第20話

「ニチカ様! 起きてください! ダイヤです! 目を開けてくださいいいいいいいいいいいいいい!」

「岩上院、騒ぐな。うるさい」

「きい! 騒いでるわけではございませんわ! エールを送ってるのが、分からないのですか!?」

 何やら、自分の周りが騒がしいことに、ニチカは気づいた。

「って、あれ、ニチカ様の目が開いているような……ニチカ様! わたくしが分かりますか!?」

「……うん。岩上院ダイヤちゃん。私の友達だよ」

「ううううううううううう! ニチカ様が目を覚ましましたわ!」

 ダイヤは涙をポロポロと流して、ニチカを抱きしめたのであった。

 ニチカは周囲をちらりと見て、自分が円卓ルームに置かれた救護用ベッドに横たわっていると、状況を理解した。

「……えっと、二人ともどうしたの?」

「ニチカ。寝ぼけたこと言わないでよ」

 低い声で、ハートがニチカに語りかける。

 ニチカはすぐに、ハートが怒っていることに気づいた。

「あまりにも連絡が取れないから、何かあったと思って、僕たちは必死にニチカを探していたんだ。そして気絶していたニチカを見つけて、岩上院が用意した救護ベッドで応急処置をした。まずは、なんであそこにいたのか、僕たちに説明しなきゃいけないよね? これがニチカの横に落ちていたんだよ」

 するとハートは、紙切れを手に持ってニチカに見せた。

 そこには、『これ以上関わったら、消す』と書かれていた。

 ニチカは、恐怖が蘇る思いだった。

「ニチカ、君は、コードネームKと接触したのかい? そして、危険な思いをしたんじゃないのかい?」

「……うん」

 ニチカはゆっくりと自分の経験したことを二人に伝えた。

 彩洲リュウセイと、その友人の数留ノゾムに出会い、真犯人によって追い詰められていると知ったことを。

 二人を助けるために、真犯人の証拠を探して、美術館に単独乗り込んだことを。

 だが、真犯人の狙いはニチカであり、待ち構えていたKによって催眠術をかけられ、もう少しで記憶や意識を失うところだったことを。

 どうにか捕まえようとしたが、結局逃げられてしまったことを。

「……でも、二人のおかげで助かったよ。私は運がいいよね!」

 ニチカは色々なことをごまかそうとして、あははと笑った。

「そういう問題じゃない!」

 ハートは叫んだ。

 思わず、ビクッとニチカは身体を硬直させてしまう。

「……僕言ったよね? 協力してKを探そうって。それに電話も入れたよね。なんで連絡してくれなかったの? ニチカが倒れているのを見つけた時の、僕たちの気持ち分かる?」

 ハートの表情は、これまで見たことが無いほど悲しげなものに、ニチカには見えた。

 ニチカは、それを直視できなかった。

「……ごめん。私、彩洲先輩を助けるための時間が無いって聞いたから、焦っていたみたい」

「相変わらず、ニチカはお人よしだよね。左目も使わずに、指名手配犯を単独で捕まえられると思ったの?」

「うう……」

 ハートの言葉に、ニチカは落ち込んだ。

「……そうだよね。事件の解決じゃなくて、足を引っ張っているようじゃダメだよね。これじゃ、エクスカリバー・ブックを持っていても意味ないよね」

 ニチカは、なんだか気持ちが後ろ向きになってきているような気がしていた。

「Kに捕まった時、もう円卓学園にはいられないと思ったんだ。もう、これで私は――――」

 するとハートが立ち上がる。両手をニチカの顔元へと近づけてきた。

「ニチカ」

 今にもハートの手のひらが、ニチカに飛んできそうな気配がした。

「ひっ! や、やるなら、優しくしてね……」

 これでハートの気持ちが晴れるなら、痛いのも我慢できる。そんな諦めの気分であった。

 むにっ。

 すると、予想に反して、ハートはニチカの頬に手を添えただけだった。

「はい。そこまで落ち込まない。僕が怒ってたのは、連絡をくれなかったことだけだよ」

「ふぇ? え?」

 一瞬の沈黙。

 そして、ハートとダイヤは、声を出して笑い始めた。

「ニチカ様は、自分のことをよく分かってないのですね」

「ああ。ニチカは、笑っちゃうくらいに鈍感だよ」

 そんな、自分だけよくわかっていない状況が、なんだか恥ずかしくて、ニチカは少し腹が立ってきていた。

「むう。どういうことなの!? 二人だけ仲良くしてさ!」

 怒ったニチカに、ハートは微笑む。

「僕たちは、ニチカが誰よりもエクスカリバー・ブックを持つに相応しい人間だと、思ってるってことだよ」

 ハートは、まるで答えの解説をするかのように、ニチカに説明を始める。

「普通拳銃を構えているのに、犯人の足を掴んで捕まえようとするなんて考えられない。自殺行為だからね」

「うう……あの時は本当それしか考えつかなくて……」

「昔から変わらないよ――――小学2年生の冬に、ニチカにトランプカードを拾ってもらったあの時も、ニチカは自分のことよりも他人のことを優先していたね。あの時、ニチカは風邪をひいていて、病院からの帰り道だった。それなのに、僕が困っているのを見て助けてくれた。泣いてる僕の頬に手を当てて、温めてくれた。体調が悪い自分のことよりも、今困ってる誰かのために動いたニチカを見て、僕は感動したんだ」

「わたくしもニチカ様の、お心の広さに感銘を受けましたわ! そんな人を惹きつけるような優しさは、円卓学園の女王に相応しい振る舞いだと、わたくしは思いますわ」

 人を惹きつける優しさ――――。

「い、いきなりそんなこと言われても、よく分からないよ……」

 ニチカは、身体がムズムズするような気がして、身体をうねらせる。

 どんな表情をすればいいか、ニチカには分からなかった。

「ニチカ様、なんだか、嬉しそうですわね」

「いつもと逆だな。やったな、岩上院」

「雁夜君も、たまにはやりますわね」

「僕は、いつでもパーフェクトだよ」

 軽口を叩き合う2人をみて、ニチカは、なんだか落ち込んでいたのがバカらしくなってきた。

「……二人ともありがとう。私、余計なことで落ち込んでいたんだね」

「うん。だから、そのままのニチカで、円卓学園を守ればいいんだよ」

 ハートの表情は、穏やかな笑みに戻っていた。

 ニチカは、ハートとダイヤの顔をようやく見つめることができた。

「さて、これでお説教タイムは終わりだよ。今すぐに、僕と岩上院が聞きたい言葉があるんだけど、ニチカには分かるかな?」

 ハートは、ニヤリと笑う。

「僕は、いや僕たちは、ニチカだったから円卓クラブに入ったんだ。そんなニチカは今何がしたいの? それを僕たちにも、協力させてほしいんだ」

「私が、したいこと――――」

 そんなもの、言われなくても、ニチカには分かっていた。

「私、真犯人を捕まえたい! 彩洲先輩や数留先輩を助けたい! そして、またいつもの平穏な学園生活を取り戻したい! だから、二人の力を借してほしい!」

「……それが聞きたかったよ」

 ハートは笑った。

「もうこれ以上、ニチカを危険な目には合わせない。僕たちがついている!」

「わたくしたちが、全力でニチカ様をサポートしますわ!」

 ああ、私はなんて幸せ者なんだろう。

 ニチカは震えた。

「みんな。ありがとう!」

 ハートとダイヤは、笑顔を浮かべたのだった。

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