生徒たちは理解をしてくれたようである。
(確かに、私たちが何者なのかを学園中に知らせないといけないよね!)
ニチカは、ハートがなぜこのようなことをしているのかようやく分かった気がした。
「さて、そんな円卓クラブでは、お悩みや困りごとをすぐに解決するために、投稿フォームをインターネット上に公開しました。そちらにご連絡いただければ、人工衛星墜落事件を華麗に解決した、円卓学園の女王である旭ニチカと、ブルーマジシャンこと雁夜ハートが解決します」
ニチカは、なるほどと呟いた。
困りごとのある人が、依頼を持ってきてくれれば、すぐに円卓学園内のトラブルを解決できる。これは、とても効率的な方法だと思ったのだ。
「おーい! どこにその投稿フォームはあるんだよ! 教えてくれないと連絡できないぞ!」
すると下の階から、ハートに向かってヤジが飛んでくる。
ハートは表情を全く変えることなく、冷静な口調で答える。
「それは、みなさんの"胸"に聞いてほしいですね」
「はぁ?」
その返答に、誰もが首をかしげていた。
ニチカもハートが何を言っているのか分からなかった。
「あっ!?」
だが、どこからか、びっくりしたかのような声が届いた。
見ると中庭に立つ男子生徒が、胸の辺りに手を置いていた。
その男子生徒の制服の胸ポケットに、紙が折りたたまれて入っていたのだ。
それを見て、周囲の生徒たちが胸に手を伸ばす。
なんと、その場にいた全員の胸ポケットに、紙が折りたたまれて入っていた。
「これってQRコード? まさか、ここから投稿できるの!?」
そう。ハートは生徒たちに投稿フォームに直接飛ぶことができるQRコードを、いつのまにか配布していたのである。
「さっきまで、何もなかったのに、いつの間に!?」
「これが、ブルーマジシャンの力なのか!?」
「すごい……かっこいい!」
そして、階下に向かって、ハートは微笑んだ。
「この通り、全員に僕から案内させていただきました。困ったことがあれば、クールにさりげなく解決させていただきます」
ですが――――
「嘘の依頼といったイタズラをする人がいたら、僕がお仕置きしちゃうかもしれません」
誰も気づかないうちに、チラシを配布するハートが言うと、冗談には思えなかった。
「怖い……」
ニチカは、プルプルと震える。
「それは僕のことかい?」
「ひい! そ、そんなわけないじゃないですか〜あはは!」
「フフフ〜だよね〜」
ハートに聞かれているとは思っていなかったニチカだったが、なんとか誤魔化せたようである。
ニチカは、円卓クラブを仲良く続けていくためにも、ハートだけは怒らせないようにしなきゃと心に決めたのであった。
「おや、早速依頼がきているみたいだよ」
学園内のカフェテリアに移動した二人は、ハートのパソコン画面で、投稿フォームの中身を確認していた。
『円卓クラブ――――女王と天才マジシャンが学園のトラブルや困り事を解決します。依頼はこちらから』
ホームページのしっかりした作りに、ニチカは再び感心した。
これを数時間で作れるわけがない。ハートは地道に作っていたはずだ。
「色々とありがとう。全部任せちゃったね」
「気にしないで。僕が好きでやってるんだからさ」
ニチカには、用意周到なハートが、なんだか執事や秘書のように思えてきた。
「ハートって、マジシャンじゃなかったら、将来はどこかの政治家の秘書さんでもなってそうだよね」
「秘書? ニチカは、政治家になるつもりなのかい?」
「私はそんな大きな野望なんてないよ。この後出会う、名前も知らない、他の誰かさんのこと」
「…………」
するとハートは、ニチカにぐっと顔を近づけてきた。
「えっ……?」
長いまつ毛がはっきり見えるほどの近距離に、ニチカは息が止まるような気がした。
「勘違いしないで。僕は他の誰でもなく、ニチカをサポートしたいんだよ。他の誰かだなんて、寂しいじゃないか」
ハートは、少しだけ悲しげな顔をする。
「ニチカは、僕と初めて出会った時のこと覚えてる?」
「……えっと、河原でトランプカードを拾った時だったような」
小学2年生の冬。ニチカは、河原の枯れ草の上で、何かを探す泣き顔の少年を見つけた。少年は両親からプレゼントされたトランプカードを風で飛ばされてしまって、必死に拾い集めていたのだと言う。それをニチカが手伝って、全種類のカードを回収したところ、その日以降、少年は「困ったことがあったら今度は僕が助けるよ」と言ってニチカをサポートしてくれるようになったのだ。
