第19話
事件の真犯人がすぐそこにいる。
だが、ニチカは身動きが取れなくなっていた。
犯人を探すはずが、逆に、犯人に捕まってしまったのだ。
考えられる中で、最悪の展開だった。
「………………」
そんな中、ローブの人物は、黙ってニチカを見下ろしている。顔は照明の影になって全く見えない。
背丈はニチカより遥かに高い。ハートほどの背丈はありそうなので、成人女性だとしても、身長はかなり高い部類に入るだろう。
目の前にいるのは、おそらくコードネームKであろうとニチカは直感した。
「計画通りだったよ。円卓学園の女王――――旭ニチカ」
すると、ローブの人物は、声を発する。その声はボイスチェンジャーによって変換されていた。まるで水の中のように濁った声がニチカに届く。率直に気持ちの悪い声だとニチカは思った。
「私は、お前が、誰もいない場所に、たった一人となる瞬間を待っていた。お前に、今すぐ催眠術をかけたかったからな」
「……まさか、私がここに来るのを、狙っていたんですか!?」
そこでニチカは察した。リュウセイに注目を向けて、真犯人がやりたかったことは、脱出ではなく――――ニチカを襲うことであったのだと。
「さて、ネタバラシをしてやろう。私は、お前が探しているコードネームKだ。得意なことは催眠術。この振り子時計に細工をして、振り子を注視した人間の意識を混濁させるようにしていた。そして、彩洲リュウセイの意識を奪って、操り人形にしたというわけだ。お前は片目でしか見ていないようだから、意識を残しているみたいだが、もう逃げることはできないだろう。お前を、これからゆっくり、操り人形にしてやる」
「操り人形にして……どうするつもりですか……!?」
「お前を操れば、エクスカリバー・ブックの力を自在に操ることができる。つまり、円卓学園の全てを、私のものとする事ができるのだよ。催眠術を使って、私の手を汚す事なく、学園内のお宝を手に入れるなんて、まるで完全犯罪――――最高だ」
コードネームKは、懐から不思議な形のリボルバーを取り出し、ニチカに向けた。
「このリボルバーは特殊な仕様だ。カートリッジに繋がった振り子の力によって、ここから発射された弾に当たれば、記憶や意識が壊れる催眠術がかかる。彩洲リュウセイの記憶を破壊したのも、このリボルバーによるものだ。
だがこれは催眠装置を使用した時の話だ。これを使わなければ、殺傷能力を充分に持つゴム弾となる。ゴム弾は痛い。あざやコブができるし、骨も折れる。痛い思いをしたくないなら、抵抗せずに、催眠術にかかることをオススメしよう」
(……ああ、これはダメかもしれない)
ニチカはそう思った。
ここで降参すれば、自分は悪の手に落ちる。降参しなくても、耐え難い痛みで、身も心も苦しむことになる。
どちらを選んでも、ニチカの敗北となるのだ。
「お前を催眠術にかければ、この学園そのものが、私のものになる」
変声機からの声は、まるで勝ち誇ったように饒舌になっていく。
「誰も私を止めることはできない。もちろん、雁夜、岩上院、数留の意識も、仲良く壊してやろう。そして、全員、私の操り人形になるのだ」
「…………」
ニチカは思った。
目の前の犯人のせいで、彩洲先輩は平和な日常を失ってしまった。数留先輩も苦しみの中にいる。
そして、大切な仲間たちが狙われ、自分の平穏な日常も奪われようとしている。
全部――――こいつのせいで!
ガッ!!
ニチカは胸で抱え込むように、咄嗟にローブの人物の足を掴んだ。
「なんだ!? 抵抗するとは、痛い方がお好みというわけか?」
「……痛いのなんて大嫌いです! 何も無い平穏が、大好きです!」
「言っていることと、やっていることが真逆だろうが!」
ローブの人物は、リボルバーをニチカに向ける。だがニチカの押さえつける勢いが強すぎて、体が揺れて照準が定まらないようだった。
「もっといい方法があるかもしれません……ですが、このまま降参して、私が何もできなくなるよりも、今、全力を尽くしてあなたを止める方が、みんなが傷つかないと思ったんですよ!」
「お前、どれほどお人好しなんだよ! 自分が傷ついても構わないのか!?」
ニチカは、力の限り、足を掴み続ける。
「あなたを逃しません! ここで捕まえます!」
「無駄なことを!!」
ローブの人物は、リボルバーを使うのを諦めて、両手でニチカの髪を掴んで引き剥がそうとする。
大人の力だ。どんどんニチカの腕や身体は、痛みを訴える。ニチカの腕が苦しくなっていく。
「――――ニチカ!!」
すると、遠くからニチカにとって、聞き馴染みのある声が届く。
「……ハートの声だ!」
「追っ手か! クソ! こうなったら、最終手段だ!」
その瞬間、ニチカの腕から手応えがなくなる。
ニチカの腕の中には、両足の靴が残っていた。
「靴を脱いで逃げるなんて……」
いつの間にか、美術館ににローブの人物はいなくなっていた。
代わりに騒がしい、二つの足音が届く。
「ニチカ! ニチカ!」
「ニチカ様!」
「ハート……ダイヤちゃん……」
二人の影を確認した瞬間、ニチカは、自分の身体から力が抜けていくのを感じた。
そのまま水の中に落ちていくように、意識が遠のいていった。
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