第22話

 夜の円卓学園。

 明日に放送祭が迫っていることから、島内の至る所に生徒が集まり、追い込みの準備をしている。

 さらに、中央公園では、前夜祭として、生徒による演奏披露といった催しものが行われている。

 そんな中、誰もいない教室棟を走る人影が一つ。

「ハァ……ハァ……まだいるはずだ。最後に自分がいた証拠を可能な限り消してから、円卓学園を出ていくつもりのはずだから。おそらく、この先の美術館に!」

 雁夜ハートが、廊下を駆け抜けていた。

「あら〜? 雁夜君〜どうしたの〜こんな時間に〜」

 すると、ちょうど1年B組の教室から出てきたのは、椎名先生だった。

「先生! どうしてここに!?」

「明日は放送祭でしょう〜? 外部の人が入らないように〜立ち入り禁止エリアの見回りを〜先生たち全員で行ってるのよ〜」

 椎名先生は、いつも通りの微笑みを、ハートに向けた。

「先生、協力してくれませんか? ニチカを探してるんです!」

「旭さん〜? そういえば〜今日の夕方に彩洲君のお家に〜プリントを届けに行って欲しいとお願いしていたけど〜まさか彩洲君が〜あんなことになっているなんて〜思わなかったわね〜」

 椎名先生は、少し悲しそうにうつむいた。

 椎名先生が、オニキス・ペンシルの盗難に気づいたことで今回の事件は始まった。

 先生自身も、事件の状況に胸を痛めているようだった。

「旭さんが〜どうかしたのかしら〜? 円卓クラブで〜彩洲君を探していたりするの〜?」

「違います! ニチカが、真犯人を捕まえるために、正門を閉じると言っているんです!」

「ええ〜!? 正門を閉じたら〜明日の放送祭はどうするの〜!?」

「それよりも、犯人を捕まえたいんだと思います!」

「犯人は〜誰かわかってるのかしら〜?」

「はい。美術館の清掃員の緑川さんです。今年の春から学園で働いていて、彩洲先輩と仲が良かったらしいんです。目撃された犯人の背丈と同じくらい背丈もありますし、僕たちは犯人だと見ています。その緑川さんの行方が分からないので、ニチカは緑川さんを学園に閉じ込めて捕まえるつもりなんでしょう。円卓学園のためにも、それだけは絶対にダメだとニチカに言ったら、逃げ出してしまって……あっ!」

 すると、廊下の奥を、ニチカが走っていく姿を、ハートと椎名先生は捉えた。

「先生も来てください! 多分あいつ、円卓ルームに向かってるんです!」

「円卓ルーム〜?」

「学園長からニチカが託されている部室です! そこに閉じこもるつもりです! 説得しましょう!」

「そうなの〜? でも私でいいの〜?」

「先生が頼りなんです!」

「……分かったわ〜」

 そしてハートと椎名先生は、エレベーターへ乗り込み、円卓ルームへとたどり着いた。

 円卓ルームは、電気がついており、すぐに内部の様子が確認できた。

 部屋には、誰もいなかった。

「旭さんがいないわね〜?」

「その奥に別室があるんです。おそらく、こっちです」

 そのまま、ハートは椎名先生の手を取ろうとする。椎名先生の手は、するっと空を切った。

「大丈夫よ〜手なんか繋がなくても〜」

「……失礼しました。あれ、先生、手袋切れてますよ」

 ハートは、椎名先生の手を指差す。右手袋がナイフで裂いたように、縦に傷がついていた。

「え? 本当ね〜すぐに変えなきゃ〜」

 すると、椎名先生は、一瞬のうちに手袋を付け替えた。予備の手袋を持っている用意周到さに、ハートは驚いていた。

「……そういえば先生って、どうして手袋をしているんですか?」

「恥ずかしい話だけど〜チョークで手がかぶれちゃうのよね〜不便な体質だわ〜」

「そうなんですね。でも、ペンを持つ時も手袋をしてますよね?」

「ええ〜外すのが面倒になっちゃったのよ〜」

「オニキス・ペンシルを手に入れた時も、手袋をしてましたよね?」

「――――――」

 空気が一瞬凍った。

「どういうこと、ですか〜?」

 椎名先生は、いつも通りの表情でハートを見つめる。

 だがハートには、彼女の声が、わずかに震えているのが分かった。

「そこから先は、私がお伝えします!」

 そこへ、ゆっくりした足取りでハートたちの元へ、近づいていく者がいた。

 旭ニチカであった。

「すごく簡単なことでした。一つ、先生は春から学園にやって来た新任教師です。二つ、彩洲先輩と一緒にいたのは、先輩の部活の顧問が椎名先生だったからです。三つ、私を彩洲先輩の家へ向かわせたのは偶然ではなく、美術館にひとりで戻ってくるように仕向けるためだった。そうですよね――――椎名ケイ先生?」

 ニチカを見つめる椎名先生の表情は、いつもと変わらない。

「……さっぱりわからないわ〜清掃のお姉さんが犯人って話じゃないの〜?」

 ここまで来て、とぼけるつもりなのかと、ニチカは怒りに震えていた。

 ならば、証拠を出そうと決める。

「ここに、私が犯人と接触した際に手に入れた、犯人の靴があります! この靴には、秘密があります。それは――――シークレットブーツであるということ。この靴を履けば、15センチ身長を伸ばすことができるんです!」

 そう。このせいで、ニチカは、犯人がなんとなく、身長が高いと思っていた。

 だが逆にこのシークレットブーツをふまえると、身長が低い人間が、犯人だと分かってしまうのだ。

「それがどうしたの〜? 靴なんて証拠になるのかしら〜?」

「……だから、最後のピースが必要だったんです」

 すると、ハートが右手を挙げる。

 そこには、先ほど椎名先生が、取り替えていた手袋が握られていた。

「僕の手業で奪わせてもらいました。この手袋には、先生の指紋がついている。いつも手袋をしているのは、指紋を残さないためでしょう? 盗賊団ファントムピクシー!」

「――――!!」

 その言葉に、椎名先生は、今まで見たこともないほど、目を見開いた。

「この手袋についた指紋を、照合させてもらいます。これで、あなたは終わりだ」

 ハートは、椎名先生を指さして宣告した。

 椎名先生は落ち着いた表情で、ため息をついた。

「……それは無理だよ」

 口調が変わった。

 沈黙。そして、右手を高くあげる。

「なぜなら――――お前たちは、ここで消えるんだから!」

 瞬間、椎名先生が、右手を振りかぶってくる。

「危ない!」

 ハートがニチカを軽く抱えて、後方へ移動する。

 椎名先生の攻撃は空を切った。そこには、真っ黒に輝くオニキス・ペンシルが握られていた。

「……美術品を凶器にするなんて、美術教師としてどうなんだ?」

「何を言っているんだ。私は美術教師ではない。私は、盗賊団ファントムピクシーの一員。コードネームK。ここまで知られたからには、お前たちを、本当に消さなければならない」

 椎名先生は、笑った。

 その笑みは、まるで、悪魔のようだった。

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