第4話
「そうと決まれば、早速今日から君が住む場所を用意しよう。好みの間取りはあるか?」
「え? 今日から!?」
「円卓学園を制御できる者が、この学園の中にいないなんておかしいだろう? 面倒な手続きは、私たちの方で全て済ませておく。君は、今日から、円卓学園の住民だ」
そこからの展開は、ニチカにとって、あまりにも速いものだった。
学園に用意された、一人で住むには広すぎる2LDKのマンションの最上階に入居して、小学校生活の残りの授業をオンラインで受け始めた。
家族とはテレビ通話で、合格したことと、円卓学園内に引っ越したことをすぐに伝えたが、特に驚いていないようで、「せっかく合格したんだから、学園生活を楽しんでね。でも、いつでもこっちに戻ってきていいからね。色々な人が悲しんでるみたいだからさ」と笑顔で見送ってくれた。
自分から望んでいたわけだが、これでしばらくの間は、家族と会えないのだと思うと、少々寂しい気持ちがあった。
だが、その直後に円卓学園からダンボール10箱分の入学前課題が送られてきたのを見て、何も考えられなくなった。
「円卓学園……入学前からおそるべし……」
数ヶ月の間、課題に追われ、小学校の卒業式にオンラインで参加した果てに、ついに円卓学園の入学式の日がやってきた。
課題を前日の夜になんとか終わらせたニチカは、満面の笑顔だった。
「明日からは、めいっぱい学園生活を楽もう! 友達もいっぱい作って、楽しそうな部活にも入って、いっぱい思い出をつくろう!」
そんな思いで眠りについた。
だが――――!
「人工衛星墜落まで残り8分! 生徒は学外へ避難してください!」
そんなアナウンスが、学園中に鳴り響いている。通路には生徒たちが押し寄せ、モノレール駅に向かって全力で走っている。
まるで、地球最後の日である。
ニチカは、自分がまだ夢を見ているのだと思いたかった。
「…………頬をつねると痛い。やっぱり、夢じゃない!」
立っている学園の屋上から、空を見上げる。
何も見えないが、この空の先から、危険物が円卓学園に押し寄せていた。
なんでも、円卓学園の入学試験に落ちてしまった少年が、逆恨みで海外のハッカーに依頼して人工衛星の操作を乗っ取り、この学園に向けて人工衛星を落下させているとのことだ。
少年やハッカーは確保されたが、最悪なことに、すでに落下態勢にある人工衛星を止める方法はないらしい。
「ああ……私の学園生活、これで終わりなんですかね」
ニチカは、ため息をつく。
ニチカには、人工衛星の落下を止める特技など無い。
ただ、このままでは、学園の施設が木っ端微塵になってしまうことだけは、なんとなく分かっていた。
「終わりなわけないだろう?」
ニチカの背後に学園長が現れる。
先ほどまで、教員や生徒たちに指示を出して、生徒たちの避難誘導を行なっていたのだが、ニチカの元へ戻ってきたらしい。
避難していないのは、ニチカと学園長だけになっていた。
「君が持つ、エクスカリバー・ブックを使うんだ。その本を使って、学園を守る時が来たんだ」
学園長はニチカを奮い立たせる。
ニチカは泣きたい気持ちで、最後の確認をする。
「本当に、私が人工衛星を止めるんですか? 警察とかは来ないんですか?」
「この学園は警察に至るまで、立ち入りを可能な限り禁じている。学園の生徒たちだけで、物事を解決して成長してほしいという、学園の教育方針によるものだ」
「人工衛星の落下も生徒で止めるんですか!?」
「そうだ。昔、隕石が落ちてきた時も、生徒たちの力で学園を守った。ならば、円卓学園の生徒で、学園を守るために先頭に立つのは、君以外にいないだろう? 君は円卓学園の管理者――――つまり王様。責任を持って円卓学園を守るしかないのだ」
確かに、そんな教育方針であることを、ニチカは知っていた。だからこそ優秀な子供達しか入学できないとは知っていた。
でも――――!
「王様とか責任とか、そんなこと、前は言ってなかったじゃないですか〜!?」
ニチカは泣きそうな思いだった。
自分の役目はあくまで本を持っているだけ。トラブルが起きた時は、学園長や大人たちが、ニチカに指示してくれるから、先頭に立って何かをしなきゃいけないとは思っていなかったのだ。
「聞かれなかったから、答えなかっただけだ。エクスカリバー・ブックを持つということは、こういうことだ」
学園長はそう無表情で言った。悪びれた雰囲気はない。
(この人、鬼だ……!)
