第23話

 椎名先生は、ニチカとハートに向けて、ゆっくりと笑いながら、歩みを進める。

「まさか、お前たちの三文芝居に付き合っているとは思わなかったよ」

 椎名先生は、強い殺気を、二人に向ける。

 ニチカとハートは、目配せをして確認を行う。

(椎名先生が持っているリボルバー拳銃を、無効化しないと危険だ。それは僕がやる)

(あっ!)

 その時、ハートが何かに押し倒された。倒した相手は、円卓学園の生徒たち。何人もの生徒たちが折り重なってハートを押しつぶして、拘束したのだ。

「くっ!? もしかして、催眠術をかけた人たち!?」

「その通り。私が密かに催眠術をかけていた生徒たちを呼び寄せた。こいつらがいれば、私の手を汚すことなく、お前たちを無力化できる」

 生徒たちはうつろな表情で動く。まさに操り人形のように、椎名先生に従っていた。

「……最低の能力ですね!」

 ニチカは、椎名先生を睨む。

「頭数が多いのが、一番強いって分かるだろう?」

 椎名先生は、怪しく笑った。

 ハートを押さえ込んだ生徒たちの他に、4人の生徒がニチカに迫っていた。ハートは動くことができない。

 ニチカは、追い詰められていた。

「後は、ここにあるリボルバーで、お前たちに催眠術をかけるだけだ」

 椎名先生は、振り子がついたリボルバー型拳銃を取り出し、弾を装填していく。

 その時!

「岩上院印のキャプチャーロープ! くらいなさい!」

 物陰から現れたのは、ダイヤであった。

 ダイヤがカラフルなロープを手に持ち、目の前の4人の生徒、そしてハートを押し潰している生徒たちの目掛けてタックルした。

 ダイヤがぶつかった瞬間、一気にロープは収縮を開始し、ニチカと椎名先生以外の全員がローブの中に捕えられた。

「これは雁夜君すらも追い詰めた、最強の拘束ロープですわ! これで催眠術をかけた生徒は動けませんわね!」

 ダイヤは、強い口調で、椎名先生に向かって叫んだ。

 だが、椎名先生は余裕の笑みを浮かべていた。

「……バカな子達だな。天才マジシャンと天才発明家が、どちらも動けない状況じゃないか」

 自由に身動きが取れるのは、ニチカと椎名先生だけになっていた。

「先に、リボルバーで円卓学園の女王を蜂の巣にして、後は動けないおふたりさんの眉間に撃ち込む。これで三人とも、仲良く記憶を無くして、私は、何事もなかったように、この学園から消えることができる」

 ニチカは、ロープに縛られた二人に、目配せをする。

(予定より早いですけど、エクスカリバー・ブックを使います!)

(分かった!)

(ご武運を!)

 そしてニチカは、エクスカリバー・ブックを開きながら、椎名先生を睨んだ。

「……少なくとも、それは無理です。絶対に、あなたを逃さないようにするつもりでしたから!」

「……? なんだと!?」

「エクスカリバー・ブック――――!」

 ニチカが叫んだ。その瞬間、ニチカと椎名先生が立つ床が、壁に覆われる。

「何をする気だ!?」

 すると、次第に壁の向こうが騒がしくなっていく。

 そして壁が消えると、二人を出迎えたのは大歓声であった。

「来た! 女王だ! ファントムピクシーなんて倒しちゃえ!」

「ニチカ! ニチカ! ニチカ!」

 ニチカを鼓舞する大合唱は、二人の周りから聞こえてくる。

 二人が立っていた場所は、円卓学園の中央公園に設置されたライブステージだった。

 その瞬間、スピーカーからダイヤの声が届く。

「みなさま長らくお待たせいたしました! 緊急予告の通り、前夜祭最終プログラムを変更して、学園に忍び込んでいました世界的盗賊集団ファントムピクシーと、それを追い込んだ円卓学園の女王による、学園の未来をかけた戦いを、生中継しちゃいますわよ!」

 ダイヤは、ロープの中でマイクを握り、スマートフォンに流れる映像を頼りにアナウンスを行った。

 その映像とは、動画サイトのライブ配信。世界中に生中継されている、円卓学園の前夜祭放送であった。

『ファントムピクシーと勝負って、これ本当なの?』

『本当かどうかは分からないけど、とにかく、とんでもない事が起きているのは本当みたい!』

 コメント欄には、多くの興奮の声が流れていた。

 もちろん現地の盛り上がりもとんでもない。数千人の生徒たちが、ニチカたちに熱い視線を向けている。

「なんだこれは!? お前、こんな目立つ場所で決着をつけるつもりか!?」

「……いや、あの、私、こんなの聞いてないです」

「はぁ?」

 ニチカは、顔を真っ赤にして動揺していた。

 本来ならば、前夜祭の放送が終わり、人がいなくなった中央公園に移動して決着をつける。そして集合をかけた風紀委員会に、すぐさま椎名先生を確保してもらうという流れであった。

