第15話

 リュウセイの家は、学校から歩いて20分ほどの場所にある、閑静なマンションであった。

 ニチカは、彩洲という表札を確認し、インターホンを押す。

「……あっ、プリントを届けるだけだから、押さなくても良かったんだ」

 ポストに入れておけば、そのうち回収してくれるだろうと思って、ニチカはプリントファイルをポストインしようとする。

 だが、ひゅーとニチカの腕に横風が吹いた。それはリュウセイの部屋の、扉の隙間から吹いていた。

「扉……鍵がかかってないのかな?」

 不用心だなと思い、直接声をかけてから帰ろうとニチカは考えた。

「彩洲先輩、旭です! 椎名先生からのプリント、置いていきますね!」

 ニチカの言葉に反応はない。部屋の明かりもついていないので、中の様子は全くわからない。

 だが突然、ドドドドドドと何かが部屋の床に落ちる音が聞こえた。

 誰かが中にいるのは、明らかな音であった。

「え!? 大丈夫ですか!?」

 ニチカの声に、部屋の中からの反応はない。

「彩洲先輩、まさか重病ってことはないですよね?」

 先ほどの大きな物音が、何か良くないことが起きている状況によるものだったらと思うと、ニチカは不安で仕方なかった。

「……すいません。入りますね」

 ニチカは自分の靴を持って、薄暗い廊下を進む。奥の扉を開くと、そこはリュウセイの作業部屋であった。

 漫画や資料がたくさん詰まった本棚、大きなタブレット端末の乗った机。そして床には、分厚い画集やスケッチブックが落ちていた。

 どうやら、先ほどの物音は、机の上に載っていた資料集が、床に落ちたからのようである。

 だが、それ以上に、ニチカが気になったことがあった。

「彩洲先輩がいない……」

 部屋には誰もいなかった。

 学校を休んでいて部屋にいないのだから、病院に行っているのかな。

 だけど、なんで急に、机から床に落ちたんだろう。

 そんなことを、ニチカが考えていた時だった。

 ビビビ――――!

 ニチカのスマホが震えた。それは、着信のサインであった。

 今回の相手もハートである。ニチカは他人の家であることに若干の申し訳なさを感じつつ、電話に出ることにした。

 その時――――!

「暴れるな。静かにしろ」

「!!? ふぐぐ!!?」

 ニチカの耳元に男の低い声が届き、一瞬の間に、ニチカは右腕と口元を押さえ込まれ、動けなくなった。

 ガチャガチャチャとニチカのスマホが床に転がる。焦って手からスマホを落としてしまったのだ。

「あんた、女王だろ? なんでこんな場所にいるんだ? まさか、リュウセイの今の状況を知ってるのか?」

 口を抑えられているため、ニチカは男の質問に、首を横にふって答えた。男が言っている意味が、分からなかった。

「ニチカ……どうした?」

 すると床に落ちたスマホからハートの声が届く。どうやら通話ボタンを押してしまったようだった。

「声は絶対に出すな。電話が切れるまで静かにしろ。いいな」

 ニチカは恐怖から、仕方なく男に従った。

「……ニチカ、もしかして気づいていないのかい? けど、もし聞いていて声が出せない状況なら、後で折り返しの電話が欲しいな」

 ハートは冷静にニチカの状況を推測しているようだ。しかし、まさか電話の相手が拘束されているとは流石のハートも考えてはいないようだ。

「僕が電話したのはね――――美術館からオニキス・ペンシルという美術品が盗まれたからなんだよ」

「!!?」

 ニチカは驚きで息が止まりそうな気分だった。

「椎名先生が金庫の中から盗まれているのを見つけたらしい。そして、その盗難には、円卓学園の生徒が共犯をしていたんじゃないかって話が出ているんだ。その生徒の名前は――――彩洲リュウセイ先輩」

「どういうこと!?」

 ニチカは思わず声を漏らした。それ以上声を出させないように、男はニチカの口をさらに強く押さえた。

「彩洲先輩とは、誰も連絡が取れないんだ。風紀委員会は秘密裏に学内指名手配を行なって、行方を追うことになったらしい。色々と状況が変わってきている。すぐに合流して作戦会議をしよう」

 そうして、ハートの電話は切れた。

(オニキス・ペンシルは無くなっちゃうし、彩洲先輩が犯人!? どうなってるの!?)

 たった今、ニチカが理解ができない、とんでもないことが起きていた。

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