第10話

「1年C組岩上院ダイヤ、これはどういうことだ? 海浜公園の街路樹を倒木させ、1年B組の旭ニチカを執拗に追いかけて、円卓学園の制御装置であるエクスカリバー・ブックを奪おうとしていたと聞いたぞ」

 腕章をつけた風紀委員会の生徒が何人も駆けつけていた。

 この学園で、教員たちに代わって生徒たちを指導するのが風紀委員会である。問題ごとを起こした生徒を拘束することも認められており、警察のような役割を担っているのだ。

 彼らは、今回の事件の事情を知っているようで、ダイヤだけを責める。

 完全に取り囲まれた状況を見て、ダイヤは力が抜けたように、その場に座り込んだ。

「ああそんな……わたくしの負けですの?」

「さあ、詳しく話を聞かせてもらうか。最初に言っておくが、この学園での生徒間でのいざこざは、大きな問題ごとだ。その後の処分の重さは覚悟してくれ」

 風紀委員たちは、ダイヤの腕を取り、どこかへ連れて行こうとする。

「……………………」

 ニチカは、ダイヤがこのまま連れて行かれていいのだろうかと思った。

「待ってください!」

 ニチカは、風気委員たちを呼び止めた。

「お騒がせしてすいません。ですが、こうなったのは、私の責任なんです!」

「どういうことでしょう? 女王」

 彼らは、ニチカの言葉の続きを待った。

「……岩上院さんは、円卓クラブの新入部員としてのテストを受けていたんです! 円卓クラブに相応しいかどうかのテストを!」

「なっ!? 何を言ってるんですの!?」

 ダイヤは口をあんぐりと開けて、顔全体で驚きを表している。

「ほう。こんな問題児をスカウトしようとするなんて、本気なのでしょうか?」

 風紀委員たちは苦笑する。ニチカはそれに負けじと説明を続ける。

「お騒がせしてすいません。始末書でも何でも書きます。彼女は、素晴らしい力を持った生徒なんです!」

「でしたら旭ニチカ女王、あなたにも事情を聞かせていただきますよ」

「はい。ですが、少しだけ時間をください。岩上院さんに、お伝えしなければならないことがあるので」

「分かりました。では後ほど」

 そして、ゾロゾロと風紀委員たちは退散していった。

 残されたのはニチカたち3人だけ。

「ど、ど、どういうことですの!? わたくしを庇うなんて意味が分かりませんわ!」

 ダイヤは、驚きのあまり息が切れかけている。

 ニチカはゆっくり、自分の言葉をつないで説明する。

「すいません。勝手なことを言ってしまって。ですが、私、この本を岩上院さんが欲しがる理由が、どうしても知りたかったんです!」

 ニチカはダイヤを見つめる。

 ダイヤは観念したかのように、下を向いて呟き始めた。

「……わたくしの両親は、この円卓学園の卒業生ですの。そしてどちらも、円卓学園の王として一時代を築いた歴史があるのですわ」

「両親共に円卓学園の王だった? とんでもないサラブレッドだね」

 ハートが珍しく目を丸くして驚いた。

「円卓学園への入学が決まって、すぐに両親に言われましたの。円卓学園で誰よりも輝け、と。つまり、円卓学園の王となれということですわ。そうして、気持ちを高めて、入学式に臨んだわたくしの目の前に現れたのが、旭ニチカ、あなたでしたの。わたくしよりも先に本を抜いてしまうなんて、納得できませんでしたの」

「だからと言って、これは悪手じゃないかな? もっと話し合いをするとか手段がいくらでもあったでしょ」

 ハートは呆れたように言う。

「……その通りですわね。ですが、すべてはもう終わったこと」

 ダイヤはため息をつき、そして意を決したようにニチカを見つめた。

「エクスカリバー・ブックは、変わらずあなたのものですわ。敗れた者は去るのみ。もうこの学園にいる意味を、わたくしは、失いましたわ。さようなら――――」

「それは違いますっ!」

 ニチカは反論する。そしてダイヤに近づき、ダイヤの手を取った。

「この学園で、誰よりも輝く存在になることがご両親の願いだったんですよね?」

「……ええ、そうですわ」

「なら、私が岩上院さんを誰よりも輝かせます。円卓クラブで、私が岩上院さんを、円卓の王と同じくらい活躍させればいいんですよ!」

 ニチカは、本当に、ダイヤを円卓クラブに勧誘したのであった。

「ニチカ本気!? こんなやばい人を入れたら、いつその本を奪われるかわからないよ!? 大体、僕がこの人とうまくやれるか分からない!」

 ハートは困惑しているようだった。

「大丈夫です。私、岩上院さんを信じます。きっと私たち、うまくやっていけます!」

 ニチカは、そう言いきった。


(……よし、作戦通り!)


