第17話

「あれ? なんで壁の先に、僕の部屋があるの? どういうこと!?」

 リュウセイは目を丸くして驚いていた。

 ニチカも同様に、行方不明のリュウセイの姿がそこにあったことに目を丸くして驚いた。

「リュウセイ静かにしろ! ここ、あんまり壁厚くないって言ってただろうが!」

 ニチカを拘束していた少年は、床にあった鞄をリュウセイに投げ込んだ。

「ほらよ。着替えと枕だ」

「え!? ありがとう! これがないと寝られないんだよね! もしかして、そのために僕の部屋に行ってたの!?」

「ったりめえだろ。お前、いつも寝てないんだから、こういう時こそ、とっとと寝ろってことだよ」

「ありがと! 助かるよ!」

 元気に返事したリュウセイは、だぼだぼの円卓学園のジャージを着ており、リラックスしているように見える。

 とても、行方不明になっているとは思えない様子だ。

「女王、分かってるかもしれんが、こいつが彩洲リュウセイ。見ての通りバカだ」

「バカってひどいよ! 定期テストはいつも僕の方が上でしょ!」

「そう言って張り合おうとしてくるところがバカってことだよ。そもそも頭の良さを話してるんじゃないんだよ、この天才!」

「えへへ天才だなんてそれほどでも」

「ああもう! 話が進まん!」

 先ほどから続く、まるでコントのようなやりとりに、ニチカは呆気に取られていた。

 自分は今、何を見ているのだろう。自分が追っている指名手配生徒と、自分を拘束した怖い雰囲気の男子生徒が仲良く掛け合いをしている。一体どう言う状況なのか?

 するとリュウセイはニチカに向き直った。

「ねぇねえ、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「へ? な、なんですか?」

「――――君の名前は、なんていうの?」

 その言葉に、ニチカは思わず固まってしまう。

 ニチカとリュウセイは昨日会ったばかりだ。忘れるにしては時間が経っていない。

 様子がおかしい。

 言葉が続かないニチカの様子を見て、ノゾムは察したようだった。

「女王は、リュウセイと会ったことがあるのか?」

「……昨日の夕方ごろにお会いしました」

 耳打ちされ、ニチカは小声で答えると、ノゾムは、ニチカの袖を引っ張り、廊下に出た。

「いいか。一旦初対面ということにしてくれ」

「どういうことですか……?」

「すぐに分かる」

 そう言われ部屋に戻されたので、ニチカは仕方なく、自己紹介を始める。

「私、1年B組の旭ニチカといいます!」

「あっ思い出した! 円卓学園の女王様だよね!? 有名人に会えて嬉しいな!」

 リュウセイは、やはり初対面のようにニチカを相手する。だが、ニチカは色々なことが聞きたくてたまらなかった。

「……実は私たち円卓クラブでは、とある事件を追っています。それは、彩洲先輩が行方不明になっているという事件です!」

「そっか、騒ぎになってるんだ……」

 ふと、リュウセイは視線を落とした。

 なんだか元気が、風船の空気のように抜けてしまったように思えた。

 それを見て、ノゾムが鬼のような表情でニチカを睨んでいた。

(おい、リュウセイにその話をするな)

 そんな感じの内容であると、ノゾムの視線から意味が読み取れた。すぐにニチカはフォローを入れる。

「で、でも安心しました! 彩洲先輩が元気そうで! その、何か事件に巻き込まれたんじゃないかって、皆さん心配してますから!」

「……うん。でもね、僕、ちょっと、おかしいんだ」

 リュウセイは、ニチカを見つめる。

「僕ね、昨日の記憶が全くないんだよ」


 リュウセイが、ニチカに語ってくれたのは、断片的な事件の情報だった。

 昨日、アトリエへ向かうつもりだったところまでは覚えている。

 しかし、どこへ行って、昨日誰に会ったのか全く覚えていないということだ。

 そして唯一覚えているのが、いつのまにか学園内の地下用水路のそばに立っていて、黒いローブのようなものを着た背の高い人物が、何かをリュウセイに向けていたというもの。

 それは、変な形をしたリボルバー型拳銃であった。

 リボルバーの横から細い糸が伸び、その先に丸いコインが接着されており、まるで振り子のように同じ軌道で動いていたのだと言う。

 その振り子を見ると、なんだか眠くなってきたのだが、意識を失うより先に、ローブの人物がリュウセイにむけて、リボルバーの引き金を下ろしてきたのだという。

 そして気づいた時には、この部屋にいたらしい。

 リュウセイの説明が終わると、ノゾムは補足を始める。

「あの日、一緒に帰る約束をしていたのにリュウセイから連絡が無かったから、俺は学園中を探し回ったんだ。そして、今日の朝、リュウセイのスマホのGPSを使って、居場所を突き止めた」

「GPS?」

「なんだ悪いか? 俺にはそれくらいできるぜ」

 今更ながらニチカは今いる場所がリュウセイの部屋であること、そして棚や壁にいくつものパソコンやプログラミングに関連した賞状が飾られていることに気づいた。

 ノゾムは、PCスキルに秀でているらしい。

「それで俺は、学園の用水路がある河口の土手で、意識が混濁した状況のリュウセイを見つけた。外傷はなかったが、何か頭に強い衝撃を受けているのは分かった。そのまま、俺の家に連れ帰って、話を聞こうとしたんだが、どうしてもこれ以上は思い出せないらしい。リュウセイの話を踏まえると、催眠術のようなものにかかっているみたいなんだ」