ニチカはさらに泣きそうになった。
「それで、どうする気だ? このまま、これからの学園生活が壊れていくのを待つのか?」
学園長は問いかける。
ニチカは、色々と言いたい気分だったが、時間も余裕もなかったので、端的に、本心を呟いた。
「……そんなの、嫌です。私は平和な日常がいいです!」
「ならばどうする?」
「人工衛星から、学園を守らなきゃいけないです!」
「ならば、エクスカリバー・ブックを開くんだ。学園の秘めた力を使って――――君が、学園を守るんだ」
学園長は拳に力を入れて、ニチカに問いかける。
ニチカは両手で握っていた本を見つめる。
「そう言われたら、やるしかないじゃないですか!」
ニチカは、分かりやすく押しに弱い女の子だった。
「エクスカリバー・ブック!」
ニチカは、手にして二ヶ月間、特に開くこともなかった本のページを、ここで初めてめくった。
中には、細かい字で何かが書かれている。日本語では無いようで、ニチカには読めなかった。
「そこには円卓学園の全てが書き込まれている。そこに文字を書き加えることで、円卓学園は姿を変える」
姿を変える、と学園長が言ったことで、ニチカはピンと来た。
「今、この学園に無いものを、書き込めば作ることができるということですか?」
「その通りだ。円卓学園は、まだ使われていない設備がある。君が望む物を書き込んで、そのシステムを起動するんだ」
ページをさらにめくると、途中から白紙のページが現れる。
ニチカはペンを手に、白紙ページに書き込んだ。
『エクスカリバー・ブック――――円卓学園を守る、屋根を作って下さい!』
すると、エクスカリバー・ブックが光を放つ。
――――ピギギッ!
その瞬間、屋上の床がゴゴゴと音を立てて動き始めた。
これまで折り畳められていたかのように、足元の床が一気に空へ広がっていく。
「なんだ!? 何が起きてるんだ!?」
「確か、数年前の雷が学園に落ちる予報があった時にも、この屋根が出てきたような……」
「あっ! 屋根の上に、女の子が!」
ざわざわと階下から生徒たちの声が聞こえるが、すぐに屋根の下に消えてしまう。
学園は屋根の下に隠れ、その上にはニチカと学園長だけが残された。
こうして、巨大なドームが、東京湾上に現れたのだ。
「すごい。一瞬でこんな屋根が作れるんだ……」
「これが、エクスカリバー・ブックの力だ。君はこの力を自在に使い、学園を守るのだ」
本に書き込むだけで、学園の形そのものを変えてしまうことができる。ニチカにとっては驚きの力であった。
「でも、このままだと、多分人工衛星を止められないみたいです……」
ニチカは冷静に現状を確認した。
屋上の屋根の厚さでは、このまま人工衛星が落下してきたら、壊れてしまうと、ニチカは推測したのだ。
「ならば、人工衛星の速度を変えたり、軌道を変える必要があるな。空中からの落下物がある場合、それを撃ち落とすこともあるらしい」
「撃ち落とすようなもの……まさか、そういうのも大丈夫なんですか?」
「試してみるといい」
学園長の様子を確認して、ニチカはすぐに、エクスカリバー・ブックに書き込んだ。
『エクスカリバー・ブック――――人工衛星を撃ち落とす大砲を、屋根の上に作って下さい!』
すると、ニチカの横に、彼女の身体よりもはるかに大きな大砲が姿を現した。
「この学園、砲台も出せるんですね!?」
大砲は空へ向かって口を開けている。ニチカが何をしなくても、勝手に照準を合わせているようで、あとは弾を発射するだけのようだ。
だが、ニチカは気づいていた。
「大砲の弾が入っていない。これじゃ撃ち落とせないです!?」
「ふむ。あくまで大砲自体は用意されているが、弾自体は現在のところ用意されていないということか。しばらく使われていなかったようだから、補充されることもなかったのだろう」
そうは言っても、大砲の弾をすぐに用意しないと、人工衛星は学園に突っ込んできてしまうことに変わりはない。
「どうすればいいの……」
「困りごとかい?」
その時、少年の声がニチカに届いた。
ゆっくりと近づいてきたのは、穏やかな笑顔を浮かべた少年。
手足の長い、整った顔立ちの少年である。
「まさか、僕のことを忘れたわけじゃ無いよね? 君の幼馴染の、雁夜ハートを」
「忘れるわけないよ……これまでの、人生の恩人を!」
雁夜ハート。ニチカとは、小学校2年生の頃からの知り合いで幼なじみである。海外での生活が長く、学校を休みがちなニチカのために、ハートは色々なことを助けてくれた。
この円卓学園の受験前に、ニチカは勉強をハートに教えてもらっていた。ハートがニチカ同様に円卓学園を受験すると聞いていたからだ。
そして、ハートも、ニチカ同様に円卓学園に合格していた。
