第12話

 ダイヤが円卓クラブに加わって、さらに3日が経過した。

 その間に、ハートの提案でボードゲームをしたり、ダイヤがお勧めする恋愛映画を、円卓ルーム内のプロジェクターで見たりして、ニチカは楽しい放課後を過ごした。

 さらに、春の一番大きな学校行事である放送祭も週末に迫っており、学園全体が浮き足立ちつつある。

「……ああ、私、最高に幸せかも!」

 部活にも委員会にもにも入れなかったが、仲の良い同級生と過ごす日常はとても充実していて、ニチカは、思わず笑みを浮かべてしまうのであった。

「旭さん〜とても楽しそうね〜」

「はい! このまま何事もなく卒業まで過ごしたいですっ!」

「それは〜難しいんじゃないかしら〜」

「ですよね……」

 その日も授業が終わり、担任の椎名先生に挨拶をして、ニチカは円卓ルームへ向かおうとする。

 追っかけの方々につけられるのが嫌なので、ニチカはいつも人がいない校舎裏へと移動して、円卓ルームへのショートカット通路を作っていた。

 校舎裏は、生垣や花が咲いており、とてものどかな場所である。

 ふと、ニチカが横を見ると、人の足が転がってるのが見えた。

「……ええっ!?」

 思わずニチカは、足を止めて近寄る。

 芝生と生垣の合間から伸びた足の根本を確認すると、そこには円卓学園の男子生徒が横たわっていた。

 体調を確認しようとするが、彼が枕を頭の下に置いているのを見て、ニチカは冷静になった。

 そして静かな寝息を聞いて、ニチカは確信した。

「お昼寝しているのかな?」

 男子生徒は小柄で、若干癖毛のついた髪を伸ばしている、少し幼さを感じる見た目である。

 だが、胸元のネクタイの色を見て、2年生の先輩であることを把握した。

 先輩が気持ち良さそうに寝ているということであれば、邪魔をしないでおこうと思い、その場を離れようとする。

 その時、彼の枕の横にスケッチブックが置いてあることに気づいた。そこにはこう書かれていた。

『夕方の4時になっても寝ていたら、起こして下さい!』

 時計を確認すると、4時ちょうどであった。

 ニチカはすぐに声をかけた。

「あのー。4時ですよ」

「うーん。誰?」

 目を擦って起きた少年は、ニチカを寝ぼけた目で見つめる。

「4時です!」

「ん。ん。ん! 時間だ!」

 男子生徒は、飛び起きると、急いで支度を始める。

 男子生徒はカバンにモノをギュッと詰め込むと、ニチカに向かって手を合わせた。

「起こしてくれてありがとう! 僕、彩洲リュウセイ! 2年生だよ! 君は1年生だよね! 名前は?」

 リュウセイは尻尾を振る子犬のように、ニチカの言葉を待っている。

「旭ニチカと言います!」

「ニチカちゃん! 可愛い名前だね!」

 リュウセイは、初対面で下の名前をちゃん付けで呼んだ。とてもフレンドリーな印象である。

「あれ? ニチカちゃんって、確か人工衛星を撃ち落とした子だよね? そんな有名人に助けてもらえるなんて光栄だよ! 僕、夜型で、筆が夜じゃないと乗らなくてさ」

 リュウセイのカバンからは、紙と鋭く尖ったペンが顔を覗かせていた。

 それを見て、ニチカは思い出したことがあった。

「……あの、もしかして先輩って、漫画家の彩洲リュウセイさんですか?」

「うん! よくわかったね! 僕の漫画知ってるの?」

 リュウセイはカバンの中からスケッチブックを取り出す。

 それを開くと、まるで現実の景色を、丸ごとスケッチブックへ詰め込んでしまったかのような、素敵なイラストが現れた。

 ニチカは胸の中で、花が咲くような気分になった。

「先輩の漫画、私大好きなんです! 海外にいたころも欠かさず読んでました! 先輩が描く漫画のような、平和で穏やかな学園生活に憧れて、この学園に入学したんです!」

 彩洲リュウセイは、現役中学生漫画家として活躍する天才少年である。

 何か事件が起きるわけではないが、落ち着いた和やかな学園生活を描いた作風が特徴である。

 ニチカが憧れる学園生活のイメージは、主にリュウセイの漫画によるものだった。

「僕の恩人が僕のファンだなんて、嬉しいよ! あのさ、よかったら今度部室に来ない? お礼をしなきゃ、こちらも気が晴れないからさ!」

「いいんですか!?」

「もちろん! 今日はこれから予定があるからダメだけど、明日以降ならいつでもアトリエに来ていいからね!」

 そう言うとリュウセイは、走り去っていったのだった。

「……嬉しい。あの彩洲リュウセイさんが、私の先輩で、その先輩と仲良くなれるなんて、夢みたい!」

 この出会いは円卓学園に入学したからこそのもの。

「円卓学園に入学できて、本当に良かった!」

 ニチカは、心を弾ませるのだった。

 だがニチカは知らなかった。

 これが、入学以来、最大の事件の始まりであることを。

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