 ノゾムは苦しそうに呟いた。

「何か事件に巻き込まれたんじゃないかと思って、すぐに風紀委員会に連絡した。だが、逆にリュウセイの行方を連中から確認されたんだ。そこで、リュウセイが美術品を盗んだ犯人だと疑いがかけられていたと知った。このまま記憶が曖昧なリュウセイが出ていったら、冤罪をかけられるかもしれない。だからここに俺が匿っているんだ」

「そういうことだったんですね……」

 リュウセイが行方不明なのは、逃げているのではなく隠れているのだとニチカは理解した。

「もちろん隠れると決めたからには、一つ決意した。俺たちで、真犯人を探し出して、風紀委員会に突き出すってことだ」

 ノゾムの声には、力が入っていた。

 だが、その表情は苦しそうだった。

「……真犯人の手がかりはあるのでしょうか?」

「どうにか探そうとしているが、全くわからない。学園内の監視カメラの状況を確認させてもらったが、ちょうどリュウセイが見つかった付近に防犯カメラが無いんだ。悔しいが、完全に行き詰まっているとしか言いようがない」

 ノゾムは悔しそうにつぶやいた。

「俺は……無力だ……」

「そんなこと言わないでよ、ノゾム」

 するとリュウセイが、ノゾムの肩に手を置いた。

「僕のために、学校サボってこんなに頑張ってくれてるじゃん! 口は悪いけど、本当はすごく優しいところ、僕はいつも感謝してるんだからね!」

「や、優しいとかうるせーよ! 俺はそんなつもりじゃねーし!」

 ノゾムは顔を真っ赤にして、反論する。

「そんなことより、早く寝ろ! 眠れないとか言ってだろ!」

「うん。ありがとね」

 リュウセイはそのまま布団に中に入って、目を閉じたのだった。

「……すまん。何もできなくて」

 ノゾムは静かに呟いた。とても苦しそうな様子だった。

「…………」

 ニチカはそれを見て、同じように苦しい気持ちになっていた。

 リュウセイはニチカが予見したように、事件の犯人ではなかった。それどころか罪をなすりつけられていた。

 本当はこんな逃げ回るようなことはしたくないだろう。

 普通通りに、学校に通いたいはずだ。

 でも、通えない。真犯人のせいで。

「こんなの……おかしいよ」

 ニチカはつぶやいた。

 するとノゾムは、赤く腫れた目でニチカを見つめる。

「女王……実は、もう時間がないようなんだ」

「どういうことですか?」

「リュウセイの記憶が、どんどんごちゃごちゃになってきているんだ」

「まさか、このまま放置したら、何も分からなくなるんじゃ!?」

「ああ。おそらく、あと1日もしないうちに、犯人に拳銃を向けられた記憶を無くしてしまう。そうなったら、リュウセイは、無実を証明できなくなる」

 タイムリミットが近づいているということだ。

「……私、昨日、彩洲先輩と初めて会いました。今度アトリエで会うって約束もしました。その約束が消えて無くなってしまうなんて、そんなの嫌です!」

「そうだったんだな……」

 ノゾムは瞳を潤ませて、ニチカを見つめた。

「なぁ、俺たちに力を貸してくれないか? リュウセイとは長い付き合いなんだ。パソコンばかりいじって友達もいない不器用な俺にも、分け隔てなく付き合ってくれたから、今の俺があるんだ。リュウセイと離れ離れになるくらいなら、俺は死んだほうがマシだ。言っておくが、断るんだったら、お前を、さっきみたいに脅してでも協力させるぞ」

「…………」

 物騒なことをノゾムは言っているが、ニチカは全く怖くなかった。

 ノゾムが、どれほどリュウセイのことを思っているのか、ニチカはすでに知っていた。

 その時、部屋の外がとても騒がしくなっていることに二人は気づいた。

「彩洲リュウセイの部屋に、数留ノゾムの靴が残されていた! 重要参考人として、すぐに数留を拘束するんだ!」

 窓から外の様子を確認すると、そこには何人もの風紀委員会がマンションの中に入っていくのが見えた。

「しまった!? もうこの場所がバレたのか!? このままだとリュウセイが見つかっちまう!?」

「大丈夫です!」

 すると、ニチカはとっさに動いていた。

「エクスカリバー・ブック――――数留先輩の部屋に誰も入れないようにして!」

 ニチカはそう書き込んだ。

「なんだ!? この扉、ロックが何個かかってるんだ!? マスターキーでも開けられないぞ!?」

 外から、風紀委員たちの困惑する声が届く。

 ニチカは部屋に誰も入れないように、強力なロックをかけたのであった。

「助けてくれるのか……?」

 ノゾムは驚いているようだった。

 ニチカは、再びエクスカリバー・ブックを開いて、何かを書き込んだ。

「……私は円卓学園の女王です。学園の平和を守る使命がありますので!」

 リュウセイの部屋に、扉が現れると、そのままニチカは扉の向こうに消えていったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る