第8話
返信してすぐに、「承知しました。お待ちしております。岩上院ダイヤ」と連絡が入った。
それを見て、ハートはスタスタと集合場所へ向かい始める。その後ろを、ニチカは恐る恐るついていく。
校舎の近隣の海辺に作られた海浜公園は、東京湾や対岸の街並みが望める、学園生徒憩いの場所である。
この日もベンチで本を読んだり、コートでバスケットボールをする生徒の姿がある。
穏やかな海風が吹く中、ニチカたちの目当ての人物が、沿岸の通路に立っていた。
ニチカが驚いたのは、その髪。
束ねているが、背中にカールした長髪は、まるで絹のように輝いている。普通に手入れしても、あれほどのツヤはだせないだろう。
ニチカは、髪質が硬くて、手入れしてもすぐに癖づいてしまうため、羨ましいと思ってしまった。
身につけているローファーも、しっかり磨かれて輝いている。体つきも、どこか大人っぽい。
まさにお嬢様という感じの、気品のある立ち姿に思えた。
「初めまして女王様。名乗らなくてもご存じかと思いますが、わたくしが、1年A組の岩上院ダイヤですわ」
ダイヤは、ハキハキした口調でこう言うと、ニヤリと笑った。
先ほどの文章とは違った、あまりにもかしこまった喋り方である。ニチカはこんな喋り方をする人物を、漫画やアニメでしか見たことがなかった。
「要件はひとつですわ。そのエクスカリバー・ブックをかけて、わたくしと決闘をしてくださいませ」
「…………」
冗談ではなく、本気の口調だ。ニチカは無言のまま身構える。
一方のダイヤは、ニチカの様子を見て、口元を抑えて笑った。
「当然、譲る気は無いという表情ですわね」
(違います! そうじゃないです!)
ニチカはただ、緊張で固くなっているだけだった。
ニチカが否定する暇もなく、ダイヤは続ける。
「ルールはひとつ。そのエクスカリバー・ブックを奪うか、守りきるかということにしませんか? 聞くに、その本はあなたが手放すことを宣言しないと、他の人間は手に取ることができないのですよね? でしたら、わたくしがあなたから降参の言葉を引き出して差し上げますわ!」
すると、これまで静観していたハートが、ダイヤの前に一歩進み出た。
「……あのさ、流石に強引すぎない? 黙って聞いていたけど、あまりにも自分勝手すぎるでしょ」
ハートは低い声でダイヤを牽制する。口元は笑っているが、目は全く笑っていなかった。
「あら、雁夜ハート君。ご機嫌よう。あなたのお噂は聞いてますわ」
「僕は知らなかったよ。岩上院さんが、こんなにも自己中心的な人だったなんてね。そんなに円卓学園の王になりたいの?」
「ええそうですわ。わたくしは、世界に輝く岩上院グループの令嬢。優秀な生徒たちが集まった円卓学園のトップに、誰よりも相応しいと思いませんこと?」
ハートは呆れて何も言えないようだった。ニチカもダイヤの動向を見守る。
「そちらの、地味で栄養失調気味の裏口入学者に代わって、わたくしが王となったら、雁夜さん、あなたを今以上に素晴らしい付き人にしてさしあげましょう」
「そんなのごめんだね。僕はニチカを王として認めているんだ。それに、人を見た目で馬鹿にするような奴は、人の上には立てないよ」
「そうですか。嫌なら仕方ありませんね。わたくしの下で働けるなんて、とても幸せなことなのに」
最後まで、ダイヤは身勝手で、自惚れた言葉を並べるのであった。
「さて、ご挨拶はここまでですわ」
すると、ダイヤは足元に置いていた、大きなジュラルミンケースを開けた。
そこから現れたのは、不思議な道具たち。
羽が生えたようなローラシューズ、不思議な色のロープ、そして手袋に装着されたマジックハンド。
「ニチカ、気をつけて。見たところ、アレが噂の、岩上院さんの発明品みたいだから」
ハートは、ニチカに小声でささやいた。
「岩上院さんは、財閥の豊富な資金力で、数々の発明品を作り出しているんだ。すでに特許をいくつも獲得していて、発明家お嬢様として、世界的に有名なんだよ」
「ええええええええ!? そうなの!?」
ニチカは、目の前にいるのが、ただのお嬢様ではないことをようやく理解した。
というか、そういうのは早めに教えて欲しいと思った。
「では、ご期待通りにお見せしましょう。これこそ、わたくしが世に送り出す、岩上院スペシャルの発明品! わたくしの豊かな発想力がなければ、この世に生まれなかったワンダフル・ツールですわ!」
ニチカの背中をすーっと冷や汗が伝っていく。
嫌な予感がした。
(ああ、今すぐ帰りたいよ〜!)
