第2話

 さて、旭ニチカが、円卓学園の女王に任命され、墜落する人工衛星から学園を守るように依頼されるという、唐突な状況について、経過を遡って見ていこう。

 全ては、2月の円卓学園の入試日にまで遡る。

 ニチカは、入試会場の円卓学園に到着し、広大な敷地内を急ぎ足で進んでいた。

(試験日に飛行機が遅れるなんて、運がないよ〜!!)

 ニチカは両親の仕事の都合で、海外を飛び回る多忙な生活を送っている。そのせいで、日本に帰ってくる日程が試験直前の朝の時間になってしまい、さらに運悪く遅延が重なってしまっていたのだ。

(それにしても、試験会場まで正門から歩いて20分もかかるなんて、とんでもなく大きな学校だよね!)

 ニチカは、目線を左右に向けて、学園の様相を見つめる。

 円卓学園は、東京湾上に浮かぶ、埋め立て島を丸ごと使った学園島である。

 空港からの直通モノレールに乗ってたどり着いた近未来的な駅舎の先には、巨大な学園校舎のほかに、10000人の生徒がのびのびと暮らす学生マンションが、いくつも立ち並んでいる。

 さらに、生徒が島の外に出なくても生活ができるように、巨大ショッピングモールや、喫茶店、レストラン、数々のスポーツ施設や劇場、美術館などが、学園の施設として建てられている。

 週末には、部活動や委員会主体でのイベントがいくつも開催されており、季節ごとに開催される学園祭や体育祭、放送祭といった大型イベントは、日本一と呼ばれるほど盛大で賑やかなものになるらしい。

 ちなみに、普段この島に入ることができるのは、大規模イベントを除いて、学生や教員、一部のスタッフに限られている。

 可能な限り子供たちだけで様々なことにチャレンジして、成長していってほしいという、円卓学園の教育方針によるものだ。

 生徒会による新たな校則の設定や、風紀委員会による校則違反者の指導、放送委員会による学内限定配信といった、大人顔負けの活動をする生徒も沢山いるらしい。

 つまり、生徒たちは、他の学校の子どもたちとは全く違う、生徒主体での楽しすぎる学園生活を、島内で満喫することができるのだ。

(こんな場所で学園生活を送れたら、間違いなく最高だよね! 今まで、全然学校に行けていなかった分、これからは目一杯楽しみたいな!)

 ニチカは、冒険家の両親に連れられて海外の各地を巡っていたせいで、まともに学校に行くことができていなかった。

 そんな日常に嫌気がさしたニチカは、両親に頼み込んで、なんとか円卓学園の入学試験を受けることを許された。

「私たちの母校――――円卓学園への入学だったらいいけど、合格できなかったら、まだまだこの生活を続けてもらうよ」

 つまりニチカにとって、円卓学園への入学は、これまでの生活を一変させるチャンスなのだ。

 試験に遅刻したら、もちろん試験を受けられずに不合格である。

(私、絶対にこの学園に入りたい!)

 ニチカは通路を進むが、すでに受験者やスタッフの姿は全くない。すでに受験会場に着席しているのだろう。

「絶対に、この学園で楽しい学園生活を送るんだ! 新しくできた友達と、放課後を一緒に過ごしたり、学園行事を満喫するんだ! 絶対に……絶対に!!」

 歯を食いしばりながら、全力で走るニチカ。

 すると、突然彼女の目の前がひらけた。

 そこは、ちょっとした広間のような場所であった。その真ん中に、美術品のようなオブジェが立っている。

 ニチカの胸の高さほどの、ゴツゴツした岩であった。

 少し赤みがかかったその岩の上に、一冊の立派な本が置かれていることに、ニチカは気づいた。

(この本……岩に刺さってる!?)

 本は、置かれていたのではなく、岩の中に刺さっていた。

 本の下半分が、岩の中に飲み込まれているのである。

 その不思議な姿に、ニチカはなんだか圧倒されて、じっと見つめるしかなかった。

 そんな岩のオブジェの横には、パネルが立っている。

『このエクスカリバー・ブックを引き抜いた者は、次の円卓学園の王となり、伝説をつくる』

「伝説? 確かに、岩から本を抜くような力持ちなら、何かすごいことができるかもしれないけど……」

 ニチカは、自分のような平凡な人間には、どうやっても抜けないだろうなと思った。

 気になりつつも、ニチカは、そのまま岩の横を通過しようとする。

 パチンッ!