「良かった。忘れてたら、帰っちゃおうかなと思ってた」
「忘れてないよ! 意地悪しないで!」
ニチカは色々な意味で泣きそうだった。
「意地悪なんてしてないよ。でも、本当に久々だね。会いたかったよ」
ニチカは、ハートとは、円卓学園内で過ごすようになってから、通話をすることはあったが、ずっと会ってはいなかった。数ヶ月ぶりの再会である。
「入学式で、中々大変なことをお願いされていたから、気になって来てみたけど、苦しそうな表情だね。どうしたいんだい?」
「……ハート。落ちてくる人工衛星を撃ち落としたいのに打ち上げる弾が無いの! 力を貸して!」
ニチカは藁にもすがる思いで、ハートに頼み込んだ。
「そう言うと思った。だから、もう準備済みだよ」
ハートは制服のポケットからスカーフを取りだした。それを自身の左手に被せる。そしてスカーフをめくると、そこにはバスケットボールサイズの丸い物体があった。
「もしかして、それって花火!?」
「うん。昔、屋外でショーをした時の残りだよ。やっぱり、もしもの時に色々持っておくといいね」
雁夜ハートは、普通の少年ではない。
彼は代々続く、マジシャン一家の出身であり、なおかつその中でもひときわ素晴らしい腕前を持つマジシャンであった。
何もないところから鳩を取り出すのは朝飯前で、瞬間移動もなんなくこなしてしまう、天才マジシャンなのだ。
「相変わらず、なんでもできちゃうんだね……」
「僕はマジシャンだよ。誰かを驚かせるようなことは、なんだってできる」
マジックで鍛え上げられた器用さと、まるで人の心を見透かしてるような聡明な思考力は、何度もニチカを助けてくれた。
今回も、どうやら人工衛星の落下を踏まえて、ニチカをサポートするために、色々と準備をしてくれていたらしい。
「でも、そんな大きな花火、どうやって持ち込んだの?」
学園に入る時に、危険物は全て没収されるはずである。
「フフフ」
ハートは笑うだけである。その笑顔がなんだか怖かった。
「雁夜ハート――――クールになんでもこなす天才マジシャンとして、巷では”ブルーマジシャン”とも呼ばれている。流石の腕前のようだが、後で持ち物検査をさせてもらおうか」
学園長は、感心しながらも、ハートを睨む。
「何度やっても、僕は、何も持っていませんよ」
ハートは含みのある笑顔を、学園長に向けていた。
「それより、時間がないみたいだよ」
ハートが急かすように言う。ニチカが時間を確認すると、墜落予定時間まで、あと数分に迫っていた。
ニチカは大砲の口を横に向けて、ハートに花火を入れるように仕向ける。
「頼んだよ、ニチカ」
花火を装填した大砲は、宙を向く。
大砲は自動で角度を調整して、遥か彼方の人工衛星に照準を合わせた。
「……お願いします! 学園を守ってください!」
ニチカがそう思いを込めた瞬間、大砲から花火が勢いよく発射され、空へと飛んでいった。
ォ――――――ドォォォン!!
数秒の沈黙の後、大空に、満開の花火が咲いた。
人工衛星は、花火と一緒に、木っ端微塵に消え去ったのだ。
「やった……私たち、人工衛星を撃ち落としたんだ!」
ニチカは身体から力が抜けてしまい、その場に座り込んでしまった。
明日も円卓学園での生活が続く。
それをニチカが自分で守りきった。
これまでの人生で味わったことのない気持ちが、ニチカの胸の内から溢れていた。
「あれ、なんだか涙が出てきたような……」
「それくらい嬉しかったんだね」
「確かに嬉しいけど、もうこんな大変なことはしたくないよぉ……」
「でも、どうやら学園長は許してくれそうにないみたいだよ」
ハートはフフフと笑った。
学園長は、いつも通りの真顔でニチカを見つめていた。
「旭ニチカ。この円卓学園は、特別だ。子どもたちの働きによって成り立っている。大きな問題が起きたら、生徒たちが解決しなければならない。特別な学園だからこそ、予想もできないトラブルが、生徒や学園そのものを、何度も襲うだろう。それを、君は、エクスカリバー・ブックを持つ者として、先頭となって解決しなければならない。でなければ、学園から去るしかない。覚悟はできているか?」
学園長はニチカに問う。
その顔は、ニチカにとって、悪魔か鬼のように見えた。
(私は、ただ普通に楽しい学園生活を送りたいだけなのに……ハードモードすぎませんか〜!?)
ニチカは心の中で、ガックリと落ち込んだのであった。
この人工衛星落下事件を始まりの事件として、旭ニチカは学園生徒たちに語られるような、数々の伝説を作ることになっていく。
つまり、今この瞬間から、旭ニチカの伝説は始まったのである。
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