第3話
試験会場ではなく、学園長室へ案内されたニチカは、ソファの上で、緊張に震えていた。
学園長室は、赤い絨毯が敷き詰められて、とても豪華な雰囲気を放っており、ニチカはなんだか場違いな気がして、一刻も早く立ち去りたいと思っていた。
(一体何が始まるんですか!? 本当にドッキリじゃないんですよね!?)
「ドッキリではないぞ」
「ひい!?」
ニチカの心の内を見透かすように、学園長は呟いた。
「さて、ここからは全て、本当の話だ。ちゃんと聞いて欲しい」
紅茶が入ったカップに口をつけながら、学園長は説明を始める。
「君に説明することが三つある。最初に、エクスカリバー・ブックについて説明しよう。その本は、簡単に言うと、この円卓学園の制御装置だ」
「制御装置? 車のハンドルみたいなものですか?」
「それがハンドルに見えるのは、中々の想像力の持ち主だな」
「ひいいいいい! すいません!」
遠回しに怒られているような気がして、ニチカは頭を下げた。
ボケたつもりではないのだが、ニチカには、さっぱり分からなかった。
「円卓学園は見ての通り、巨大な町だ。いくつもの施設を制御するために、多くのシステムを機械化、自動化している。そのせいで、システムが複雑に絡み合って、その制御には多くの電子装置やその装置を操作する人手が必要になる。だから、この島が作られた時に、円卓学園の設備を全て制御できる装置を用意した。その装置がなければ、防火システムも起動できないし、自動ドアのロックを外すこともできない。それが、君の持つ――――エクスカリバー・ブックの正体だ」
「そ、そんなすごいものなんですか!? どう見ても普通の本にしか見えないですけど!?」
「エクスカリバー・ブックは紙でできているが、アメリカの工科学研究所の最新技術で、アナログとデジタルを融合して作られた、ここにしか無い超精密機械だ」
「……燃えたりしないですか?」
「燃やすような者がいたら、本当に牢屋の中に入ることになるぞ」
ニチカはすぐさま膝の上に置いていたエクスカリバー・ブックを両手でしっかりと握った。
「こんな大事なもの、私が持ってちゃダメですよ! 学園長! お返しします!」
ニチカは、この本が、とても大事なものであることを理解した。
もし手違いで壊れてしまったら、どんな責任も取れないとニチカは思ったのだ。
「いや、それは君のものだ」
「なんでですか!?」
「では二つ目の説明事項。なぜ君がエクスカリバー・ブックを持たなければならないかを説明しよう」
学園長は、エクスカリバー・ブックを指差して、説明を始める。
「本来ならば、エクスカリバー・ブックに搭載されている自動制御システムだけで、学園施設を運用していくことは可能だ。君が今、何もしていなくても、学園の施設は問題なく動いている通りだ。しかし、あえて動かしていない設備もある。その設備を、必要な時に動かす者が必要なのだ。
分かると思うが、この学園のほとんどは子供たちの働きで成り立っている。エクスカリバー・ブックも、昔から円卓学園の生徒が管理してきた。先ほどまでは、前任者が転校してしまったため岩に戻され、代理自動運用されていたが、エクスカリバー・ブックを持つにふさわしい者――――つまり君が現れたことで、エクスカリバー・ブックは、岩という鞘から抜かれたのだ。ちなみに、君は98人目の管理者だ」
学園長は紅茶に口をつけて、間をあけた。
「もうひとつ疑問がわいただろう? なぜ、君が、エクスカリバー・ブックにふさわしいのか、ということだ」
ニチカは首を縦に振った。
ニチカは今日初めて円卓学園にやってきて、エクスカリバー・ブックを偶然手にしてしまっただけである。
もっと円卓学園に詳しかったり、円卓学園を実際に管理する学園長のような人がエクスカリバー・ブックを持つのが普通なんじゃないのかと、ニチカは思ったのだ。
「選ばれる基準は、知識や権威などではない。それは、円卓学園の平穏を望む気持ちだ」
「円卓学園の平穏を望む気持ち……?」
ニチカはピンとこなかった。