 その時、ニチカの胸にピン留めされていたネームプレートが外れ、その勢いのまま、ちょうど本の上に着地した。

 ネームプレートは、試験会場へ入場するためには必須である。

(早く拾わなきゃ)

 ニチカはネームプレートに手を伸ばし、掴んだ。

 プレートと同時に、ニチカの指が本に触れる。

 スポッ。

「ふぇ?」

 ニチカの右手には、ネームプレートと一緒に――――本が握られていた。

 まるで吸い寄せられるように、本が岩から抜けて、ニチカの手の中に収まったのだった。

「ぬ、抜けちゃった……!?」

 ファンファンファンファン――――!!

 鳴り響くのは、警報音。

「ふぇえええええええええ!!?」

 何が起きているのか、ニチカには全く分からなかった。

 ただ、自分が、大変なことをしてしまったような気がした。

「侵入者か!?」

「この場所は立ち入り禁止だ! 経路誘導スタッフは、何をやってるんだ!」

 現れたのは、スーツ姿の大人たち。円卓学園の教員であった。

 びっくりしたニチカは、無言で彼らを見つめるしかなかった。

「この小さい子、迷子かな?」

「受験生じゃないかしら? ネームプレートを持ってるわ」

「待て待て、この子の手を見てみろ! "あの本"を持ってるんだぞ! とにかく、この子を逃すなよ!」

 教員たちは、ざわざわと何かを話し合っている。

 一方のニチカは、プルプルと震えていた。

(入試すら受けられず、大人の人たちに怖い目で睨まれるなんて……私、天に見放されちゃったのかな?)

 ずーんと落ち込みそうになった時、タンタンと革靴の音が近づいていることにニチカは気づいた。

 廊下の奥から現れたのは、紺色のスーツを着こなした50歳くらいの、背の高い男の人だった。

 切れ長の目つきは、俳優のようにしっかりとしたもので、ただものではない雰囲気がある。

 ニチカは、その人物を、円卓学園の学校案内で見たことがあった。

「…………学園長?」

「いかにも。私が、この星原学園の学園長であり、総責任者の星原シンリだ」

 星原シンリは、世界的に有名な教育者である。

 円卓学園を設立し、優秀な子供達の個性を伸ばす教育を施すことで、世界中で活躍する人材へ育て上げてきた。

 今では、東大に入学するよりも円卓学園に入学することの方が、将来のために良いという人もいるほどだ。

 そんな教育界のカリスマ的な学園長が、鋭い視線をニチカに向けて、近づいてきた。

 ニチカと、ニチカの手の中にある本を交互に見て、ゆっくりと口を開く。

「なるほど……驚いたな……」

「学園長様! 許してください! わざとじゃないんです! 牢屋の中には入りたくないです!」

 ニチカは全力で謝罪をする。

「牢屋の中で済めばいいがね」

「ええ!? そんな!?」

「……冗談だ」

 学園長は真顔でそう言った。

 ニチカは転びそうになった。

「それで、その本――――エクスカリバー・ブックを抜いたのは、君かね?」

 再び尋問をするような学園長の口調に、ニチカは震えが止まらなかった。

 嘘などつける雰囲気ではない。嘘をついたら余計に大変なことになる気がした。

「……はい。そうです」

 ニチカは下を向きながら、震える口元で端的に呟いた。

「……………………」

 長い沈黙がその場を包む。

 ニチカは生きた心地がしなかった。

「――――合格だ」

「はい?」

 ニチカには、合格という意味がよく分からなかった。一体どういうことなのだろう。

「あの……合格じゃなくて、降格とか、互角ではなく?」

「面白いことを言うじゃないか。もっと近くで言おうか?」

「ひいいいいいい!? ごめんなさい、本当は、合格って聞こえてましたあああああ!!」

 ニチカは、土下座に近い形で頭を下げた。

「よろしい。では、君の名前は?」

 一方学園長は、続けてニチカに質問をする。

「……旭ニチカです」

「ほう。そうか。あの両親の娘か。ということは君が"ルビーの女王"か」

「両親を知っているんですか!? それに私のことも!?」

「もちろんだ。二人とも私の教え子だ。そして君も、私の教え子になる」

「????????」

 ニチカの頭の上に、いくつものハテナマークが浮かび上がる。

 そこから、わずかの沈黙を挟み、学園長はニチカに向かって、突然頭を下げた。

「旭ニチカ。君は、そのエクスカリバー・ブックの封印を解いた。私は、君に、円卓学園への入学を許可する。円卓学園へ入学してくれないか?」

「まさか、合格って、本当にそのままの意味なんですか〜!?」

 かくして、ニチカは試験を受けずに、なぜか円卓学園への入学を許可されたのであった。

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