そんなニチカの思いは、当然ダイヤには伝わっていない。
「さて、最後に確認させていただきますわ。わたくしの決闘受けて下さいます?」
「…………」
ニチカは、緊張で声が出なかった。
「答えは沈黙。沈黙は肯定。さあ決闘開始ですわ!」
話を聞く気が全く無いダイヤは、言うや否やニチカに突進してくる。そのスピードがとんでもない。
いつのまにかダイヤは、先ほど取り出したローラシューズに履き替えており、それがとんでもないスピードを生んでいるのだ。
「岩上院印のジェットブーツ! 空気の力で超加速して、このまま押さえ込んでやりますわ!」
発明家お嬢様は、ニチカが思っていたよりもさらに強硬手段をとってきたのだった。
「ひいいいいいいい!!」
ニチカは、反射的にしゃがみこむ。
ダイヤはニチカの上を通過して、反対方向に生えている街路樹に、思い切り突っ込んだ。
無事では済まないだろうとニチカは思っていたが、土煙の中から、ダイヤがぴょんと飛び出てきて地面に着地した。
うまく木を蹴って勢いを小さくしたらしい。だが、突進の勢いが強かったのか、ぶつかった木は、幹からバキバキと折れてしまった。
「さすが女王様ですわね。わたくしの突進を見切っていたのかしら?」
(違います。足が動かなかっただけです。本当勘弁してください。というか、あのままぶつかってたら、私、学園からおさらばじゃなくて、この世からおさらばなんですけどっ!?)
ニチカは、心の中で叫んだ。
すると、ハートがニチカとダイヤの間に立った。
「危険すぎる! やめるんだ! 岩上院ダイヤ!」
ハートは制服の胸元から何かを取り出そうとする。ダイヤの動きを止めようと、手品道具を出そうとしたのだ。
「うるさいですわね。あなたには、関係ないですわ」
だが、それよりも先にダイヤが手に持っていたカラフルなロープをハートに投げこんだ。
ハートは、ロープにぶつかると、いつのまにかぐるぐると縛られてしまった。
「くっ! 動けない!」
足元まで縛られたハートは身動きが取れず、膝から崩れ落ちた。
「ハート!!」
「これで邪魔は無くなりました。さあ、正々堂々とした決闘を再開しましょう!」
再び、ダイヤはニチカに向かって突進しようと、膝を折り曲げて力をためる。
「……ハートがやられちゃったら、私、逃げるしかないよ!」
ニチカは一目散にダイヤに背を向けて、海浜公園から抜け出そうとする。そして、ダイヤの直線上に立たないように、近くの茂みの合間を沿って走る。そして、建物の影に入りこんだ。
「さあ勝負ですわ! 騒ぎが大きくなる前に、あなたから本を奪い取ればわたくしの勝ち、奪い取れないのならわたくしの負けですわね!」
ダイヤは騒ぎを大きくしてでも、ニチカからエクスカリバー・ブックを奪い取るつもりらしい。
「おいみんな! 女王と発明家お嬢様が、エクスカリバー・ブックをかけて決闘してるらしいぞ!」
「なにそれ面白そう!」
「女王ちゃんが心配だけど、発明家お嬢様が女王になっても楽しそうだね!」
「とにかく見に行こうぜ!」
騒ぎを聞きつけた円卓学園の生徒たちは、ニチカとダイヤの追いかけっこを確認すると、大歓声を湧き起こして見守り始める。
そんな騒ぎの中を、ニチカは泣きたい気分で走り抜けた。
「エ、エクスカリバー・ブック! 5秒間だけカフェテリアの横道から北部マンション団地への道を繋いでくださいいいいいいい!」
ニチカはエクスカリバー・ブックに書き込みを行い、逃げ込む通路を作り出す。
これで、ニチカは、一気に島の反対側へ移動することに成功したのだった。
島を横断するためには、歩いて1時間はかかる。これならばダイヤから逃げ切れるとニチカは思った。
――――ブロロロロロロロロロロロロロ!
「え? なんですか? この鳥肌が立つような嫌な予感は!?」
遠くから何かが聞こえてくるような気がして、ニチカが頭上へ視線を向けると、空に小さな赤い点が見えた。
ピコピコと点滅するそれは、カメラであった。それがいくつも空に並んでいる。
「隠れたところで、無駄ですわ! 岩上院印のドローン軍団がいれば、あなたの居場所は筒抜けですのよ! そして、どこへ逃げても、わたくしがジェットブーツを使って数分で追い込んでみせますの!」
ドローンのスピーカーから、自信満々なダイヤの声がニチカの耳に届く。
「…………さあて、この辺りでしょうか」
すると、今度はダイヤの声が近くから聞こえた。
「もうここまで来たの!?」
ニチカはとっさに、屋根つきの自転車置き場の下に隠れる。
「うう……このままだとすぐに捕まっちゃうよ!」
ニチカにも体力の限界がある。このペースで追いつかれてしまっては、学園中を移動しても、意味がないとニチカは直感した。
まさに、絶体絶命である。
「……ここで本を奪われたら、私の学園生活が終わっちゃう。協力してくれるって言ってくれた、ハートの思いも無駄になっちゃう」
ニチカは目を閉じて考えた。
「円卓クラブを守るためにも、こうなったら、もうあの手を使うしかない……!」
ニチカは、ダイヤから逃げ切るために、最終手段を使うことを決めた。
それは、ニチカが隠しておきたい、とっておきの力であった。
ニチカは、制服のポケットに手を入れる。そこには、カチュームがあった。赤い装飾のついた綺麗なカチュームである。
そのカチュームで髪をまとめる。いつもは左目を隠している前髪が背中側に流れる。
そして、ニチカの顔がしっかりとあらわになった。
ニチカの左目が、光を反射する。その目の色は、わずかに紅色の輝きを放っていた。
「……岩上院さん。私にも訳があるの。この封印した力で、強引にでも止めさせてもらうからね!」
ニチカは早足で動き始めた。
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