ニチカは、今回初めて円卓学園に来たのに、そんな気持ちを、自分が持っているとは思えなかったのだ。
「君は、それほどまでに円卓学園に入学して、平穏な生活を送りたいと思っていたということだろう。試験会場に遅刻して、どうにか間に合おうと向かっていた時の気持ちは、他の誰よりも、学園での生活を望んでいたということかもしれない。その気持ちが、先代が手放し、少しの間眠っていたエクスカリバー・ブックを目覚めさせたのだ」
学園長は表情を変えずそう言った。
(そう、なんですか……)
ニチカは、少しだけ納得できた。
確かに、楽しい学園生活のために、絶対に入学したいと思って、必死になって試験会場に向かっていた。
その時の気持ちのおかげで、エクスカリバー・ブックに認められたということなのかもしれない。
でも、そんな簡単なことで、決まっていいのかなとも思った。
そもそも自分は、円卓学園の生徒じゃないのに……。
「さて最後に、なぜ君が合格通知を受けたかを伝えよう」
学園長は立ち上がると、ニチカの胸元に手を伸ばし、エクスカリバー・ブックを掴んだ。
そのままぐっと掴んで、取り上げようとする。
「ど、どうぞご自由にお持ちください! 私、緊張して手汗が出そうなので!」
「大丈夫だ。エクスカリバー・ブックは自動乾燥機能がついている。君の手汗がすごくても、なんともない」
「い、いつも手汗がすごいわけではないですよっ! とにかく、どうぞ! ってあれ?」
だが、本はニチカの胸の中にある。学園長はしっかりと握って引っ張っているし、ニチカも力を入れているわけではないのに本は重い石のように動かないのだ。
「どうして私が本を手に取れないと思う? それは、エクスカリバー・ブックが所有者しか使えないからだ。こうやって無理やり奪おうとすると、特殊な電磁波が出て、所有者以外には力が入らなくなる。だからこそ、エクスカリバー・ブックを引き抜いた君が、本を持たなければならない。君は、円卓学園を管理するために、円卓学園の生徒になってもらわなければならないのだ」
「本を使えるのが、私だけだからということですか!?」
「そうだ。ちなみに、君が手放すことを希望した場合、本は再び岩へと戻る。だが、入学試験はすでに開始している。君はこの学園に入学することはできない。それでもいいのかい?」
「……それは、嫌です!」
ニチカは即答した。
学園長の言う通りで、本当ならば試験に遅れて不合格となるところ、偶然エクスカリバー・ブックを引き抜いたおかげで、ニチカは合格することができた。
ここで、この本を手放すのは、自分から合格通知を取り消すようなものだとニチカは思った。
とても、もったいない。
「私は、この円卓学園に入学したいです! 今までの生活とは違う、平穏で楽しい日々を送りたいんです!」
「む? つまり、あの両親とは違う道を進みたいということか?」
「そうです! もう"私の昔の呼び名"で呼ばれたくないんです! ですので、学園長も含めて、私があの両親の娘だと広めて欲しくないです!」
ニチカは、これほどまでに、海外生活には戻りたく無いのである。
「ならば、余計にその本を手放すことは無い、ということだな」
学園長は、ようやく本から手を離し、再びニチカに向き直った。
「言っておくが、君は他の入学者とは違い、入学後の生活に、ある条件が加わることになる。それは、その本を持ち、この学校を離れるまでの間、円卓学園の管理者として活動することだ。それでもいいかね?」
(……管理って具体的にどんなことをすればいいんですか?)
ニチカはそう質問しようとしたが、それよりも先に学園長が立ち上がった。
「今まで岩に刺さっていた通り、基本的な操作は自動で行ってくれる。君はその本を持って、イレギュラーが発生した時に、操作をする。それが管理者の役目だ」
そう聞くと、それほど大変ではないようにニチカは思えた。
「……分かりました。私、円卓学園に入学しますっ!」
ニチカは、学園長にそう伝えたのだった。
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