第22話 黒い恐怖

「ふう・・・運動の後に汗を流すのは、やっぱり良いわよね。」

「ええ、本当ね・・・って、そんなにくっつかないで。また汗をかくじゃない。」


「あら、それはそれで良いと思うわよ。」

「もう・・・クサカベさんが朝からお風呂場を貸してくれたんだから、あまり時間をかけちゃ悪いわよ。」

この世界では『シャワー』と呼ばれる器具から降り注ぐ温かいお湯を、なぜか二人で寄り添って浴びながら、模擬戦の汗を流す。朝とはいえ、この世界はやはり暑いようだ。


「でも、私達をここに送り出す時、何かいい笑顔してたわね。視る力もあるようだし、期待して覗いていたりしないかしら。」

「・・・苦無くないはここに持ち込んでいたかしらね。」

「みいか、たまに私より危ないこと考えるわよね?」

いや、致命傷狙いで投げるとは言っていないけれど・・・ひいかを覗くのなら、誰であれ容赦の必要は無いわよね。


「まあ、確かに事実確認が先よね・・・・・・感知の範囲を拡げたけれど、異常は無いわ。」

「私の冗談が、周囲の人を危険に晒したことは実感したから、少し反省するわね。」

うん、冗談が人を傷付けると、時々耳にすることはあるからね・・・こういう意味ではなかった気もするけれど。



「お、お風呂場のほうから凄い殺気を感じたのですが・・・もしかして、黒くてすばしっこいやつでも出ちゃいました? うう、お掃除はちゃんとしていたはずなのに・・・」

そうして部屋に戻ると、ぶるぶると震えるクサカベの姿。殺気については心当たりがあるけれど、気になるのはその後の言葉だ。


「黒くてすばしっこい・・・? 刺客のことではないわよね。それならすぐに始末するけれど。」

「ひいっ! 至近距離の殺気!? そ、そうではなくて、あまり綺麗じゃない場所に出やすい虫のことです!」


「ああ、確かに黒いのもいるわね。場所によっては出てくるでしょうけど、そこまで怖がるものかしら?」

「ええ、ひいかに同感だわ。」

「ふええ・・・いせかいのひと、つよい・・・」

私達の言葉に、クサカベが呆気に取られている。そこまで感覚の違いがあるのかと思っていると、昨日も耳にした振動が響いた。


「あっ・・・賢者さんからの伝言です。『こちらの世界、特にこの国は私達が普段いる場所よりも清潔さを大切にする気持ちが強いので、そうした虫を怖がる人も、向こうより多くなっていると思います。』と・・・」

「ああ、昨日の移動中とこの家だけとはいえ、見る限りは綺麗な場所が多いわよね。」

「虫を恐がる人も、向こうで居ないわけではないけれど、何もかも気にしていたら、生きていくのが大変よね。」

「ひっ・・・! やっぱり異世界はハードモードなんですね。」

この世界特有の言葉が出てきたようだけど、意味は推測することが出来た。


「うん? また何か・・・『クサカベさんにお師匠様からの伝言です。ここからそう遠くない国で、虫を食べる文化があることを知らないの?』・・・そういえば聞いたことはあるけど、このタイミングで思い出したくはなかったです!」

クサカベが叫び声を上げているけれど、こちらの世界でも虫との接し方は様々なようだ。

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