 同時に心の中でこう呟いた。

 突然、ニチカが勧誘作戦を始めたのには訳があった。

(私が考えた作戦――――手強い敵は、先に味方にしよう作戦。中々いい感じじゃないかな?)

 ニチカは、先ほどまでの決闘を踏まえ考えた。

 今回はこれで騒動は終結した。だけども、ダイヤが再びエクスカリバー・ブックを奪いにくる可能性は無くなってはいない。

 ダイヤが、これから何度もエクスカリバー・ブックを奪い合う宿敵になったら、いつかダイヤに負けて、本当に学園生活が終わってしまう可能性もあるということだ。

 だが逆に考えてみると、ダイヤを味方につければ、争いもなくなるし、先ほどまで自分を追い詰めた発明品たちが自分たちの武器になるということ。それは、とても心強いことだろう。

(岩上院さんが困っているのは本当のこと。だから、岩上院さんのためにもなるようにしつつ、円卓クラブのためになるようなことをするのが一番いいよね!)

 こうして、ニチカは、ダイヤに味方になってくれるように、誠心誠意の本心からの言葉で勧誘したのだった。

「……嘘ですわ。信じられませんわ」

 ダイヤの心は揺れ動いているようだった。

「岩上院さんが信じなくても、私は岩上院さんを信じます! なぜなら、私も両親からの"期待"で苦しんでる一人ですので」

「どういうことですの?」

「私の両親は、『お前は最高の冒険家の血が流れているから、どんな場所でも乗り越えられる』と私に期待して、雪山に砂漠にジャングルに無理やり放り込んできたんです。その期待のせいで苦しい思いをしてきました。だから、岩上院さんの気持ち、分かるつもりです」

 ニチカは分かっていた。

 先ほどニチカが観察した、ダイヤの苦しそうな表情は、期待に押しつぶされている瞬間だったのだと。

 ニチカは、本を地面に置いてダイヤの前に屈む。

 そして、両手でダイヤの左手を掴んだ。

 すっかり、ダイヤからニチカへの敵意は無くなっていた。

「改めて、言わせてください。円卓クラブに入りませんか? 本を私が抜いてしまったことは、もう変えられません。ですが、岩上院さんが、輝くような活躍をすることはできるはずです!」

「……本気ですの? あんなにひどいことをした人間を仲間に迎え入れるなんて、ありえませんわ!」

「本気です。それと、これは個人的なお願いですが、よかったら友達になりませんか? 色々と分かり合えたら嬉しいですっ!」

 心の内から浮かび上がってきた言葉を、ニチカは全て言い尽くした。

「……相変わらず、ニチカはお人よしだな。ニチカのご両親が言っていた通りだよ」

「パパとママは、なんて言ってたの?」

「ニチカは他人のために頑張れる子だって言ってたよ。だから、期待をかければかけるほど、期待を裏切りたく無いから頑張ってくれるってね」

「……親の心を失ってるでしょ!? もう! 私は絶対に海外には戻らないんだからね!」

 ニチカは、げんなりしたのだった。

「……本当にひどい親御さんですね」

 すると、ダイヤが小さく呟いた。

 その表情は、僅かに笑みを浮かべている。

 そして背中を丸めて、頭を下げた。

「これまでの非礼、お詫び申し上げますわ。大変申し訳ございませんでした」

「え、ちょっと、頭あげて下さいよ!? 土下座みたいになってますよっ!」

「いえ、これがわたくしの誠意ですわ。大変な事情があるというのに、それどころか、わたくしのことを思って、円卓クラブに勧誘してくださるなんて、感謝しかありませんわ……!」

「……な、泣いてるの!?」

「こんなにひどいことをしたのに、こんなに優しくしてくださるのが嬉しくて……ああ、あなたは、まさしく王の器! 円卓学園の王ですわ!」

 そう言って、ダイヤは、片膝を立て、体勢を変えると再び頭を下げた。

 まるで王に忠誠を誓う、ナイトのような姿であった。

「この岩上院ダイヤ、旭ニチカ様を、円卓学園の王と認め、これより、片時の間も無く、付き従うことを誓いますわ!」

「……あれ? あれ?」

 確かにニチカはダイヤを味方に勧誘した。

 だが、自分が想定している以上に大事になっているような気がしてきた。

「わたくしは、王のしもべでございます! 何なりとお申し出ください!」

「違いますよ! 友達! 友達です!」

「滅相もございません! 失ったはずのこの身を、あなた様に全て捧げますわ!」

「待って! 話聞いてください!」

 ニチカは困惑し、ダイヤは輝く笑顔を浮かべる。

「これは、少しばかり騒がしくなりそうだね……」

 ハートは首をかしげたのだった。


 何はともあれ、円卓クラブ最初の依頼は、こうして解決した。

 そして、ニチカの秘密を知る、新しいしもべ……いや仲間が一人増えたのだった。

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