 だが、ライブ配信は続いており、なおかつダイヤの話を聞く限り、告知も万全のようで、明らかに仕組まれたものである。

「……ああもう! 帰ったらハートとダイヤちゃんに文句を言うためにも、絶対にあなたを倒します! 負ける気なんてしません! 円卓学園のみんなの前で、恥ずかしいことなんて絶対できませんから!」

「……ふざけるな! こうなったら、適当な奴に弾をぶちこんで、頭数を増やすしかない!」

 椎名先生は、ニチカの背後の観客たちに銃口を向けた。

「エクスカリバー・ブック――――!」

 すると椎名先生の視界が揺れた。地面がぐらりと動いた。ステージが宙に浮いたのである。

「うおおおすげえ! 空中決戦だ!」

 ニチカたちは観衆の驚きの声と共に、空へと飛び上がり、校舎の屋上付近の高さで、再び銃口と視線を向けあった。

「これであなたは仲間を増やすことはできない。私と、タイマンで、決着をつけましょう!」

「クソ! お前さえ倒せば、逃げられるんだ! お前さえ倒せば!」

 椎名先生はトリガーを引く。

 弾丸で狙った先は頭部。まともに当たっただけでも気絶してしまう威力が、ニチカを襲う!

 だが弾は、後方に逸れていった。ニチカは弾丸を避けたのだ。

「お前、その姿は……!」

 椎名先生は、ニチカの髪型が変わっていることに気づいた。

「……空に浮かんだのは、私の姿を見られたくなかったのも、理由なんですよ」

 ニチカはカチュームをつけて、前髪を後ろに流している。

 そこには、ルビーの左目を持つ少女が立っていた。

「円卓学園の女王は、ルビーの女王だったのか!?」

 椎名先生は、目の前にいるのが、超人的な能力を持つ少女だと理解した。

「クソ! クソ! クソッ!」

 椎名先生が、再び弾丸をニチカに向かって撃ち込んでいく。だが、何度撃ってもニチカには当たらない。

 すると、ニチカの背後にドローンカメラが浮かび上がってきた。ニチカの左目は映らないように、ダイヤの操作によって映像は再び配信される。

『すげえ! ファントムピクシーが手も足も出ないぞ!』

『この子何者なの?』

『円卓学園の女王――――旭ニチカだよ!』

 コメント欄が高速で進む。その勢いのように、ニチカは椎名先生へと接近していく。

「クソ! お前はなぜ円卓学園なんかにいるんだ! お前は、なぜ学園のためなんかに、私に立ち向かって来るんだ!?」

 ニチカは、ついに椎名先生の目前にせまった。

 最後に、リボルバーから発射された弾は、ニチカのほおを掠めていった。

「私は、過去を捨てました。私は、円卓学園の女王――――旭ニチカ。円卓学園の平和を守り、そして平穏な日々を過ごすために、あなたを倒します!」

 そしてついに、ニチカがリボルバーの銃口を掴んだ。ニチカは、椎名先生が力を入れづらい角度へ、リボルバーを引っ張って奪い取り、空へと投げた。

 リボルバーは、東京湾へと消えていったのだった。

「ああ……ああ! 頼む見逃してくれ! オニキス・ペンシルは返す! どうかこの通りだ!」

 戦意を喪失した椎名先生。オニキス・ペンシルを地面に置いて頭を下げたのだった。

「…………」

 するとニチカはカチュームを外し、椎名先生に背中を向けて、遠ざかり始めた。

『女王! 後ろ!』

『危ない!!』

 コメント欄が盛り上がる。椎名先生がオニキス・ペンシルを持って、ニチカに向かって突進を始めたからだった。

「……隙を見せるとは、間抜けだな!」

 ペン先がニチカに迫る!

「――――隙なんて見せて無いです。ただ、危険だから離れただけですよ」

 すると、椎名先生の足元が突然無くなる。足場をなくした椎名先生は、落下していく。

 だがすぐに椎名先生の身体は包まれた。何かツボのようなものに入ったのだ。

「…………これは!?」

 それが、大砲の筒だと、椎名先生が気づくのに、時間はかからなかった。

「本当は風紀委員会から警察に身柄を渡すつもりだったんですが、そんなに学園の外へ出ていきたいのでしたら、望み通りにしてあげますね!」

「そんな……やめろ……やめろおおおおおおおおおお!」

「エクスカリバー・ブック――――大砲の中身を、正門の向こう側まで発射して!」

「うわああああああああああああああああああああ!!」

 椎名先生の絶叫とともに、大砲は爆裂し、先生は対岸へと飛んでいく。

 正門の向こう側では、大急ぎでクッションを設置する警察たちの姿が見えた。

 そして宙に舞っていたオニキス・ペンシルを、ニチカは掴んだ。

「これで、私たち――――円卓学園の勝ちですっ!」

 ニチカはそう叫んだ。

 その瞬間、円卓学園内にこの日最大の歓声が上がり、そしてライブ配信は、コメントが流れすぎて、サーバーがクラッシュしたのであった。

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