これがニチカとハートの出会いであった。
「僕はあの時、ニチカの優しさに心を打たれたんだ。だから僕もニチカに優しさを渡したいと思っているし、まだまだ渡し足りないと思っているんだよ」
ハートの目元が少し濡れているような気がした。いつもはポーカーフェイスだというのに、昔の泣き虫のころの目元にそっくりだった。
「……そんな目しないでよ。私だって、ハートがいなくなったら困るんだからさ」
ニチカは必死にハートの表情が崩れないように、なだめる。実際、ハートが隣にいてくれたら百人力である。力になると言ってくれる人がいるのは、ニチカとしても嬉しかった。
「……相変わらず、鈍いんだから。まあいいや。時間はまだまだあるわけだし、ゆっくり付き合わせてもらうよ」
ハートは少しだけ口を尖らせたが、すぐに、表情をいつも通りの穏やかな笑みに戻した。
「それより、依頼を確認しようよ」
「あっ! そうだった!」
ニチカは我に帰って、パソコン画面を注視する。
投稿フォームに届いた依頼メッセージが、通知として画面に表示されている。
通知は一件。これが最初の依頼である。
何が起きるわけでもないのに、ニチカはドキドキしてしまっていた。
肝心のメールの件名は――――。
『果たし状! 旭ニチカ! あなたに決闘を申し込みます!』
「――――果し状? ハタシジョウ?」
ニチカの思考が停止する。
「果し状って、まさか決闘? ふうん。面白いイタズラをしてくる人もいるんだね」
ハートのいつもより低い声色に、ニチカは我に変える。
やばい! ハート、怒ってる!
ハートは画面をスクロールして、続きを確認しようとする。
果し状は、こう続いた。
『あなたが持つエクスカリバー・ブックをかけて、決闘をしましょう。あなたよりも円卓の王に相応しい者が誰か、証明するつもりです。時間や場所は、そちらの都合に合わせます。あなたの伝説は、ここで終わりです。なぜなら、このホームページに集められた依頼は、あなた方に届かずに、わたくしの元へ届くように、システム変更しているのですからね――――岩上院ダイヤ』
もはや脅迫のような内容に、ニチカは恐怖というより困惑していた。
この相手と関わってはいけないのではないか。ついでに怒ってるハートにお仕置きされないように、向こうもこちらに関わらない方がいいのではないかと思った。
「……まさか、この依頼メール、あの快活発明家お嬢様から来ているのかな?」
一方のハートは、どうやら末尾に書かれている差出人の名前を見て、ピンときているようだった。
ニチカは視線で解説を求める。
「僕たちと同学年で、世界的財閥――――岩上院グループ会長の孫だよ。今年の新入生の、有名人の一人だね」
ニチカは、ファンの追っかけを避ける生活をしていたせいで、同級生たちと話す機会がほとんど無く、学園内の情報を全く知ることがないままであった。
なんだか情報格差が広がっているようで、ニチカはショックを受けた。
「そんな岩上院さんが、私に決闘なんてどういうことなのかな?」
ニチカは、知らぬ間に恨みを持たれるようなことをしてしまったんじゃないかと思って、不安になってしまった。
「依頼を横取りするなんて、これは中々悪質だよ。動機も目的も全く分からないし、これは直接話を聞きに行くのが良さそうだね」
「ふぇ?」
すると、ハートは、依頼メッセージへの返信をキーボードで打ち込んでいく。
『詳しく話を聞きたいです。これから、円卓学園の海浜公園で会いませんか?』
「送信っと」
「えええええええ!? 会うって、本気!?」
ニチカは、げんなりした。
ニチカにとって、岩上院ダイヤは、会ったこともない相手に物騒なことを言ってくる子、という印象だ。
面と向かったら、何をしてくるか分からないので、ニチカは関わりたくないというのが本音であった。
「危険な感じなら、僕が止める。それに、もしかしたら、何か困りごとがあるかもしれない。まあ、イタズラなら、さっき言ったように、僕が許さない、ニチカは安心して」
ハートはニチカに向けて、いつも以上の穏やかな笑みを浮かべた。
ニチカは、色々な意味で、危険な匂いを感じたのだった。
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