第34話 二人だけの夜
「明日で終わりというのが残念だけど、本当に楽しかったわね。」
「ええ、私もよ。」
庭での花火と食事を終え、クサカベと就寝の挨拶も済ませた後、二人きりになった部屋で、ひいかと言葉を交わす。
「その寝間着、本当に可愛いわよねえ。これも持って帰れないか、聞いてみようかしら。」
「どこで着せるつもりなのよ・・・! 少なくとも、人前では止めてよね。」
昨夜と同じそれを身に付けながら、笑みを浮かべるひいかに、少し頬が熱くなるのを感じた。
「ふふ、それなら皆で着るのはどうかしら。まずは、あの子に着せたら可愛いと『指揮者』を丸め込んで・・・」
「そういうのが一番得意そうな相手に、仕掛けるんじゃないわよ。そもそも、昨日の冗談の件で、『護り手』も含めてひいかが謝らなきゃいけないんじゃないの?」
「くっ・・・そうだったわね。これは分が悪いわ。ねえ、みいか。二人きりの時だけでいいから、一緒に着てくれる?」
「はあ・・・仕方ないわね。持ち込む許可が出るなら、構わないわよ。」
「ありがとう! そうと決まれば、今夜を楽しみましょうか。」
そしてひいかの顔に、少しだけ嫌な予感を覚えるような、きらきらとした笑みが浮かんだ。
「さて、窓の鍵を開ける方法は聞いているし、出入りするには十分な大きさよね。」
「ひいか・・・何を考えているの?」
「決まっているでしょう? みいかだって、この家の壁とかがどんな材質で出来ているか、確認済みなんじゃないかしら。」
「それはそうだけど・・・あまりこういう形で役に立ってほしくはなかったわ。」
「ふふっ、私を誰だと思っているのよ。それじゃあ早速・・・」
「待ちなさい、ひいか。まずは『賢者』に何らかの形で断りを・・・と、その必要は無かったかしら。」
「『あえて止めませんが、クサカベさんやこの家に迷惑をかける行動があれば、即刻中止させますので、気を付けてくださいね。』・・・転移魔法陣で文字を浮かべるなんて、器用ねえ。
もちろん分かってるわよ。痕跡なんて残さないわ。主にみいかが。」
「そこで私に振るのはどうかと思うけど・・・まあ、それは当然の仕事よ。」
そして窓を開け、魔力と使い慣れた道具を用いながら、ひいかと共に壁を伝い、屋根の上まで登ってゆく。
「ここに使われている瓦、上質よね。私達の所も、王都などでは珍しくないけれど、ここから見える無数の家のほとんどに、これがあると思うと圧巻ね・・・」
「ええ。この時間まで、明かりを絶やさない家が多い所もね。」
その端に腰掛け、辺りを見渡せば、この世界ならではと言えるだろうか、夜景がどこまでも広がっていた。
「さっきの線香花火で私に勝ったのだし、今夜はみいかがお姫様ね。」
「は・・・? 私は護衛だし、そもそもお姫様扱いが嫌いだったひいかが、何を言ってるのよ。」
「細かいことはいいの。私がこうしたいんだから。」
「わっ・・・! もう、強引ね。」
止める間もなく、私の背中と足にひいかの手が回され、ふわりと抱え上げられる。
「みいか、花火の時に私が『クサカベさんの反応が可愛い』と言ったら、少し複雑そうにしてたでしょう?」
「私、そこまで嫉妬深くないつもりだけど・・・あれは妹に対するようなものでしょうし・・・まあ、全く気にしなかったと言えば、嘘になるかしら。」
「素直でよろしい。安心して、私にとってのお姫様は、みいかだけだから。」
「ん・・・・・・」
ひいかが私の体を引き寄せ、息を重ねれば、少しの恥ずかしさも夜の闇に溶けてゆき、その腕にもっと包まれていたくなった。
「あら、今日のみいかは、こっちのほうがいいかしら?」
「ん・・・そうね。ひいか、温かくて、気持ちいい・・・」
そんな私の表情を読んだのか、ひいかの膝の上に乗せられ、後ろからぎゅっと抱き締められれば、蕩けてゆく気持ちと共に、子供の頃のような声が自然と漏れる。
そうして頬を寄せ合い、時に振り向いて呼吸を重ねながら、私達は異世界の星空の下、気が済むまで二人の時間を楽しんだ。
「えっ!? 何か気配がすると思ったら・・・いや、私は何も見ていない。これは夢、きっと全部夢なんだ・・・・・・わた・・・ると、あんな・・・・・いけど・・・」
家の入口から小さく響き、やがて扉を閉める音と共に遠ざかってゆく声らしきものは、私も夢だったということにしておこう。
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